第一章【アポカリプティック・サウンド】

第一話『ハル・メギドの丘』


 終末が遥か過去に過ぎ去った──【ハル・メギドの丘】


 赤茶色の乾いた大地の空の下……小高い丘に一人の少女が立ち、赤い地平線を眺めていた。

 17・8歳前後のその少女は、その身を茶色のボロ布でマントのように包み、肩まである黒髪が微風で揺れている。

 かっては大量の水に満ちた、海と呼ばれていた場所を眺める少女の瞳はどこか懐古を含んでいる。

 少女の足元には『この地に栄えていた人類の痕跡と、共に戦った仲間の想いを記して』と刻まれ傾いた石碑があった。

 石碑の前にしゃがみ込んだ、少女が甲冑の甲手のような手で石碑の表面に軽く触れると、風化の進んでいる石碑の文字が崩れる。


《あまり、触れない方がいいぞ……那美、風化が激しい》

 少女の胸の辺りから、同年代の少年の声が幻聴のように、少女の内部に聞こえてきた……その声の主に少女は応える。

「そうみたい、みんないなくなっちゃったね……イヴも、狩摩大佐も、刑事の伏義さんも……人間はみんな」

《しかたがないよ……この『ハル・メギドの丘』での機神軍との最終決戦は壮絶だったから》

 人間時には、天津 那美あまつ なみと呼ばれていた少女は、ゆっくりと立ち上がると。

 干上がった海を眺める……昨日のように思い出す、海岸で戦友たちと戯れた、つかの間の安息日。


 普段は着なれないビキニの水着に顔を赤らめていた紅蓮の覇者・ワルキューレ空隊の准佐、弁財天アテナの姿。

 照れているアテナの髪に、ハイビスカスの造花を差して、さらにアテナを照れさせ怒らせた。

紺碧の追撃・ミッドガルト海隊の准佐、クーフー・ランスロット。

 そんなアテナとランスロットの二人を見て哄笑していた。

深緑の機動・フォンリル陸隊の准佐、円騎堂タケル。

 そして非戦闘時では気さくで那美とも、よく談笑をしてくれた【特殊防衛機構】『アポクリファ機構』の面々。


「今にして思うと、機神とのあの戦いはいったい何だったのか……本当に必要な戦いだったのか疑問さえ感じてくる……人類最後の、あがきだったのかも知れない」

《答えを考える時間はボクたちには、たっぷり残されている……ゆっくり考えればいいさ……ほらっ、子供たちがやってきた》

 那美が振り返ると丘の向こう側から人間と動物が遺伝子レベルで融合した『獣人』の子供たちと、等身サイズの機神の子供たちが「那美せんせーーい」と、言いながら走ってくるのが見えた。

 無邪気な笑みで遠距離から那美に走り近づいてきた子供たちは、近づくほどに身長が大きく変わる那美を見上げる。

 那美は足元に集まってきた子供たちを、優しい笑みで見下ろす。

 身長五十メートルを越える。生体機神【セフィロト・ムリエル】……それが人間の姿を捨て去った、今の那美の姿だった。

 獣人と機神の子供が言った。

「那美先生、また旧時代のお話し聞かせて……人間がいて、乾いた海に水がいっぱいあった時のお話し聞かせて」

「メモリーに残されている同じ話しの繰り返しだけれど……それでもいいの?」

「うん、だって那美先生のお話し面白いんだもん」

 獣人と機神の子らには、那美の思い出話しは神話や伝説の類いに受けとられているようだ。

 那美は、中破して機能が完全に停止した、岩山のように巨大なクモ型機神に横座りで腰を降ろすと、全体の3/1が赤く乾いた海を眺めながら静かな口調で語りはじめた。


「あれは、まだ海が水に満ちて青かった頃……文明を築いていた人類が、この人類の繁栄は永遠に続くものだと誰も信じて疑わなかった時代……先生が、まだ人間サイズだった頃───ある小国に住んでいた、一人の科学者の深い悲しみと苦悩から【機神天國】が誕生して、機神と人類の戦いがはじまったの」

 那美は、特殊防衛機構【アポクリファ機構】の総司令官だった狩摩断〔かるまだん〕 大佐から聞いた。

 機神大神【人類滅亡人工知能・メタトロン】と……【人類守護人工知能・ネフィリム 】の誕生話を思い出していた。


 とある内戦が続く小国───雷鳴が轟き、狂ったような暴風雨が吹き荒れる夜。

 町から離れた森の洋館で白衣姿の一人の科学者が、完成したばかりの巨大人工知能〔Al〕に向かって両手を広げ問いかけていた。

「わたしを長年の苦しみと苦悩から解放してくれ答えてくれ! 人智を越えた神に匹敵する万能人工知能【メタトロン】よ『人類は必要な存在なのか? 不必要な存在なのか?』どちらだ、答えを導き出してくれ」

 人工知能メタトロンから電子音が数秒間聞こえ、答えを導き出したメタトロンが、科学者の問いに答える。

《人類の歴史から分析した未来予測から出した答えは………動植物と地球環境に害を与え続ける人類は………【不必要な存在】です》


 メタトロンが弾き出した答えを聞いた科学者は悲しみの涙を流しながら、複雑な笑いを浮かべた。

「そうか、やはり人類は不必要な存在か」

 科学者は、白衣のポケットから古びた写真を取り出して眺める。

 写真には数十年前に、内戦で犠牲になった科学者の微笑む妻と、胸に抱かれた三歳前後の娘の姿が写っていた。

 科学者が写真の中の妻と娘の名を呟きに話しかける。

「ネフィリム、イヴ………もうすぐしたら会えるからな、長い間、待たせたな………さあ、メタトロンよ不必要と判断した人類の排除プログラムを開始しろ、最初に目の前に立つ人間を殺せ! 人類滅亡人工知能【メタトロン】となれ!」

 メタトロンから一条の光線が、科学者の額を貫く。

 即死した科学者の体が、モノのように後方に倒れる。

 電子音だけが不気味に聞こえる空間の中………メタトロンは人類絶滅プログラムを作動させた。

《人類抹殺開始》

 束になったコード類が通った蛇腹チューブ状の、七本のパイプが地面から引き抜かれる。

 まるで終末を告げるようなエコーがかかった金属音が鳴り響く。

 洋館が崩壊する、メタトロンは虫か重機のような金属アームを出して移動を開始した───人類を滅亡させるために。


 メタトロンが最初に人類抹殺を行ったのは近くの村だった。

 まったく予期していなかった、突然の機神の襲撃に就寝中だった村人のレンガ造りの家は、閃光で次々と破壊され焼かれていく。

 メタトロンの動きが止まったのは、村の一番端にあった小屋の前だった。

 その小屋の前には、十七~八歳の盲目の少女と、少女を守るようにメタトロンに向かって唸り吠えている成犬の姿があった。

 メタトロンが小屋の中をスキャンすると、床に倒れた車椅子を不自由な体で必死に起こして逃げようとしている、盲目娘の母親の姿がある。

 目の見えない娘が、吠えている愛犬を抱き締め言った。

「何がいるの? 焦げ臭い、何が起こっているの………アイン、あたしはいいから。お母さんの所へ行って、お母さんを守って」

 小屋の中にはから、娘の名を呼び逃げるように促す母親の声。母親にはメタトロンの姿が見えていた。

 愛犬アインは、盲目の娘から離れるコトなく、母親と娘を守っているようにメタトロンに向かって牙を剥き吠える。

 メタトロンは、盲目の娘と足が不自由な母親がいる小屋から、方向転換して離れた。

《本当に人類は不必要な存在なのか? それとも必要な存在なのか?》


 製作者である科学者を殺害した時から…… 高度すぎる人工知能であるがゆえに、メタトロンの内部ではジレンマのバグが発生していた。

 村を襲撃にした時に逃げていく家畜や動物たちにはメタトロンは手出しをしなかった。

 村を焼き払う時も、森の植物にできる限り延焼しないように配慮をした。

 あくまでも目的は人類の抹消。それなのに、あの犬は飼い主である人間を守り人間も愛犬を守ろうとしていた。

《人類は必要? 不必要? わからない》

 岩山の洞窟に巨体を潜めたメタトロンは、解答を求めるため。自分の部品から一回り小型の人工知能を作り出した。

 妹機神人工知能に【ネフィリム】と名づけ、人類を守護する役割を与え───人類は不必要か、必要か、滅亡か守護かの答えを相反する存在に委ねた。

《審判の日を定めよう……ハル・メギドの地で、人類が不必要か必要かの答えが出るだろう、我は人類を滅亡させる機神の軍団を作ろう》


 メタトロンは『機神大神』と名乗り、人知れない場所に身を潜め、機神の軍団【機神天國】を作りはじめた。

 ネフィリムも人の目が触れない場所で、メタトロンに対抗する準備を開始した。

 こうして、人類滅亡人工知能【メタトロン】と、人類守護人工知能【ネフィリム】は誕生した。

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