二章第6話

 厨房の中に充満する甘く暖かな香り。私は漂う香りに頬を緩めながら、木ベラでかき混ぜていた鍋の中の中身を見た。ブルーベリーとブラックベリーを多めの砂糖と少々のレモン汁を加えて煮た熱々のソースの出来は上々でそれを2つのミルクピッチャーに移す。そうしているとチーズケーキの焼き上がりを知らせるように、オーブンの中からエンちゃんの鳴き声が聞こえ、私は、はいはいと声を上げながらオーブンへと向かった。


 チーズケーキ、チーズケーキと言っているが正確にはベイクドチーズケーキ。本当はレアチーズケーキが好きだけど、調理器具の関係で焼く選択しか今の所できないのが残念。いつかは皆にレアチーズケーキも食べさせてあげたいなぁ、と考えながら私はオーブンの中から焼き立てのホールを2つ取り出した。


「ん〜良い匂いですね〜」


 匂いに誘われケヴィンがやって来ると、ポールとウィルスも集まり4人で焼きたてケーキを囲む。ホールのサイズは7号サイズ。ピース数を多くしても満足できるホールサイズだ。


「また腕を上げましたね」


 嬉しそうに頷く料理長のケヴィンに私はチーズケーキを一つ指差す。


「これを屋敷のみんなの分に分けてもらっていい?」

「勿論です」

「ありがとう。よろしくね」

 

 ケヴィンにホールとソースの入ったミルクピッチャーを一つ渡す。私はもう一つのチーズケーキへ丁寧にケーキナイフで10等分にカットし、用意しておいた2枚の皿の1枚にケーキを3切れ。もう一方に2切れ載せて、それぞれそのまま小さめのバスケットとシルバーの蓋付きトレイの中に入れた。


「ウィルス、これはマリーへお願いね」

「はい。かしこまりましたよ、お坊ちゃま」


 小さめのバスケット指差しながら言った私にウィルスは笑んで頷いた。


「フェリックス様。ジャック様とレニー様がお見えになりました」


 丁度、残りのカットしたケーキを大皿に移し変えて皿の飾り付けを終えた頃。厨房へやって来たジーナの言葉に私は頷いた。


「ありがとう。じゃあ、これをお願いしてもいい?」

「はい」


 切り分けたケーキと用意していたティーセットなどをジーナに託して、私はサロンへ向かった。


「ジャック! レニー!」


 サロンのソファに座りおしゃべりしていたジャックとレニーへ声をかけると、二人とも立ち上がってこちらへ体を向けた。


「よ!」

「やぁ、フェリックス。久しぶりですね」


 片手を上げるジャックと微笑みを浮かべるレニー。

 ジャックとはほぼ毎週のように会っているけど、レニーとは半年ぶりだろうか。また少し背が伸びて爽やかな美少年に磨きがかかったレニーに自然と顔が緩む。


「久しぶり、レニー! 背、伸びたね〜」

「そうかな? 僕なんかよりフェリックスの方が伸びてるよ」

「俺だって伸びてるぞ。フェリックスに負けねぇぞー!」


 ジャックの言葉に私は少し困ったように笑う。

 今は少しだけ私の背が高いくらいでそれ程ジャックと変わらないが、多分私の体はもっと大きくなるだろう。背も肩幅も手や足の大きさも全て。

 今はまだ子供だから良いけど、成長し体が大人になったら……男性の体になったら、私、感情面で折り合いつけられるだろうか。色々と、やっていけるのかなぁ?

 未来に一抹の不安を抱き意識は少し遠いところへ行って無言になっていた私にレニーは小さく首を傾けながら言った。


「それより、今日は突然お邪魔してごめんね」

「ううん、気にしないで。むしろ嬉しいよ、レニーに会えて!」

「レニーだけか~?」

「ジャックは良く会ってるじゃないか」

「まぁな」


 ニヤリと笑うジャックにふふっと笑みが漏れる。


「ウィンカート卿の訓練はどう?」

「うん。だいぶ皆に付いていけるようになったし、剣の使い方も慣れてきたよ。ね」


 ジャックに話を振ると彼はうんうんと頷き、いや〜でも、と続ける。


「実戦形式もやってるけどさ、フェリックス結構強いんだぜ」

「そうなの? へぇ」

 

 少し目を大きくさせて私を見たレニーへ慌てて手を振る。


「そんな事ないよ! ジャックもライアンもセバスチャンもすごいんだよ」

「へぇ……どんな訓練してるのか気になるなぁ」


 スッと軽く目を細めたレニーになんだか気恥ずかしくなり私はわざと少し大きな声で


「それよりサーラはもう来てるから二人を呼んでくるよ。座ってて」


 と、彼らに座るように促し、私はセバスチャンたちを呼びに一旦サロンを出た。

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