S級の停学

 停学処分。

 生徒会長エステリーゼは、生徒会室の椅子に深く腰掛け、弟のラシルドの目の前にしていた。

 ラシルドは、アルベロと戦った時の怪我で包帯を巻いている。


「怪我の具合は?」

「……問題ありません」

「そうか。知ってるとは思うが、S級の連中を停学処分にした。これで教室はもちろん、学園の設備も全て使用不可……曲がりなりにも学生だ。私の決定には逆らえない」

「……はい」

「学園はもちろん、アースガルズ王国にも抗議の書状を送る。S級の生徒三名が風紀を乱し、これを諫めようとした風紀委員長に怪我を負わせたとな」

「…………」


 ラシルドは悔しそうに唇を噛む。

 だが、エステリーゼは取り合わなかった。


「屈辱を噛みしめろ。その思いがお前をさらなる高みに引き上げる」

「姉上……オレは、奴にリベンジしたい」

「……今はやめておけ。正直、相手が悪い。私でさえ、引き分けるか……いや、かろうじて勝利できるかどうかだろう」

「…………」

「今は傷を癒せ。風紀委員の仕事は下の連中に任せろ」

「……はい。失礼します」


 ラシルドは頭を下げ、生徒会室を出た。

 一人になったエステリーゼは、机の中から一通の手紙を取り出す。

 それは、ラッシュアウト家───父と母からの手紙。


「……くだらん」


 内容は、アルベロのことだ。

 魔人討伐者、前代未聞のS級、莫大な報奨金、除名処分の取り消し……そんなことばかり書いてある。アルベロに送られた手紙だが、アルベロが受け取り拒否をしたので全てエステリーゼの元へ渡ったのだ。

 両親は、アルベロに執着していた。

 だが、アルベロはもうラッシュアウト家の子ではない。


「ふん。なにがS級だ……私は認めんぞ」


 エステリーゼは手紙を破り、ゴミ箱に投げ捨てた。


 ◇◇◇◇◇◇


 傲慢の魔人ヒュブリス討伐。

 魔人ヒュブリスは、アースガルズ王国から離れた場所にある集落で、神のように扱われている。

 貧乏な農村を少しずつ裕福にし、貧しい暮らしをしていた人たちを《至福》というなの毒に侵し、少しずつ、少しずつ傲慢に変えていく。

 その過程を楽しみ、自分が育てた人間が傲慢に他者を見下す瞬間に恍惚を覚えるという、全く理解のできない変態魔人(キッドがそう言っている)だ。

 

「出発は三日後。それまで支度を済ませておきな。十日は帰れないからね」


 ガーネットがそう言うので、それぞれ宿泊の準備をした。

 アルベロは、服や下着をカバンに詰める。


「……携帯食品も持って行くか」


 寄生型になってから、腹が空くようになった。

 毎日の訓練で身体も引き締まり、いくら肉を食べても太らない。それはキッドも同様だった。

 寮の食堂に行って冷蔵庫を探すが、携帯食品がない。

 停学中なので学園の施設は使えない。なので、町まで買いに行かないといけなかった。


「はぁ……面倒だけど行くか。たぶん、キッドは分けてくれないだろうな」


 キッドに『携帯食品ある?』と聞いても『あるけどおめーにはやらねーよ』と言われる未来しか見えなかった。

 町に出るため、着替えて外へ出る。

 キッドは寮にいない。ラピスは部屋で服や下着をカバンに詰めているだろう。さすがにアルベロは手伝えないので、一人ででかけることに。

 すると、寮の前にある樹の影に、エメラルドグリーンの髪が見えた。


「あ、アルベロ……やっほ」

「……アーシェか」

「あ、あの……どこ行くの?」

「……買い物。しばらくアースガルズ王国から出るからな。準備がある」

「えっ……ど、どこ行くの?」

「……お前には関係ない」


 そう言って、アーシェの脇を素通りした。

 だが、アーシェはアルベロの隣に並んで歩きだす。


「あたしも行くっ!」

「…………」

「……お願いアルベロ、あたしの話を聞いて」

「…………」


 アルベロは、無視して歩きだす。

 アーシェは、悲し気に言う。


「あたし、あの時……アルベロから目を反らした理由があるの。あの時、アルベロを助けに行こうとしたら、すっごく変な気分になって……その、アルベロを見て、恥ずかしくなっちゃったの……アルベロが大変だってわかってるのに、アルベロを見てられないくらい恥ずかしくて……」

「…………で?」

「それで、その……動けなくなったの。気付いたらもう終わってて……」

「だから許せって?」

「…………ねぇアルベロ。あたしとアルベロ、もう戻れないの?……アルベロ、変わっちゃったよ……強くなって、ラシルドさんをやっつけて……モグもいなくなっちゃって……あたしとの思い出も全部、どこかにいっちゃって……あたし、アルベロのこと……ずっと心配してるのに」

「……モグはいる。ここに」


 アルベロは、右手をアーシェに向けた。

 次の瞬間───アルベロの手が『ジャバウォック』の姿に変わった。


「え……?」

「……モグ、お前」


 アルベロの右手が、まるで握手を求めるようにアーシェに向けられたのだ。

 まるで、和解しろとでも言うように。

 アルベロは、アーシェを見た。


「アーシェ……モグが、仲直りしろってさ」

「モグが……?」


 アーシェは、アルベロの右手を取り、頬に当てる。

 モグを抱きしめ、何度も頬ずりした記憶がよみがえる……そして、アルベロの意志とは別に、右手がそっとアーシェの頬を撫でる。


「……いる。モグ、ここにいるね」

「……ああ」

「モグ……あたし、頑張ってるよ。だから……アルベロのこと、お願いね」

「…………」


 アーシェは、アルベロの手を握る。

 モグは、アルベロの次にアーシェが好きだった。

 きっと、アルベロとアーシェが中互いするのを望んでいない。

 だから……アルベロは決めた。


「わかった。もうわかったよ……アーシェ」

「え……?」

「俺は、お前を許すよ……お前さえよければ、S級に入ってくれ」

「……いい、の?」

「ああ。ラピスも同性のお前がいれば、少しは楽になるだろ」

「……アルベロぉ」


 アーシェは、ぽろぽろと涙を流した。

 そして……アルベロの胸に抱きつき、顔を埋めたのである。


「ごめんね……ごめんね……いっぱい辛いときに傍にいなくて……あたし、アルベロがすごく辛いの知ってたのに……」

「もういいよ。それと……俺も、お前に八つ当たりみたいな態度取ってた。悪かった」

「うぅん……いいの」

 

 アーシェは、泣いた。

 アルベロは、アーシェをそっと撫でた。

 こうして、二人は和解した。

 同時に、S級召喚士に四人目───アーシェが加わった。

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