エステリーゼの指揮

 ほんの少しだけ、時間が巻き戻る。

 魔人アベルの存在を感知し、オズワルド教師に指示を出した直後。

 教師の一人アノンが、小さな蜘蛛の召喚獣を召喚、手のひらへ乗せた。


「聞こえますか……緊急事態です」


 子蜘蛛の尻から、糸が伸びていた。

 あらかじめ、人の手や足に糸を巻き付けておき、離れた場所から糸を通して遠隔通話する『糸電話』の能力を持つ召喚獣だ。

 アノンは、引率の教師数名にこれまでの状況を説明した。


「至急、学園へ戻られたし。B級以上の生徒には戦闘準備を。戦闘に参加する人選はお任せします。大至急、戻られたし」


 アノンの連絡は教師に伝わり、すぐに生徒たちに伝わった。

 演習は中止。魔人討伐の準備が始まる。

 そして、演習の中心的生徒───エステリーゼが挙手する。


「先生。私に陣頭指揮を執らせていただきたい」


 教師の一人ジャックは考えこむ。

 エステリーゼはA級召喚士。B級のジャックよりも等級は高いが……まだ生徒だ。

 だが、将来を背負って立つ召喚士に指揮を任せるのは悪いことではない。それに、魔人が現れたのはアースガルズ召喚学園。

 アースガルズ召喚学園には、特A級である最強の二十一人の召喚士たちがいる。


「……わかった。A級召喚士エステリーゼ。魔人迎撃の指揮権を与える」

「ありがとうございます。では……」


 エステリーゼは、演習場に集まっているB級召喚士たちに告げた。


「話は聞いた通りだ。これより魔人の討伐に学園へ戻る!! 全員、戦闘準備をしておけ!!」


 エステリーゼのよく響く声は、とても頼りになる。

 生徒たちは一斉に敬礼し、必要最低限の荷物を持って整列した。

 エステリーゼは、弟のフギルに言う。


「フギル。お前の召喚獣を出せ」

「はい。姉上」


 フギルの召喚獣『ゴーレム』は、全長五メートルの岩の巨人だ。

 フギルの命令で身体がバラバラになり、形を変えていく。

 ゴーレムの能力『組み換え』で、ゴーレムは巨大な岩の車輪付き荷車に変形した。


「学園まで、全力だ」

「はい!!───全員、乗れ!! すぐに出発する!!」


 召喚士たちがゴーレムに乗り込み、フギルの命令で岩荷車は走り出した。


 ◇◇◇◇◇◇


 エステリーゼたちが学園に到達したのは、たった三十分後だった。

 全身汗だくで青ざめたフギルは、肩で息をしている。

 そんな弟をねぎらうこともせず、エステリーゼはB級召喚士たちを引き連れ、校舎内へ。

 会議室に行くと、オズワルドとファルオ、そして数名の教師がいた。

 オズワルドは手をさすっている……ラビィを掴んでいたのだが、逃げられたせいだ。


「指揮権をお返しします」

「いや、エステリーゼ・ラッシュアウト。このままキミに指揮権を与える。好きなようにしたまえ」

「はい。では、状況を」

「うむ。ファルオ先生」

「……はい」


 ファルオは、どこかうつむきがちだった。だが、状況を説明した。


「現在、魔人はF級校舎にいます……どうやら、F級の生徒相手に……その、遊んでいるようで」

「F級!?……じゃあ、アルベロは……!?」


 叫んだのは、アーシェだった。

 走り出そうとしたアーシェを、グリッツが掴む。


「話は終わっていない。静かにするんだ」

「で、でも!! アルベロが……」

「いいから、静かにするんだ」

「離して!!」


 グリッツの腕を放そうと暴れるアーシェ。すると、エステリーゼが近づいた。

 エステリーゼは、アーシェの腕をそっと掴む。


「エステリーゼさん……アルベロが、アルベロのところに行かないと!!」

「落ち着きなさい、アーシェ……まずは状況の確認が先」

「でも!!」

「大丈夫。大丈夫だから」

「う……」


 エステリーゼは、そっとアーシェを抱きしめた。

 そして、何度か頭を撫でると優しく離す。

 エステリーゼは、会議室に響くような声で言った。


「これより、魔人討伐を行う。前線に出るのは私を中心に四期生と三期生。二期生と一期生はサポートを」

「「「「「はい!!」」」」」


 エステリーゼを中心に隊列を組み、全員がF級校舎近くまで向かう。

 そして、見た。黒い肌に白い髪、そしてツノを生やした異形が、F級の生徒相手に殺戮を繰り返しているのを。

 アーシェは、見た。

 アルベロが……幼馴染の少年が、怪我した身体を引きずっているのを。


「アルベ「アーシェ、動いちゃダメよ」…エステリーゼさん」

「大丈夫。見て、あの魔人は両手から白い炎を操っている。それに……男子は殺し、女子は食っているようね。全員、あの魔人の攻撃パターンをよく見ておきなさい」

「エステリーゼさん!! 早く助けないと!!」

「大丈夫。落ち着いて」

「………‥え」


 エステリーゼは、大丈夫としか言わない。

 優しい声で、諭すように……エステリーゼに、F級の生徒を助ける気はなかった。

 アーシェはもう我慢できなかった。


「エステリーゼさん、私「駄目……ソニア」───うっ」


 飛び出そうとしたアーシェの首に、針が刺さった。

 そして、アーシェの意識がもうろうとする。

 なぜか、アーシェの背後に金髪の少女がいて、近くに蜂が飛んでいるような気がした。

 アーシェの意識は、もうろうとしていた。


「……アルベロ?」


 アルベロが、アーシェを見ていた。

 アーシェは、アルベロの熱っぽい視線に耐えられず……目をそらしてしまった。

 ふわふわした気持ちが、アーシェの胸に広がる。


「F級の生徒が全滅したら私が出る。その後、ラルシドを中心に四期生と三期生も出て、残りはサポートを」

「はい、姉上」

「姉上、オレは」

「フギル。あなたはサポートを。ゴーレムの酷使でだいぶ疲れている」

「っく……」


 エステリーゼも、ラルシドも、フギルも……実の弟が死に欠けているのに、目もくれなかった。

 そして、ラビィが死に……アルベロの心臓もえぐられた。

 エステリーゼは腰の剣を抜き、掲げる。


「これより魔人討伐を行う!! 恐れるな!! 私についてこい!!」

「「「「「おぉぉぉぉーーーッ!!」」」」」


 エステリーゼが飛び出し、ラルシドとB級召喚士たちが召喚獣を召喚する。

 魔人アベルは、アルベロとラビィの傍から離れ、両手に白い炎を纏わせた。


「きたきた♪ うまそうな肉がいっぱい♪」


 舌なめずりをして、向かってくるエステリーゼを迎撃しようとする。

 エステリーゼも、剣を構えて走り、自らの召喚獣を召喚しようとする。


 戦いが、始まった───。

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