夢見の螺旋書架にて③ ラスト〔アチの世界の兄妹〕

 アチの世界──中学生で自宅療養を続けている女の子『和歌』は、自宅二階の窓際のベットに上体を起こして。

 通学路を登校していく学生たちや児童を眺めていた。

 元々、体が弱い和歌は病気がちで長期間、中学校を休んでいた。


 部屋のドアが数回ノックされ、開いたドアの向こうから和歌の兄で、メガネ高校生の『詩郎』が顔を覗かせて、和歌の体の具合を心配する。

「どうだ? 今朝の体の調子は?」

「うん、昨日よりは少しいいみたい」

「そうか、お兄ちゃん学校に行くから……ご飯ちゃんと食べるんだぞ」

「うん、わかった……あのね、お兄ちゃん。和歌、またあの夢見たの」

「ヘビの角が生えた女性が霧の中に立っている、あの夢か」

「うん、別に何をするわけでもないんだけれど」

 和歌は最近、奇妙な夢を見るようになった。

 霧の中で目つきが鋭い、異世界ファンタジーに登場するようなヘビ角の女性と見つめ合っている不思議な夢。


「和歌ね、夢の中に出てくる女の人、見た目よりも怖い人じゃない気がするの」

「そうか、じゃあお兄ちゃん学校に行ってくるから」

「行ってらっしゃい」

 兄の姿が見えなくなると、和歌は少し寂しそうな表情で呟いた。

「友だち欲しいな」



【コチの世界〔結晶洞窟パール・ソネットの夢〕】

 女魔王パール・ソネットは、またあの霧の夢を見ていた。

 霧の中には、向かい合って立っているパジャマ姿の和歌の姿があった。


 いつもの霧の夢と異なる不思議な感覚だった。

 ソネットが涙を一粒流しながら夢の中で呟く。

「家族が……欲しい」


 和歌も涙を一粒流しながら呟く。

「友だちが……欲しい」


 ソネットと和歌が近づき抱擁する、二人の体が融合したところで、ソネットは目覚めた。

(なんか不思議な感覚の夢だったな?)



【アチの世界〔病院〕】

 詩郎は家からの連絡で、急いで病院へと向かった。

 妹の和歌が、突然昏睡状態になって、意識がもどらないまま病院に運ばれた。

 病室に飛び込むと、ベットの上には昏睡状態の和歌。

 そして、心配そうな顔をしている両親がいた。

 母親が詩郎に言った。

「お医者さんの話しだと、原因はわからないそうよ……なぜ、昏睡状態に陥ったのか。生命維持処置は必要ないみたいだけれど」

 詩郎はベットで昏睡している妹の姿に、言葉を失った。


 病室前の長椅子に座って、うなだれる詩郎。

(オレには、どうするコトもできないのか……和歌は、これからどうなるんだ)

 頭の中にグルグルと、いろいろな考えが巡る。

 詩郎が床を見ていると、長椅子の陰から『負けたら働く』とプリントされたTシャツを着て、膝上くらいまでのハーフパンツを穿き、ビーチサンダルを履いた。

 メキシカンヒゲを生やした、ちっちゃなオッサンが抱えた、さきイカをモグモグ食べながら現れた。

 詩郎の足元に立った、ちっちゃなオッサンが言った。

「さきイカは歯の隙間に挟まるから困る……例外中の例外だからな、無償で科学召喚なんて行うのは」

 詩郎は頭がおかしくなって幻でも見ている感覚で、ぼんやりとイカを食べる、ちっちゃなオッサンを眺める。

(オレ……頭がどうかしちゃったのか? 和歌のコトばかり考えていたから?)

 さきイカを食べ終わった、ちっちゃなオッサンはどこからか魔法の杖を取り出して詩郎に言った。


「科学召喚の魔法円を、レザリムスで描く時に……炎光虫の燐粉みたいなのを利用させてもらっていて、炎光虫には日頃から世話になっているから。

その炎光虫の女魔王を助けて欲しいって願いを聞いて……タダで科学召喚やるんだからな感謝しろよ」

 ちっちゃなオッサンは、持っていた杖で詩郎の足先を突いた──詩郎の体が光りに包まれた。



【医界大陸国レザリムス〔結晶洞窟〕】

 女魔王が玉座に座る洞窟部屋の、床を掃き掃除をしていたラブラド0号は、チラッと玉座に座っている女魔王パール・ソネットの顔を見た。

「なんだ、0号わたしの顔に何かついているのか?」

「いいえ、今はいつものソネットさまだと、思いまして」

「はぁ!? いつものってどういう意味だ?」

 その時──炎光虫たちが床に、燐粉で奇妙な魔法円を描きはじめた。

 それを見て、0号が言った。

「これは、科学召喚の科学魔法円……アチの世界から、コチの世界に誰かが?」

 魔法円の中に、詩郎が現れた。

 詩郎の脳内には、科学召喚される時の分子分解からの再構築で、レザリムスについてのある程度の知識が植えつけられていた。 

「コチの世界……異界大陸国レザリムス……東方地域の結晶洞窟? えっ? 一つ目のメイドが」

 記憶が混乱している詩郎に向かって、玉座から立ち上がった女魔王が、洞窟内の侵入者に厳しい口調で質問する。

「何者だ?」


「えーと、ボクは詩郎……アチの世界から、科学召喚されて……えっ? アチの世界? 科学召喚? なんで、普通に会話が?」

 詩郎の言葉を聞いた0号がサラッと言った。

「運が良かったですね、詩郎さんとやら……アチの世界の人間が科学召喚されたら〝ぶんし分解〟とやらで消滅したり。

知性がない下等な生き物に再構築されたりする場合もあるっていうのに……見た目は、大丈夫みたいですね。

内臓までは、わかりませんけれど」


 女魔王パール・ソネットが再度、詩郎に質問する。

「詩郎とやら、なぜレザリムスに来……」

 いきなり、ソネットのヘビ角が弱々しく垂れ下がり、ソネットの顔つきが弱々しい顔つきに変わった。

「お兄ちゃん? 詩郎お兄ちゃん!? ここどこ、和歌怖い」

 成人女性のソネットが、詩郎に抱きつく。

「和歌か? 和歌なんだな」

 うなづく、ソネットの体の中にいる詩郎の妹。

「変な夢を見て、気がついたらこのヘビの角が生えた女の人の中にいたの……ここどこ?」 

「ここは……」

 詩郎が答える前に、ヘビ角がピンッと元にもどり、厳しい表情の女魔王パール・ソネットにもどる。

「ぶ、無礼者!」

 詩郎を突き飛ばして離れたソネットは、赤面すると玉座の近くにあった魔剣を構える。

 剣から「魔王剣!」という声優声が聞こえた。


 剣を持って真っ赤になったソネットが、照れ隠しで詩郎に凄む。

 女魔王は、意外にも男性と接する免疫が少なかった──男とつき合ったコトもなければ、手を握ったコトも無かった。

 それが、いきなり抱擁していたので動揺する。

「な、な、なんで抱きついた!」

「なんでって言われても」

 また、ヘビ角がしなっとなって。

 内面が和歌に変わったソネットが詩郎に抱きつく。

「詩郎お兄ちゃん! 和歌を助けて」


 ヘビ角がシャキとして兄に抱きついていた、ソネットが飛び下がり。顔を真っ赤にして魔王剣を上段に構える。

「だからぁ! 何が目的でわたしに抱きつく!」

「それは、妹の和歌が……」

「お兄ちゃん!」

 それを数回、繰り返しているのを眺めていた0号が挙手をして言った。

「あのぅ、一回三人とも落ち着きませんか……あたし、なんとなく事情わかっちゃいましたから……和歌さん、でしたっけ。さっき、あたしと少しだけお話ししましたよね」


 落ち着いたソネットは、0号の説明で特殊な幽体転生が自分の体に起こったコトを知った。

 ソネットが言った。

「つまり、この体に詩郎の妹の和歌が、入っているというコトか?」

「おそらく、ソネットさまの家族を欲する強い気持ちと、和歌さんの友だちを欲する強い気持ちが、触れ合って珍しい憑依転生が起こったのでしょうね」


 ソネットがしみじみとした口調で言った。

「そうか、わたしに家族ができたのか……和歌には必然的に、レザリムスで知人や友だちができた……詩郎とやら」

「はい?」

「こうなってしまった以上はしかたがない、互いに最良の方法を模索していこうではないか」

「はい、女魔王さま」

「ソネットでいい」


 ヘビ角がしなっとなって、女魔王の体で詩郎に抱きつく和歌。

「お兄ちゃん、和歌がんばる」

 ヘビ角がピンッと立つと赤面したソネットは、詩郎を突き飛ばして魔剣を構える。

「魔王剣!」

「そ、そ、そこまで、馴れ馴れしく抱き合いは許していないぞ! 斬られたいか!」

 ラブラド0号は。

「やれやれ」と、肩をすくめた。



【夢見の螺旋書架にて】

 語り終わった、イザーヤ・ペンライトは静かに本を閉じて棚にもどした。

「いかがでしたか? 良い夢見になりましたか? 東方地域の女魔王のストーリーはまだはじまったばかり、白紙のページですわペン……そろそろ、アチの世界の夜明けですわね……それでは、また白夜に夢見の螺旋書架で……ペン」


 魔女皇女イザーヤ・ペンライトが微笑む中……アチの世界の夢見人は、城巨人の螺旋書架を去って目覚めた。


【夢見の螺旋書架にて】……おわり

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