6月28日(日曜日)音水と朝食


 出張最終日。

 朝の散歩を終えた俺は音水と合流し、朝食をとるためにレストランへ向かった。


 落ち着いた雰囲気の明るいレストランには、すでに多くの宿泊客が集まっている。

 このホテルの朝食は好きな料理を選んで食べることができるビュッフェスタイルだ。


 トレイを持った俺達は、列に並んで食事を選ぶ。


「笹宮さん。席が空いてましたので、確保しておきました! 褒めてください!」

「えらいぞ。頭をなでてやる」

「はい! どうぞ!」

「ふっ……。俺の冗談に乗ってくれるとか、さすが音水だ」

「してくれていいのに……」


 昨晩、音水は『俺の隣が好き』と言ってくれた。

 結局、彼女は俺のことをどう思っているのだろうか。


 今だっていつも通りだし、やっぱり告白ではなかったのだろう。


 だが、隣にいる音水の笑顔はいつもとちょっと違うような気がする。

 それとも俺が、今まで以上に音水を意識するようになったからなのか……。


 はぁ……。なんか、悩みが増えたような気がする。


「ところで笹宮さん。野菜もちゃんと取ってくださいね」

「突然なんだ」

「いつも食事をしている時、野菜を食べる時だけテンションが下がるじゃないですか。ビュッフェだから避けるつもりでしょ」

「な……、なにを……」


 まさか読まれていたとは……。


 確かに俺は野菜が苦手だ。

 しかもこのホテルのビュッフェメニューでは、サラダの盛り合わせを小鉢に入れていて、その中には俺の宿敵であるブロッコリーが入っていた。


 ここはブロッコリーの入っていない野菜メニューを選んで逃れよう。

 

「ふぅ。なら仕方ない。野菜の入っているチンジャオロースを……」

「サラダの盛り合わせはこっちですよ」


 結局、ブロッコリーの入ったサラダの盛り合わせを食べることになった。


 席に座った俺はさっさとブロッコリーを平らげる。

 あとに残すと、よけいに食いづらくなるからだ。


 その様子を見てクスクス笑う音水を、俺は恨めしく見る。


「いちおう言っておくが、食べれないんじゃないんだ。モチベが上がりにくいだけなんだよ」

「ふふふ。わかってますよ。あっ。まだプチトマトが残ってますね。あーんしてあげましょうか」

「一人で食う」


 音水は我が子を見ている母親のような目で、俺のことを眺めていた。

 男って、こういう目に弱いんだよな。


「笹宮さん。今度、シチューを作ってあげましょうか? ブロッコリーを使う料理ですけど、きっと美味しく食べれるようになりますよ」


 かわいい後輩の手作りシチューか。

 音水は料理が美味いことは以前の弁当で知っているし、これは期待できそうだ。

 いいじゃないか。


「それはありがたい。音水の料理はうまいからな」

「約束ですよ。えへへっ」


 だがシチューなんて弁当に入れることができるのか?

 まぁ、そこはしっかり者の音水だ。

 わざわざ言う必要もないだろう。


 食事を終えた俺達はレストランを出ることにした。


 するとそこへ、またしてもトラブルメーカーのあの女が現れる。


「あら、笹宮さん。ごきげんよう」

「楓坂か。おはよう」


 もしかして結衣花もいるのかと思ったが、辺りにはいないようだ。

 たぶん、レストランで待ち合わせをしているのだろう。


 突然、ぎゅ~っ!っと音水が俺の腕に抱きついてきた。


「音水?」

「ん~っ! 笹宮さん! 楓坂さんにデレデレしすぎじゃないですか!?」

「いや、全然してないが?」


 なんだ、この反応は?


 やきもちのようにもみえるが、俺と楓坂を疑うなんてありえない話だ。

 もしかして、先輩を取られまいとする後輩特有の心理だろうか。


 音水の反応をみて、楓坂は女神スマイルで微笑んだ。


「あらあらあら。もしかして修羅場ってやつですか? こんなの初体験っ。すてき」


 音水といい楓坂といい、妙な反応をする。

 ここは普通に挨拶して終わりだろ。


 俺……、間違ってないよな?


「なあ、楓坂。どうしてここで修羅場の話になるんだ?」


 すると楓坂は素の顔になって言う。


「……あなたのその神経、……本当にすごいわね」

「よくわからんが、ありがとう」

「褒めてないのに感謝とかドMなの?」


 俺達に挨拶をした楓坂は、そのままレストランに入っていった。


 ったく、誰がドМだ。

 そっちだって恥ずかしくなると、小動物化するくせに……。


 楓坂が見えなくなったタイミングで、音水はいじけたようにつぶやく。


「なんか……、息ぴったりって感じです」


 俺の腕を掴んでいる音水は、なぜかふくれっ面になっていた。

 やれやれ。ちょっとフォローをしてやろう。


「何言ってるんだ。俺が息を合わせるなら、音水とするよ」


 そりゃあ、そうだろう。

 なんだかんだ言って、今一緒に仕事をしているのは音水だ。


 しかし、彼女の反応はさらに意外なものだった。


「ふにゅわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「どうした!?」 

「い……息をあ……っ! 合わせるって、つまり! く……っ、唇と唇的なッ! そういうことですかぁぁぁぁっ!!」

「俺とは嫌か?」

「いいえ! 全然ウエルカムです! ごちになります!」

「息を合わせる話だぞ?」


 ごちになるとか、もしかしてまだ食う気か?

 食欲があり余ってんな。


 バタバタした出張だったが、ようやく終わることができた。

 あとは七夕キャンペーンを成功させるだけだ。



■――あとがき――■

☆評価が300になりました!!

こんなに頂けると思っていなかったので感激です。

本当にありがとうございます!!


次回、七夕キャンペーンの結果で予想外のことが!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*'ワ'*)

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