I

@norameco

beginning

九年前。

ダウンタウンでは通り魔事件が勃発していた。

一人の、黒いフードを被った人物が、行き交う人々の合間を縫うように走り、見境なく刃物で切りつけていく。

老若男女、更には幼い子供まで重度の傷を負ってしまうという非情なものだった。

道端には、赤い斑点がいくつもできていた。

傷口を押さえ、痛みに震える者。何が起きたか分からず唖然とその場に座り込む者。恐怖による悲鳴。呻き。泣き喚く子供の声…。

刺傷者は多数、幸い死者は出なかったものの、現場に到着した警察だったが犯人は捕まらず、行方知れずになる。

それは世間を揺るがすには十分な事態であった。

その数分後、警察官達はその場で事情聴取や目撃情報の収集、現場検証を行う。

だがその甲斐は虚しく、奇しくも一切の、そこにいたという痕跡は残っていなかったらしい。

直ぐに記者はこの事件を取り上げ、記事に纏め、翌日には雑誌や新聞に大きく掲載する。報道陣は速報し、生中継でテレビに流した。

賑わっていたダウンタウンだったが、この事件以来、住民は畏怖し、あまり外出をしなくなる。一変してしまった街は、不気味なほどに静まり返っていた。


しかしその数ヶ月後、世間を騒がせていた通り魔は再び現れることはなかった。

徐々に住民も街に出歩き始め、街は以前と変わりない賑やかさを取り戻した。繰り返し行われていた報道も次第になくなり、時折ニュースがあるだけで、その件に関しては画面に長くは写されない。

犯人は未だに逮捕されていないようだったが、住民はあの時の恐怖など忘れて安穏としている。


こうして、ダウンタウン通り魔事件は静かに幕を下ろしたのであった。

気付かれることのない、大きな爪痕を残して―――…。

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