第26話:あーっ、ほのか先輩が凛太先輩の手を握ってる!

「あーっ、ほのか先輩が凛太先輩の手を握ってる!」


 俺がほのかの両手を握ってブンブンと振っていたら、急に声が聞こえた。

 振り返ると、ルカが右手をまっすく前に伸ばして、俺とほのかを指差している姿が目に入った。俺は焦ってパッと手を離した。


「あ……ルカ。ち、違うんだよ……」


 ルカは勘違いしているけど、実際には俺の方から手を握ったんだ。


 事実を知ったら、ルカにはとんだセクハラ野郎と思われるに違いない。

 ほのかの共感が嬉しくて思わず手を握ってしまったのだけれども、大反省だ。今後はこんなことはしないように気をつけなきゃならない。


「ななな、なに言ってるのルカたん! あたしがひらりんの手を握ってるんじゃなくて、ひらりんがあたしの手を握ったんだって!」

「そうだよルカ。俺から握手したんだよ」


 ほのかの必死な形相を見て、ルカは口に手を当ててクスリと笑った。


「わかってますよ、ほのか先輩。ちょっとからかっただけです。さっきから見てましたから」


 ──えっ?

 さっきから見てた?


「ルカ……いつからそこに居たんだ?」

「えっとですね……凛太先輩が、加賀谷製作所の専務の話をしてる時ですかね」

「そ、そぉなのぉ!? 結構前じゃん!」


 なんと。

 そんな前から、ルカはオフィスに戻ってきてたのか。

 気づかなかったぞ。


「なんだか真剣な話し声が聞こえたから、ドアをそっと開けて入ってきました。盗み聞きしてたみたいでごめんなさい」

「いや別に謝ることはないぞ。隠れてたわけじゃないし、堂々とそこに立ってたんだから。話に夢中で気づかなかった俺たちが悪い」

「ありがとうございます凛太先輩。それにしても……」

「ん?」


 ルカまで潤んだ目になって、俺を見つめている。

 どうしたんだ?


「凛太先輩の考え方は、ホントに素敵です。感動しました。私もほのか先輩と凛太先輩の成約が増えるよう、しっかりサポートしますのでがんばってください」

「あ……ありがとうルカ」

「ルカたん、ありがとうぉ!」


 ルカも嬉しいことを言ってくれる。

 これって……チームが一体になってるって感じだよな。


 ──あれ?


 ルカがなぜか、両手をスッと前に伸ばしてる。まるで握手を求めるような動作。


「えっと……握手?」

「はい」


 ルカはニコリと笑って、コクリとうなずいた。

 それに合わせてルカのポニーテールが、可憐にふわりと揺れる。


 どうやら握手で間違いないようだ。


 俺はルカの両手を握って、「サポート頼むよ」と微笑みかける。


「はい。がんばります」


 ルカは頬が赤くなってる。


 そうか! ルカも仕事をがんばろうと、気持ちが高揚してるんだ。ホントにありがたい。


 ──チーム神宮寺。

 やっぱり所長の人柄が、みんなを惹きつけてるんだ。


 俺とほのかは、今日午前中に考えた案で、なんとしても成約を増やそうと改めて誓い合った。


 ところで俺とほのかが打ち合わせた業績向上案とは、簡単に言うとこうだ。


***


『以前から人材紹介依頼を受けているが、ウチがほとんど転職希望者を紹介できていない企業。その中で、まだ人材確保ができていない企業への転職希望者の紹介を強化する』


 ほのかは最初、紹介先企業をもっと増やすために、二人で取引先企業の新規開拓に走ろうと言った。

 それも大事だけれども、新規開拓には時間がかかるし、即効性があるかどうかは運次第になる。


 だから取引先の新規開拓も並行はするとして、既存取引先の掘り起こしに重きを置こうと俺が提案したのである。


「でもそんな会社は、なかなか応募してくれる人がいないから、紹介できてないのよ。要は転職者から人気のない企業。ひらりんはそんなこともわかんないの?」


 ほのかは肩をすくめて、頭を横に傾けて。

 そんなふうに呆れられた。


「いや、もちろん俺も、それはわかってるよ」


 そういう形で残っているのは、給料が低いとか労働時間が長いとか、土日が休みじゃないとか。つまり人気のない会社。


 だからいくら転職希望者に紹介しても、なかなか応募をしてくれないのだ。

 書類に現れる条件面が良い企業の方が受けがいいから、キャリアアドバイザーもついついそういった見た目の条件がいい企業を推してしまう。


 だけど見た目の条件が良くない企業の中にも、きっと光る会社はある。


 本物のブラック企業には、俺は人を紹介したくないが……


 だけども中には、仕事にやりがいがあったり社員さんがとても良い人だったり、募集要項には表現しにくい良さを持っている会社もあるものだ。


 ほのかが担当していて、田中さんが辞退しかけたウエブアド社なんかも、まさにそんな感じ。


 中堅社員が長続きしているような、そんな会社の社員さんに、その会社の良さをヒアリングする。そしてそれをきっちりと転職希望者に伝える。


 転職希望者の人たちも、勤め先に求めることや価値観は様々だ。

 マイナス点も魅力もきっちりと伝えれば、マイナス点を受け入れた上で応募してみたい、という人がいるに違いない。


 そんな提案をほのかにした。

 するとほのかは感心したような顔で、俺を指差した。


「ひらりん、アンタあったまいい!」

「いや、俺は頭良くなんかないよ。このやり方は、前の営業部長に教えてもらったんだ」


 まずはその条件に合う、良さそうな企業をほのかにピックアップしてもらう。

 そしてそれらの企業を俺とほのかで手分けして訪問し、現場の社員さんの生の声をヒアリングさせてもらう。


 それを『企業の魅力』としてまとめたインタビュー記事を作って、登録されている転職希望者さんにメールや対面で紹介する。


 午前中のほのかとの打ち合わせでそういう作戦を立てたのだったが、このインタビュー記事にまとめるというアイデアは、神宮寺所長が出してくれたアイデアだ。



***


 俺と所長が外出している間に、ほのかが企業のピックアップを済ませてくれていた。

 企業にヒアリングした内容のインタビュー記事は、ルカが「私が、訴求力のある素敵な資料を作りますね」と言ってくれた。


 そこで二人で担当企業を決め、早速アポイントを取って今日から企業訪問を始めた。


 ──なんとかここから、3件以上の成約を出したいものだ。


 いや、なんとしても成果を出そう。

 俺は、そう心に誓った。




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【読者の皆様へ】


今話はまるでお仕事小説のような堅いお話ですみません(;^ω^)

ラブコメにはあるまじき、お堅くややこしいお話ですが……


実は本作では、できるだけ仕事の堅い話は描写を省略しようと考えています。

しかしこのほのかと凛太の営業戦略の話は、話の展開上、ちゃんと内容を描写しておかないとわかりにくいかと思い、あえて書きました。


次話は流れからすると加賀谷製作所のお話が続くのが自然でわかりやすかと思いますが、仕事のお話ばかりだと疲れますよねぇ。(読者さんも作者も)


なので次話からは、ちょっと違うエピソードを挟みます。

まあ、緩急をつけた構成ということでご容赦ください。

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