早退する
教室に戻った優希はさきほど絡んできた『例の倶楽部』の連中について深く考え込んでいた。
どうやら、あの連中の態度から見て、ボクのことを犯人だと考えているみたいだな。
コウという生徒の口振りからして、それはもう間違いないことだった。しかし、まだこちらの正体には勘付いてはいないはずだ。だが──。
今までは無視すればいいと簡単に考えていたが、ここまで執拗に嗅ぎまわられると厄介かもしれないな。
そう思うようになっていた。ここにきて、あのおかしな名称の倶楽部の連中が俄然目障りになってきた。優希にはやらなくてはいけないことがあるのだ。その為に遠い異国のこの街まで、わざわざやってきたのである。
でも、取り逃がしたのが本当に痛かったな……。昨日、しっかり捕まえることが出来ていたら、こんなに悩む必要もなかったんだが……。
端整な優希の顔に暗い影が落ちていた。
────────────────
昼休みに入ると、アリスたちは六人は再び部室に集合した。
「なあ、今朝の階段でのあいつの態度を見ただろう? あの余裕ぶった顔は、間違いなくオレたちなんかには捕まらないっていう顔だぜ」
コウが部室に入るなり、怒りの第一声を放った。
「アリス、こうなったらあの野郎をいち早くワナに嵌めて、正体を暴いてやろうぜ!」
「ちょっと待ってよ、コウ。ミユさんが襲われたから、ワナの話は保留するってことに決めたでしょ?」
アリスはともすれば早まった行動に出そうなコウに釘を刺した。
「そんな悠長なことを言っていたら、あとの二人だって襲われちまうかもしれないぜ?」
「そんなことぐらいは、あたしだって分かっているわよ!」
言い合いのするのはコウと櫻子の二人と決まっているが、今日ばかりはアリスもついコウに食って掛かってしまった。それだけアリス自身も心に余裕がないということだった。
「ちょっと二人とも言い合いは止めてよ! ここで怒鳴りあっても、何の解決にもならないでしょ!」
滅多にないことだが、櫻子が止め役になった。
のどかも京也も難しい顔をしたまま黙ってしまっている。今朝以上に部室内がどんよりとした重たい空気に包まれた。
「ほらほら、そんなに怒ってばかりいたら、口があんぐりとなっちゃうわよ。『
突如、部室に魔法使いが姿を見せて、くだらないダジャレでもって一瞬で重い空気を取り払ってしまった。温和な顔をした魔法使いは、長机を挟んで睨み合っていたアリスとコウの顔を順番に優しい眼差しで見つめた。
「アリスちゃんもコウくんも、少し頭を冷しなさい。こんなところで仲間割れなんかしていたら、いつまでたっても良い結果は絶対に生まれないわよ」
普段はおっとりしたイメージのあるほのかの珍しい大人の言葉に、アリスもコウもバツが悪そうな表情を浮かべるのだった。
「ごめんなさい、ほのか先生」
「すいませんでした、ほのか先生」
アリスとコウは素直に謝った。それで部室内の重たい空気が完全に一掃された。
「──姉さん、ありがとうね」
のどかがほのかに軽く頭を下げた。
「いいえ、どういたしまして」
「それで、姉さんはどうして部室に来たの? あっ、もしかしたら、今朝みたいに池口さんの容態のことで新しい話でもあるの?」
「違うわよ」
あっさりと否定するほのか。
「あなたたちの耳に入れておいた方がいい話があったから来たのよ」
「えっ、話って、どんな話なの?」
「簡単に言うと──アルカール・優希くんなんだけど、体調が良くないらしくて、昼休みに早退したわよ」
ほのかの話は今のアリスたちにとっては聞き逃せない重要な情報だった。
「早退! ほのか先生、それじゃ、優希くんはもう学校にいないってこと?」
アリスは勢い込んで尋ねた。
「そういうことになるかしら。早退ってそういう意味でしょ?」
自分が重大な情報をもたらしたとはこれっぽっちも思っていないほのかが、可愛らしく小首を傾げるポーズを見せた。
「くそっ! あの野郎にまた先を越されたぜ!」
コウがイスを倒すくらいの勢いで立ち上がった。
「アリス、すぐにカミラさんに連絡を取って!」
のどかがいわんとしていることを、アリスはすぐに悟った。のどかは早退した優希がカミラたちを襲う可能性を考えたのだ。
「分かった。連絡してみる」
アリスはカミラのスマホに電話を掛けた。相手はスリーコールで出てくれた。
「はい、カミラですが──」
「あっ、もしもしカミラさん。ちょっと急いで連絡したいことがあったから、電話させてもらったの」
カミラが電話に出ると、アリスはほのかから聞いた優希が早退したという話をさっそく伝えた。
「──うん、アリスさん、分かったわ。こっちでも気をつけることにするから」
続けて、カミラが意外な話をしてきた。
「それで昨日話したワナについてだけど、どうするの?」
「えっ、ワナって……」
一瞬、返答に迷ってしまった。てっきりカミラの方から、怖くなったからワナを中止したいという話をしてくるものだとばかり思っていたのだ。
「えーと、あたしたち倶楽部の総意としては、池口さんが襲われたばかりだから、ワナを実行するのは保留した方がいいかなと考えたんだけど……」
アリスは倶楽部としての考えを示した。
「でもアリスさん、相手が行動を開始したのだとしたら、こちらも早くワナを決行した方がいいと思うんだけど」
意外にもカミラはコウと同じ意見のようだった。
「それはそうかもしれないんだけど……」
アリスとしては危険を承知でここではいそうですかと、簡単に頷くことは出来なかった。
「アリスさんが迷う気持ちも分かるわ。それじゃ、こうしたらどうかな? とりあえず、今日の放課後にまた例のカフェで落ち合いましょう。そこでもう一度話し合いをするというのはどう?」
「うーん、そうだね……」
アリスは返答に窮してしまった。出来れば、これ以上カミラたちを事件に引きこみたくはなかったのだ。
「あっ、ごめんなさい。午後の授業がもう始まるから、これで電話は切るね──」
カミラはそれだけ早口で言うと、アリスの返事を聞く前に通話を切ってしまった。
「──どうしたの、アリス? なんか呆然としているみたいだけど、カミラさんたちの身に何かあったの?」
のどかがさっそく心配してきた。
「ううん、そういう心配はないんだけど、カミラさんが言うにはね──」
そう言ってアリスはたった今カミラと話した内容を五人に話して聞かせた。
「なるほどね。カミラさんはオレと同じ考え方みたいだな」
コウがにやりと笑った。
「カミラさんもああ見えて、かなり熱い性格みたいね」
櫻子は危険を顧みないカミラの態度に感心すらしている。
「ここはカミラさんたちと話だけでもするのがいいかもしれないな」
京也は優希を嵌めるワナ云々よりも、もう一度話し合いをすることが大事だと考えているらしい。
「アリス、とりあえずもう一度カミラさんたちと会って、話をするのが有意義だと思うわ。ワナの話はそこでまた考え直してもいいわけだから」
最後にのどかが皆の意見をまとめる形で口を開いた。
「そうだね。昨日と状況がガラッと変わっちゃったんだから、もう一度ちゃんと話し合いをするのが妥当な線かもしれないわね」
アリスは部長として今後の方針を固めた。
暗くギスギスとした雰囲気でチームワークが壊れかけていたが、ここにきて部員一同の心が再びひとつにまとまりつつあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます