赤と喪失の少女リデル

 アルベロたちが向かったのはリデルの部屋だ。

 歩きながら建物を見たが、ここはどうやら学生寮みたいな造りだ。男女しっかり分かれ、各部屋の行き来は自由になっている。

 奴隷同士の恋愛、性交は禁止というわりにガードは甘い。

 リデルの部屋の前で、アルベロは言う。


「えっと、女の子の部屋だよな……俺、入って大丈夫か?」

「……あんた、先頭きって歩いてたのに」

「う……ら、ラピス、頼む」

「お任せください!……では」


 ラピスはドアをノック……反応がない。

 もう一度ノック……反応がない。さらにノック、ノック……反応なし。


「いないみたいです」

「おかしいな……」

「んー……ちょっとだけ失礼して、っと……あ!」


 アーシェが少しドアを開け中を見ると、ベッドにうずくまる赤髪の少女がいた。

 まるで置物のように動かない。アーシェはドアを軽くノックする。


「その、入るね……お邪魔しま~す」

「失礼いたします」

「……お、お邪魔します」


 アルベロが最後に入り、ドアを閉めた。

 リデルは、アルベロたちが入ってきたのにピクリとも反応しない。

 そして、ゆるゆると顔を向ける。


「……………………」


 長い沈黙。

 シャワーを浴びたのかシャンプーの匂いがした。服もアーシェたちと似たワインレッドを基調にしたドレスで、長い赤髪は波打ち、ポニーテールにまとめられている。

 かなりの美少女だ。だが……濁った眼が、全てを台無しにしていた。

 アルベロは、意を決して聞いた。


「きみのこと、あの奴隷商人から聞いた……その、大変だったな」

「…………」

「全部、失ったんだな」

「…………」


 リデルは、ゆるりとした首の動きでアルベロを見た。

 その眼は、どこまでも濁っている……まるで、泥沼に浸かっているような眼だった。

 

「その、きみの召喚獣が、きみを守ったって聞いてさ。俺と同じなんだ……俺も死にかけて、召喚獣が守ってくれた……新しい右腕になって」

「…………ぃ」

「え?」


 リデルは小さな口を動かし、何かを呟いた。

 アーシェとラピスは顔を見合わせ、すこしだけ近づく。

 アルベロも、リデルの変化を見逃さないように近づき、聞いた。




「───死にたい」




 ポツリと、リデルの眼から涙がこぼれた。


 ◇◇◇◇◇◇


「───っと」


 キッドは一人、『魔人ヒュブリスの楽園』に戻ってきた。

 黄金の塀を跳躍で上がるくらい、寄生型召喚獣を持つ身なら朝飯前だ。

 キッドはすでに奴隷商人の服を脱ぎ、アースガルズ召喚学園の制服を着ている。この制服には防刃、多少の衝撃吸収機能が備わっており、戦闘服にもなるのだ。

 B級以上の生徒になると、専用スーツを作ってもらえることもあるが……発足したばかりのS級では、この制服だけで精一杯だった。

 キッドは塀の上で身をかがめ、ヒュブリスの楽園を観察する。


「……宮殿が十以上、兵士が山ほど、んで……奴隷も山ほどいるな。ってか、奴隷のくせにいい服着てやがる。それに……なんだ? あの奴隷たち、遊んでんのか?」


 キッドのいる場所から見える宮殿の中庭で、奴隷らしき少年たちがボールを蹴って遊んでいたのだ。

 それだけじゃない。宮殿の庭にある東屋では、少女たちが談笑しながらお茶を飲んでいる。

 平和な光景に、キッドは逆に不気味さを感じた。


「……元、農村に合わない不意釣り合いな光景……は、歪んでやがる」


 つまらなそうに吐き捨て、キッドは塀の上をゆっくり移動する。

 塀の上から見える宮殿の一つに目を付ける。


「……楽園の中心。あそこが怪しいな」


 ヒュブリスの楽園の中央に、巨大な宮殿があった。

 黄金のドーム、という表現が相応しいかもしれない。ほかの宮殿は人が住むような形をしているが、その中央のドームだけ窓もなく、入口が一つしかない。


「……あそこだな。よし、『いいぞ』」


 キッドが呟くと、キッドの隣の空間が歪んだ。

 そして、歪んだ空間が消えると同時に、アルノーが現れた。


「便利な能力だな。『空間跳躍』だっけ?」

「ああ。我が召喚獣『フラガラッハ』の能力だ。だが、跳躍できる距離は最大五百メートルで、その地形を把握していなければならない。建物の内部など、情報が頭の中になければ使えないがね」

「それ、剣だろ? 斬り合いしてる最中に真後ろに『跳躍』すれば一発で勝ちだな。それか、一対一の戦いに割り込むとか」

「私は騎士だ。そういう使い方はしない」

「硬いねぇ……まぁいい。あそこのドームが怪しい、行くぞ」

「ああ」


 キッドとアルノーは、見張りの兵士がいない場所を選んで飛び降りた。

 塀は高いが、アルノーは何の迷いもなく飛び降り着地。


「へぇ、やるな」

「ダモクレス隊長に鍛えられている。召喚獣だけでなく、己こそ真の武器だとな」

「あのオヤジらしいぜ。っと……おい、見つかるなよ」

「安心しろ。斥候スカウトの訓練も受けている。仲間内では最も優秀だった」

「あんた、暗殺者のが向いてんじゃね?」


 二人は木陰に隠れ、巡回の兵士をやり過ごそうとする。だが、兵士は注意深く、なかなか去らない。

 キッドは左腕を銃に変える。


「おい、なにを」

「いいから見てろ」


 キッドは銃口を兵士がいる反対側の藪に打ち込む。

 藪がガサガサっと揺れ、兵士は剣を抜き藪を注視……ゆっくりと近づいた。


「行くぞ」

「ああ。やるな」

「へ、ありがとよ」


 その隙に───キッドとアルノーは音もなくドームへ向かった。

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