第2話

「あ、あの……英文、読まないんですか? 」


 海原の声を聴いて何も反応しなかった。驚きと、学校ではほとんど喋らないから何も反応できなかった。

 そんな俺に海原はもう一度、優しい声音で尋ねてきた。


「英文読みませんか? 」


 2回目の問いかけでようやく反応できた。


「あ、ああ。読もうか」


 ぶっきらぼう気味に答えた俺に海原は「はい」と小さな声で応え、男女の会話文である女性側の英文を読み始めた。

 英語の発音が上手だったのと、海原はこんな声をしているのかというようなことを考えながら、俺は男性側の英文を読んでいく。

 こんな風に英文を読む授業をしっかり受けたのはいつ以来だろうか。

 何故今まで隣でそれも会話文を読む機会が何度かあったにも関わらず、今日初めて海原が俺を誘ったのは何故だろうか。

 そんなことを考えながら俺たちは時間が来るまで英文を読みあった。

 そして黒板のほうを向きまた授業を受けていた。


 *


 授業の内容は耳の右から左に抜けていき、現在は昼休み。

 母さんが、ではなく妹が愛を込めて作ってくれた、いや違うな。私と渥美のついでという理由で、俺の弁当を作ってくれている。

 父さんと母さんは共働きで朝が早く、夜は遅い。故に帰って飯を食べ、風呂に入り、寝るだけの箱ともとれる家に両親と俺と中学3年生になった妹が住んでいる。

 故に俺が起きた時には両親は居らず、妹は部活の朝練で早いので、俺は1人で起き、妹が作ってくれた弁当を持って、学校へ向かっている。

 そして昼休みは屋上に続く階段の1番上でひとり寂しく食べている。

 1年の4月、教室で1人で食べていたが、周りの視線に耐えきれず、教室から出た。

 1人で静かに誰にも見つからないような、外ではなく校内の場所を探してようやく辿り着いた場所だった。

 外だと雨風に左右されるので嫌だったのだ。

 俺としてはぼっちで食べている所を人に見られなくて済むので嬉しかった。


 こんな生活も1年過ぎた。

 今日も教室を出て屋上に続く階段へ向かおうとした。

 階段に着いて気づいた。

 今日に限って何故か飲み物を買っていないことを思い出したのだ。

 なので俺はお茶を買いに自販機へと向かったのだが、そこには髪が腰まで伸び、前髪で目が隠れるほど長く伸ばした生徒がいた。

 何を隠そう、海原である。

 俺はバレないように、バレてもお互いに無視しろというような雰囲気を出しつつ自販機に行く。

 ま、いつも、ぼっちだし、俺も、ぼっちだから、話しかけられることなんて……


「あ、君……」


 俺じゃない。


「なんで無視するの? 今お茶を買おうとしている君。ここに私と君以外誰も居ないでしょ? 」


 話しかけられたし……

 話しかけられたら反応しない訳にはいかないので、話すしかない。

 幸い、生徒は他にいないので、この会話を聞かれることはない。

 仕方ない。


「か、海原か? どうかしたか? 」

「ううん。君が居たと思ったから」


 相変わらずかわいくて落ち着く声だな。

 髪切れば不気味な雰囲気も消えて人気出るんじゃねーかなとか思いながら話を続ける。

 てか俺が居たから話しかけるとか何それ友達?

 俺はクラスでもいつも空気なのに……

 自分で言ってて悲しくなってきた。


「なんだよそれ。それより海原は何か買いに来たのか? 」

「うん。ちょっとね」


 カフェオレを見せながら海原は答えた。

 少し寂しそうな顔を見せながら。

 実際前髪で顔があまり見えてないので全ての表情はわからない。

 言うなら寂しそうな雰囲気があった。

 手にはパンが入っていると思われるコンビニ袋を持っている。

 どこで食べるのだろうとか考えて、俺は海原の醸し出す雰囲気に呑まれたのか……


「海原、一緒に食べる奴いるのか? 」


 こんなことを口走っていた。

 海原は、「え! ? 」と驚いていた。

 俺も言った後取り返しがつかないことを言ってしまったと思い、その後に続く言葉を紡いだ。


「あ、いや、ごめん。そりゃぁ俺なんかと違って海原には一緒に食べる相手くらい居るよな。ごめんな、変なことを……」

「い、居ない」


 俺が全ての言葉を言う前に、海原は被せてきた。


「嫌なこと、言わせてごめん」

「別に、大丈夫」


 嫌な雰囲気が流れて、俺はこの場から立ち去りたかったが、こんな状態で置いて置く訳にもいくまい。

 早く飯を食べたいと思い


「じゃあ、俺、行くから」


 そう言って自販機に小銭を入れっぱなしで、まだお茶を買ってないことに気づいたが、今を逃せば飯が食えない。グッバイ俺の100円。

 そのまま階段に戻ろうとしたのだが、海原に言い止められた。


「君はいつもどこで食べてるの? 」


 え? 何この質問。

 俺が何も言えなくなっていることに気づいたのか、海原はさらに言葉を続ける。


「君ってさ、いつも授業終わったらすぐ教室から出ていくから気になってたんだ」


 それもそうだった。

 なるべく人に見つからないようにすぐに出ていってた。

 てか教室内で空気の俺を少しでも見ててくれたのか。

 なんか泣きそう。

 別に泣かないけど。

 とりあえず言葉を返す。


「なるほどな。俺はいつも別棟の屋上の前の階段で飯食ってる」

「へー、そうなんだ」


 そしてこんな言葉を続けた。


「一緒に食べていいかな? 」

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