第9話 犯罪者

 剣二は一体どのぐらい寝ていたのだろうか。

 気が付けば太陽は、窓から顔を出し、ベッドを焼き付けていた。


 「あっちー。おい、ヒトリア起きろ」

 「んー」


 ヒトリアはゆっくりと体を起こし、寝ぼけ口調で挨拶した。


 「おはようございます。剣二様ー」

 「ああ。というか、そんなことよりいいのか?」

 「何をですか?」

 「貴族の元に帰らなくて」


 ヒトリアの閉じていた目が衝撃を受け、パッチリと開く。

 剣二は間違えたことを言っただろうか?

 この子はあの貴族の奴隷であって、俺のパートナーでも何でもない。

 ヒトリアは結んでいた口をゆっくりと解いた。


 「・・・・や」

 「なんだ?」

 「いや!」

 「いやと言われてもな・・・」


 その時だった。


 トン、トン、トン、


 誰かが剣二達の部屋にノックをした。

 もう、チェックアウトの時間なのだろうか?

 ノックされた以上、無視することはできなかった。

 剣二は扉をゆっくり開き、扉の前に立っていたのは、宿主だった。


 「あの、お客さま・・・」

 「なんだ?もうチェックアウトの時間か?」

 「いえ、そうではなくて・・・」

 「だったらなんだ?」


 チェックアウトの件でこの部屋に来たとすればこの宿主は何しに来たのか?

 ルームサービス?

 だったら、最初にルームサービスだと断りを入れるはずだ。

 だとしたら、本当に何しに来たのか。

 すると、宿主はゆっくりそれを剣二に差し出した。


 「なんだこれは?割引券でも入っているのか?」

 「いえ、今朝方、兵士の方がお客様に渡す様に頼まれまして・・・」


 宿主から渡されたのは純白の封筒だった。

 中身を確認してみると、一言だけ書かれた手紙が封入されていた。


 「「王城まで来い」・・・か」


 嫌な予感がした。

 というか、あの陛下に会うと考えるだけでも不愉快になる。

 出来ることなら会いたくない。

 だが、行くしかない。

 もしかしたら、「災い」のことで何か情報を得られるかもしれない。

 それか、この装備クラスが謝って記されていたという不具合の件かもしれない。


 「しょうがない・・・行くか・・・」


 行くと決まれば出発の準備だ。

 だが問題なのは、


 ヒトリアをどうするかな・・・


 彼女は貴族の奴隷であるが、駄々をこねて貴族の元に戻ろうとしない。

 あまり連れまわすのは良くないだろう。

 店主のところに連れていくしか案は残されていなかった。

 この世界で、考えなしに語れる仲は店主しかいないのだ。

 店主は見た目とは違って、面倒見がいい。

 話が決まればさっそく行動だ。


 「ヒトリア、出る準備をしろ」

 「どこか行くの?」

 「俺は王城にな、お前は店主の所で留守番だ」

 「はーい」


 身支度を急いでし、宿の外に出る。

 すると、宿の前には馬車が待機していた。


 「お前が剣二だな?」


 一人の兵士が剣二に近づき、そう聞いた。


 「ああ、俺が剣二だが」

 「それでその小娘がヒトリアか?」

 「そうだ」


 その返答を聞いた途端、剣二の袖を無理やり掴んだ。


 「さあ、乗れ!」

 「歩いていくから大丈夫だ!」

 「信用ならん!早く乗れ!」

 「分かったから、離せ!」

 「小娘!貴様も乗れ!」

 「おい、ヒトリアは関係ないだろ!」

 「関係あるから言ってるんだ!早く乗れ!」

 「は、はい・・・」


 ヒトリアが乗り込もうとしたその瞬間、兵士は「早く入れ!」と言い、後ろから蹴り飛ばした。


 「おい!お前何してんだ!」

 「それじゃ、王城に向かってくれ」


 兵士は剣二の言葉に耳を貸すことなく、出発の指示を出す。

 公衆の面前じゃなかったらその首を跳ね飛ばしていたのに。

 今日一日の始まりがこんなに胸糞悪いなんて。

 しかも、向こうから呼んどいてなんだよ、この始末は。

 まるで、あの兵士の言葉通りに信用されていないような。


 「ヒトリア、大丈夫か?」

 「は、はい・・・大丈夫です・・・」


 昨日の目の輝きは失われていた。

 本当に胸糞悪い。


 何だよこの国は・・・


 そして、馬車のおかげで王城まであっという間だった。


 「剣二様・・・」

 「大丈夫だ。何かあれば俺が守るから」

 「はい・・・」

 「おい、早く降りろ」

 「チッ、言われなくても分かっている」


 二人は馬車から降り、そこで二人の到着まで待機していた兵士が、王の間まで案内する。


 「剣二様・・・」

 「大丈夫だ」


 ヒトリアは酷く怯えている。

 無理もない。

 この国は奴隷制度を何とも思わない横暴な連中ばかりだ。


 誰かその過ちに気が付けよ。


 「着いたぞ。さあ、入れ」

 「ああ」


 扉が開かれ、向こうの世界にはやはりあいつがいた。


 「久しいな?勇者にもなれなかった落ちこぼれ」

 「ああ、久しぶりだな。くそジジイが」

 「ふん、立場もわきまえられない貴様は本当に人間の失敗作代表だな」

 「あ?ろくに戦えもしねージジイがほざくんじゃねーよ。その首切り落とすぞ?」


 剣二の無礼発言に、我慢の限界が来たのか兵士一同が剣を引き抜いた。

 雑魚は束になろうと雑魚なのはわからないのか?


 「皆、剣を収めろ。この男程度に君たちが手を汚す必要はないぞ?」


 兵士達は笑いながら引き抜いた剣を収めた。


 「要件はなんだ?早くしろ」

 「そう急ぐな。時期に終わる」

 「どういうことだ?」


 すると、陛下の横で待機していた兵士が、何かを読み上げた。

 その件に関しては全く心当たりのない内容だった。


 「罪状、この男はギルシュイン殿の奴隷を誘拐し、暴行。その後は淫らな行為をした」

 「は・・・?」

 「間違いありませんね?」


 間違いだらけだ。

 そんなことしていないし、もちろんやった覚えもない。

 誰がこんなデマを。


 「それでは、被害者を入室させてください」

 「おい、被害者なんているはずがない。でっち上げだ。早く取り消せ」


 剣二の意思を聞こうとする者は誰一人いなかった。

 兵士により入室許可が指示され、部屋に入ってきた人物は見たことのある顔だった。

 間違えるはずがない。


 「あの貴族!」


 昨日、ヒトリアを暴行したのはお前じゃないか!


 剣二を咎める裁判はここからが始まりだった。


 「ギルシュイン殿。まず最初に、あそこに立っている奴隷はあなたのもので間違いありませんか?」

 「おい、人を物扱いすんじゃねーよ!!!」

 「犯罪者は黙ってろ・・・さて、間違いありませんか?」

 「はい・・・間違いありません・・・」


 あの野郎。

 嘘の涙まで流しやがって・・・

 そんなに俺を陥れたいのか?


 「さて確認は取れました。この後の流れは陛下にお任せします」

 「うむ」


 クソ、最悪だ。

 このタイミングで陛下かよ。

 こっちの嫌がることをとことんしてくるじゃねーか。


 「おい、犯罪者。貴様はもう生きている価値がないと思うのだが」

 「いや違う!俺は何もしていない!本当だ!」

 「見苦しいぞ、死がそんなに怖いか?」

 「何もしてないのになんで死ななきゃいけないんだ!」

 「貴様は勇者でなければ善人でもない。ただの犯罪者だ」

 「だからやってないと言ってるだろ!」


 二人のやり取りに割り込むように少女が声を出した。


 「あ、あの剣二様は・・・」

 「奴隷の分際で勝手に喋るな」

 「おい、今なんて言った!俺達に謝れよ!俺達は決してないとしていない!お前らが謝れ!」

 「なんで罪人と奴隷に謝らなきゃいけないんだ?」

 「お前らが根本的に間違っているからだろ!」

 「罪人の言語はよくわからんな。おい、早く極刑にしろ」

 「おい、待てよ!」

 「陛下、少しお待ちください」


 そう言ったのは、なぜか被害者面をしているギルシュインだった。


 「さすがに極刑はお可哀そうかと思いまして」

 「ほう、ならどうするのだ?」


 ニヤニヤしながら陛下と会話をするギルシュイン。

 その光景は、全く被害者面とはかけ離れたものだった。

 どう考えても、一目見れば剣二達がはめられていることは明白だった。

 だが、誰もそこに疑いの目を向けていなかった。

 向けられていたのは尊敬の眼差し。


 「そうですねー、それならこういうのはどうでしょう?」


 天井に人差し指を立てて、こう綴った。


 「国外追放というのはどうでしょう?二度とこの国に入れないように」

 「ギルシュインがそれでいいなら構わないが」

 「私はそれで結構です。それともう一つ」

 「なんだ?」

 「あそこにいる傷がついた奴隷。もう必要ありません。あれも国外追放でお願いします。もう顔も見たくありません・・・」


 ギルシュインは手を口に押え、涙を流した。

 さっきまで笑ってただろうが。

 そして、判決が下った。


 「この犯罪者と奴隷を国外追放とする。早々と消え去れ!」


 剣二は唇を噛みしめる。

 やってもいないのに犯罪者呼ばわりされ、国外追放。


 「いくぞ・・・ヒトリア」

 「あ・・・はい・・・」


 あークソ、またか。

 ギャラリーが騒がしい。


 「犯罪者はとっとと死ねよ!」

 「生きてる価値ないの自覚ないんですかー?」

 「奴隷と末永くお幸せにねー」


 剣二は耳を貸すことなく、ヒトリアを連れて王城を出た。

 町には人が集まっていた。

 まるで見世物のように。

 その中に、店主がいるのが見えた。

 何か言いたそうだったが、これ以上店主に迷惑をかけるわけにはいかない。

 店主と別れの挨拶をすることなくヘカベルを立ち去った。

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