7月8日(水曜日)どっちが好き?


 朝の通勤電車。

 いつも通りの時間、いつもの各駅停車に俺はいた。


 やはり場所は先頭車両の一番前。

 笹宮和人の朝はこうして始まるべきなのだ。


 音水は七月から別チームで働いている。

 当然、毎朝のLINEはなくなる……と思ったが……。


『笹宮さん、おはようございます! 今日はザニー社と打ち合わせなんです! 緊張してます! 勇気をください!』


 毎日、この調子だ。

 相変わらずのきゃぴきゃぴしたメッセージは、スタンプでにぎわっている。


 だが、俺も成長した。


 六月のはじめはこのメッセージが苦手だったが、今では余裕で返事を返すことができる。


『俺に勇気の在庫が残っているなら勝手に持っていってくれ』


 そして宅配のスタンプを送る。


 スタンプを初めて送る時は恥ずかしかったが、一度使い始めると気にならなくなった。

 もう少しビジネス向けのスタンプを用意して欲しいと思うが、それは俺だけなのだろうか。


 再び音水からLINEだ。


『それって、笹宮さんのお家に行っていいってことですか? 朝から大胆ですね』

『欲しいのは勇気だろ?』

『愛も欲しいです』

『あのなぁ……』


 アンパンのヒーローがいれば、音水の希望をすべて満たしてくれるのだろうが、俺は空を飛べないからな。


 スマホをカバンに入れた時、よく知っている女子高生が声を掛けてきた。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ。結衣花」


 結衣花は俺の隣に立ち、背中を壁に預けた。

 そして腕をムニムニと二回揉む。


 どうやら今日もスタンションポールの役目を果たせたようだ。光栄であります。


 心の中で敬礼をする俺に、結衣花は訊ねてきた。


「後輩さんとLINE?」

「ああ。たいした内容じゃないがな」

「その割に楽しそうだったけど?」


 LINEを送っている時の表情を見られるというのは、なかなかどうして恥ずかしいものだ。

 恥ずかしさを隠そうと別の話題をしようとしたが、なにも思いつかなかったので「……ぅ」と変な声がでてしまった。


「あ、照れてる。無愛想だったお兄さんが照れてる。すごい。キモい」

「言い方、もう少しなんとかなりませんか?」


 いつまで経っても、結衣花は変わらないな。

 いまさら素直な女子高生になられても、戸惑うことしかできないが。


「ねぇ。後輩さんの画像とかないの? どんな人か見てみたい」


 今日の話題は音水の外見についてか。

 そういえば、なんだかんだ言って結衣花は音水に会ったことがないもんな。


「同僚を撮影するなんて普通しないだろ」

「社員旅行とかは?」

「今年はまだ未定だ」


 これで諦めてくれたかと思ったが、結衣花は別の質問を投げかけてきた。


「じゃあ、髪型は?」

「よく女子社員がやっている後ろで束ねてアップにするやつだ」

「あー、シニヨンだね。そっか。私もやってみようかな」

「少し短くないか?」

「できなくはないんだけど……。うーん。夏休み中に伸ばそうかな」


 肩より少し長めのミディアムショートの結衣花は、自分の髪を指でつまんだ。


 彼女の髪がサラサラしてるのが、見ただけで伝わってくる。

 きっと手入れを欠かさずやっているのだろう。


 髪をいじりながら、結衣花は上目遣いで俺を見た。


「ねぇ……、あのさ……」

「ん?」

「どっちの髪型が好き? 私と後輩さんと……」


 結衣花って、たまにおかしなことを聞いてくるんだよな。

 ぶっちゃけ、髪型なんて人によって合う合わないがあるだろ。


 それ以前に俺は、女の髪をそこまで見ていない。


「自慢じゃないが、俺は流行に疎いぞ」

「うん。それは先刻承知だけど」

「承知されちゃってたか」

「お兄さんはどっちが好きなのかなと思ったの」


 答えにくいな。

 結衣花の別の髪型というのも見てみたい。

 だが、結衣花にはこのままでいて欲しいという気持ちもある。


 なら、この髪型でいいか。


「まぁ、あえて言うなら結衣花の方が好きだな」

「本当?」

「ウソを言ってどうするんだ」

「ふふ……。そっか」


 やわらかく笑った結衣花は嬉しそうに俺の腕をムニった。

 これはかなり機嫌がよさそうだ。

 俺でなきゃ見逃してたね。


「ねぇ、もう一回言ってよ」

「なにを?」

「どっちの髪型が好きかって」


 前髪をいじりながら、俺は答える。


「……何度もいうのは恥ずかしいな」

「お兄さんが恥ずかしがるのは見ていて面白いよ」

「ひっでぇ」

「嬉しい?」

「悲しい」

「じゃあ、どっちが好きか言って」


 やれやれ。

 これは言わないと解放してくれないようだ。


「結衣花の方が好きだな」


 恥ずかしい気持ちを我慢して言ったのに、結衣花の反応がなかった。

 見ると、結衣花は顔をほころばせている。


「なに嬉しそうにしてんだよ」

「してないもん」

「うそつけ。顔に出てるぞ」


 そんな事をしているうちに、聖女学園前駅に到着した。

 電車のドアが開いたので、結衣花は俺に向かって手を振る。


「じゃあ、また明日ね。お兄さん」

「ああ。待ってるよ」


 彼女を送り出すように、俺も片手を上げた。



■――あとがき――■

いつも読んで頂きありがとうございます。


もしよろしければ、【☆☆☆評価】や感想を入れて頂けると、モチベーションに繋がります。

何卒、よろしくお願いします。(o*。_。)oペコッ


次回より新展開!

笹宮にコミケの仕事が!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*'ワ'*)

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