第20話 新メニュー

 カフワの繁忙期と閑散期は定期的に訪れる。グラヴェニア国の行商人が去り、出回った良い品物を求める人々はカフワにはあまり来なくなるのだそうだ。いまいちピンとこないが、そういうものらしい。この店にとって閑散期の方が長い事がアブダッドの悩みである。客層は裕福層の為大きな店を経営している者や貴族たちが多い。グラヴェニア国から流れてくる流行の品を買い占めるのに忙しいらしく店にはあまり来なくなる。繁忙期の収入でどうにかなっているが、実のところ危ない時期もあったらしいと内緒で料理人のジャマールが教えてくれた。

客層を絞ったことが裏目に出ているのだ。紅茶も人気があるが、流行はいつまで続くか分からない。

次の手を考えているというが、少々心配になる。

クビになったりしないだろうかとリストラが頭をよぎった。ジャマールが内緒で教えてくれたのも"お前危ないぞ"の意味だったらと深読みしてしまう。また無職には戻りたくない。せっかく紹介してもらえたのだ。

自分の価値を高めるために何か行動しなければと決意した。

菓子とお茶を運びながらシャヌとの会話を思い出す。

"紅茶も美味しいけど、私はこっちの方が馴染みがある"彼女はそう言ってモルン茶を好んでいた。その時に思いついたフルーツティーやミルクティーを提案してみるのも良いかもしれない。

紅茶があまり好みでない富裕層もいるのではないだろうか。そういった客を呼び込むのだ。

思い切って空き時間にアブダッドに声をかけた。

「なるほど、モルン茶か。確かに紅茶はあそこまで甘味はないな」

「甘いお茶に、慣れた人は、紅茶の、渋みが、苦手かも」

「女性、かわいいもの、好きなので、人気でるかも、しれません」

一生懸命に訴えかけたところ、アブダッドはニヤリと口角を上げ頷いた。

「リツがこの店の事をこんなに考えてくれていたとはな」

違います、自分の為ですとは言わずに曖昧な微笑みを浮かべた。

「どの果物が紅茶に合うのかリツ、ジャマールと一緒に考えろ。あとミルクもな」

「承知しました!」

敬礼をビシッとしたら、何だそれはと笑われた。



 それからいつもより早い時間に出勤し、ジャマールと一緒に何が合うのか実験する事になった。ここに新メニュー開発チームが立ち上がったのである。開発と言うほど立派な物でもないのだが。

ジーンも面白そうだからと参加している。

「まずは甘味の強いマロの実を入れてみよう」

ジャマールが紅茶のポットにマロの実を投入した。

しかしマロの実は皮が青いので、グロテスクな見た目になってしまったのである。

紅茶の中に真っ青な丸いものがたくさん。タピオカを知っている自分ですら気持ち悪く感じる。

小さい果物の為、一瞬蛙の卵に見えてしまった。

「…果汁、だけ絞り、ませんか?」

「そうだね、これはちょっと客が逃げるね」

ジャマールが苦笑する。

マロの実の果汁は乳白色なので、見た目だけならばミルクティーである。

果汁を絞り、皮は捨てた。

恐る恐る口に入れる。

「ううん?思ったの、と違う、味わい」

「でもこれなら子供でも飲めそうな味だね」

「本当だね、子供向けだ」

ジーンも横から手を伸ばし感想を言う。

現地の人が言うならば大丈夫だろう、一品目はこれでよし。

「いっそのこと、モルンの花を突っ込んじゃえば?」

ジーンが思いついたようにぽんと手を叩く。

「…なるほど?いや合うかなぁ」

ジャマールが首をかしげる。それってもはや紅茶というよりブレンド。

ブレンド、掛け合わせ、混ぜ合わせる…ミックスジュース?

「もうひとつ、思いつき、ました」

「果物、色んなのを、混ぜた、飲み物」

単品のフルーツジュースはあるが、混ぜたものは見たことがない。

子連れの客が増えるのではないだろうかと考えた。ジャマールが嬉しそうに頷く。

アブダッドに後で許可を貰ったら、これも開発に加えよう。

「わたし、天才?」

冗談交じりに言ったら、ジーンに頭を軽く小突かれた。

でも分かっている。これは私の実力でも何でもなく、ただ元の世界にあった物を模倣したに過ぎない。

私は天才ではなく凡人なのである。自分の保身の為だけに知識を使う、何とも卑怯な気がした。

調子に乗り申し訳ありません、と笑いながら舌を出した。


 開発チーム立ち上げから3日目、結果として紅茶の新メニューが8種類できあがった。

私のメモ帳には日本語が躍っている。今までの成功した果物一覧である。

①マロの実:見た目はミルクティー。甘味が強く子供向けになった。

②インクーリオ:真っ赤な果物。味はイチジクに似ている。私が森で食べた例の果物である。

③ムクロジ:緑色の果物。味はオレンジに似ている。ピンポン玉程のサイズ。

④スノキ:どぎついピンク色の果物。味はブルーベリーに似ている。ビー玉程のサイズ。

⑤センカ:黄色やオレンジ色の果物。味は桃に似ている。スイカ程のサイズ。

⑥モルドの葉:本来は肉料理に使用するが、香りがレモンマートルに似ていた為レモンの代用品。

⑦2~6の全部入れ:見た目も華やか。女性受けしそうな印象である。私の一押しのメニュー。"フルーツティー"というそのままのネーミングでメニュー入り。

⑧ミルクティー:ヤギに似た生き物の乳を使用。コクがありまろやかな味。

ちなみにモルンの花は紅茶と合わなかった。

全て果汁がよく抽出できるよう、小さいものもカットして入れることになった。

 三人で試飲しながら考えたので問題は無いだろうが、経営者であるアブダッドにも完成品を試飲してもらう。ドキドキとしながら反応を伺う。ちなみにホットとアイス、両方を用意してある。

暑い国ではアイスの方が好まれるかもしれない。

アブダッドは一つ一つ丁寧に味わい。感心したり、目を閉じたりと忙しく動いていた。

そして全て飲み終わるとおもむろに口を開いた。

「まさかここまでの美味しさになるとは思わなかった」

思わずジャマールとヒシッと抱き合った。視界の隅でジーンが入りたそうにしていたがジャマールに無視された。綻ぶ口元を押えられず尋ねる。

「店長、採用、ですか?」

「もちろんだ、さっそく提供しよう」

甘いフルーティーな紅茶として大々的に売りに出された。

客足は上々。口コミで広がっているのか閑散期だというのに客足が増えてきている。

アブダッドも手ごたえを感じたのだろう、客と紅茶について語り合っていた。

ミックスジュースについては、フルーツティーが定着してから開発する事になった。

これで売り上げがアップすればクビになる事もあるまい。

ほっと胸を撫でおろした。

空き時間、ジャマールが作ってくれたミルクティーを飲みながらふと考える。

美味しいミルクがある。砂糖はもともとこの世界にあり、卵もよく食べられている。

そしてこの暑い国。

アイスクリームを作ったら売れるのではないだろうか。

幸い子供でも作れるお菓子だ。私も良く夏になると作っていたものである。

分量は忘れたが、作り方は覚えている。

牛乳と卵黄と砂糖を20分程煮詰めて冷まし、冷凍庫に入れ固まるのを待つだけ。

問題はバニラビーンズが無い事だろう。いや、バニラにしなくても果物を混ぜてしまえば香りとしては問題ないかもしれない。

あとはこの国に受け入れられるかどうか。冷たく冷やした菓子はあるが、アイスクリームのようにキンキンに冷え切った食べ物はさすがに見たことがなかった。

後でジャマールに作れるかどうか聞いてから、アブダッドに伝えてみよう。

フルーツティーはクビ回避の為だったが、今回は単に自分が食べたかっただけである。

本当はケーキが食べたかったが、手順も覚えていない上、材料も忘れたので作る事は不可能だ。

それに固いが似たような菓子もあるので、作れたとしてもケーキはどのみち採用されなかっただろう。

「甘味の、誘惑には、勝てないよね」

私の企みは上手くいった。

ジャマールが目を輝かせてアブダッドに報告したのだ。

分量は覚えていない、と言うとそれも試せば良いという快い返事をくれた。

材料が無駄になるかもしれないのに太っ腹である。

開発チームは"アイスクリーム"に取り掛かることになった。

今回は嬉々としてアブダッドも参加する事になった。冷凍庫が無いので、アブダッドの魔法で冷凍庫並みの冷気が出る箱を作ってもらった。店で魔法が使えるのは彼だけだった。

まずは忘れてしまった分量の実験である。

卵黄は2個だったような気がするが、鶏の卵とこちらの世界の卵はサイズが違う。牛乳はミルクティーに使用したミルクを使う。しかしこれも分量はわからない。

「まずは少しずつ試し、どの組み合わせが美味しいか調べよう」

ジャマールが真剣な表情で卵を割り入れ、牛乳と混ぜた。

私が目分量でこのくらいだった、という分量を元に全8パターンで試すことになった。

①500㏄程度の牛乳と卵黄1個、砂糖はスプーン5杯

②500㏄程度の牛乳と卵黄2個、砂糖はスプーン5杯

③500㏄程度の牛乳と卵黄1個、砂糖はスプーン3杯

④500㏄程度の牛乳と卵黄2個、砂糖はスプーン3杯

⑤400㏄程度の牛乳と卵黄1個、砂糖はスプーン5杯

⑥400㏄程度の牛乳と卵黄2個、砂糖はスプーン5杯

⑦400㏄程度の牛乳と卵黄1個、砂糖はスプーン3杯

⑧400㏄程度の牛乳と卵黄2個、砂糖はスプーン3杯

これでどれだけの材料が無駄になってしまうのだろう。嫌な汗がじわりと浮かぶ。

フルーツティーは少量を紅茶に入れるだけで済み、材料もそこまで必要なかった。

だが今回は材料の量が半端なく多い。紅茶で上手くいった為アブダッドも期待しているのかもしれない。

ただの思い付きだったが、口にしたのは間違いだったのかもしれない。

弱気になりつつも、今更やめる事もできない。

腹をくくって実験を行った。固まるのに半日はかかる為、実験スピードは遅い。

 数日かけて実験は行われ、一番良いと思われた分量は⑥であった。

"400㏄程度の牛乳と卵黄2個、砂糖はスプーン5杯"これが試した中では一番おいしく感じた。

完成したアイスの中にフルーツを混ぜ込み、数種類のフレーバーアイスを作る。

カラフルなアイスクリームができあがり、全員で試食した。

「俺はインクーリオが好きだな、甘すぎずちょうど良く感じる」

ジーンが真っ赤なアイスを口に含み感想を言う。

アブダッドは緑色のアイスを手にしている。

「俺はムクロジがいいな、爽やかで食べやすい」

ジャマールは全て好きらしい。

私はセンカが好きだ。桃に似た甘さがくせになる。

それぞれ好みが分かれたが、10日単位でフレーバーを入れ替え提供することになった。

そう、毎週来たくなる作戦である。

よほど珍しく感じたのか、アイスクリームは飛ぶように売れた。

中には庶民であろう者たちも稀に食べにきた。

「大成功だ、リツお前さんのおかげだ」

アブダッドが満足げに私の肩をポンと叩いた。私のお陰ではなく元の世界のお陰です、とは言えずほんのり微笑むに留めた。

今度パルマやアラム、シャヌにも食べてもらいたい。

美味しそうにアイスクリームを食べる客を見ながらそう思った。

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