姉と兄と兄

 アルベロが入学して二か月。

 教科書を読むだけの授業。召喚獣を使用しての訓練が続く。

 訓練と言っても、召喚獣の能力を使うだけだ。指導も何もなく、生徒たちは個々で自由にやっている。

 オズワルドは、ラビィに付きっ切りだった。


「下半身だけという制約を外すには、能力自体を向上させる必要がある。今の貴様の召喚獣等級はF、能力レベルは1と言ったところだ。まずは能力を限界まで使用し、レベルを向上させるぞ」

「は、はい……」


 ラビィは、オズワルドと一対一で指導を受けていた。

 どう見ても苦痛そうで、顔色も悪い。だが、ラビィの『治療』という能力が希少なものであることは召喚士たちは誰でも知っている。

 指導に熱が入るのも仕方ないだろう。


「オレら、完全に無視されてるよなー」


 ラッツが愚痴をこぼし、火トカゲのサラマンダーを肩に乗せる。


「で、でも、ラビィさん、すごい能力だし」


 マーロンも、ミニブタのピッグを撫でていた。


「治療系ねぇ……たぶん、次の等級査定でE級だろうな」


 ハウルも、小鳥のボイスを指に乗せていた。


「D級かぁ……」

『もぐ?』


 アルベロは、モグを手にしたまま呟く。

 等級査定は三ヶ月に一度行われる。例年通りだと、F級から数人はE級に上がる。

 たぶん、ラビィはE級……もしくは、D級に上がれるだろう。

 たぶん、アルベロはF級のままだ。


「お前さぁ……仮にもラッシュアウト家の四男だろ? 等級査定で昇級できなかったら、実家から何か言われるんじゃねーの?」


 ラッツがそう言うと、アルベロは首を振った。


「父上も母上も、俺のことなんて何とも思っちゃいないよ。才能のない召喚士は存在も忘れてるんじゃねーの? それに、姉上や兄上たちが優秀だからな」

「ああー……エステリーゼ様か。なぁハウル、なんか知ってるか?」

「知ってるぜ。噂じゃ、エステリーゼ様のファンクラブあるんだとよ。会員数が七千を超えたらしい」

「な、七千……マジかよ?」


 ラッツが驚いていた。

 マーロンは、ピッグを撫でながら言う。


「家族、いっぱいだと大変だねぇ」

「はは……まーな」


 アルベロは、苦笑するしかなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 アルベロには、二人の兄と姉がいる。

 つい最近、姉のエステリーゼがA級に昇格。二人の兄もB級トップクラスの召喚士として、学園内で活躍していると聞いた。

 そんな姉兄と比べ、弟のアルベロはF級である。

 ある日、中庭の隅で教科書を読んでいたアルベロの前に現れた。


「よぉ、アルベロ」

「あ……フギル兄さん」

「相変わらず、辛気臭い奴だ。このF級め」

「……申し訳ございません」


 入学して一か月。今まで接触してこなかった兄フギルが、アルベロに接触してきた。

 どこか見下したような笑みを浮かべていた。

 だが……アルベロは、兄フギルが嫌いではなかった。


「お前、入学して一か月以上経つのに、なぜオレや姉上に挨拶しにこない? まぁ、お前みたいな最底辺が挨拶に来られても困るんだがなぁ?」

「…………」

「で、どうなんだ? 等級は上がりそうか?」

「…………いえ、まだわかりません」

「わかりません? わかりませんじゃねぇんだよ!! いいか、最低でもC級の力を付けろ。お前みたいなクズがラッシュアウト家の四男だと知れたら、オレや姉上たちの評価にまで傷がつくんだよ!!」

「……努力します」

「努力じゃねぇんだ。やれ……いいな」

「はい……」

「ったく……ラッシュアウト家の面汚しめ」


 そう言って、フギルは立ち去った。

 アルベロは座り、モグを召喚する。


『もぐ……』

「いいんだ。ありがとな」


 アルベロは、兄フギルが嫌いではない。

 フギルは知っているのだろうか。姉エステリーゼと兄ラシルドが、もう何年もアルベロと言葉を交わしたことがないなど。父や母はアルベロの存在を徹底的に無視しているなど。

 罵詈雑言でも、自分をラッシュアウト家の一員として認めてくれているのは、フギルだけなのだ。

 アルベロはそれが嬉しく、同時に申し訳ない気持ちになる。

 

「フギル兄さんには悪いけど……やっぱり俺、どうにもできないよ」


 アルベロには、召喚士の才能がない。

 モグや自分を鍛えても、強くなれる気がしないのだ。


『…………』

「ん、どうした?」

『…………もぐ』


 モグは、悲し気に首を振った。

 まるで、何かに謝るように……だが、アルベロはそんなモグを撫でる。


「モグ。たぶん俺たちはずっとこのままだ。ラッシュアウト家も除籍されると思う……そうしたらさ、一緒にこの国を出て、どこか静かな場所で農業でもやって暮らそう」

『…………』

「俺たちはずっと一緒だ。モグ」

『…………』


 モグは、何も言わずに頷いた。

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