第12話 タダで配ろう!

 プァンピーと一緒に買ってきたソファーに腰掛けて、俺は考えていた。


「どしたんですか、ボス?」


 ご機嫌な顔を見せる唯一の従業員。オフィス用品とはいえ、椅子に机にティーセットなどなどすべて彼女の好みのまま購入し、服にいたっては俺のものまで選ぶことでショッピング欲を満たせたらしい。ほくほく顔というのはこういう顔だという見本のようだ。


「お茶煎れましょうか?」

「あ、うん。ありがとう」

「ラジャーです」


 彼女は突然横を向いて、買ったばかりの赤いスカートを半分ほどめくった。


「な、なにそれ?」

「へ? なにそれとは?」

「いや、なんでスカートめくるの」


 びっくりしてしまった。ふとももがまぶしかった。


「普通に挨拶ですけど。わかりました、的な」


 敬礼のポーズ的なことらしい。意識してしまったことが恥ずかしい。


「そ、そうなのか。かわいらしいな」

「え! そうですか! へへ~」


 ふふーんと鼻歌まじりにお茶を入れ始めるプァンピー。ポットに注いだ水は、即座にお湯として出てくるが、仕組みはわからない。きっと魔法。

 俺はお湯を入れることも自分では出来ない。水道はわかったので、水は飲める。下水もわかる。水洗トイレだ。ありがたい。

 買い揃えたティーセットはお客様用にも使うが、完全プライベート用のカップも用意している。もちろん、プァンピーの好みによるもので購入の際、俺はただ頷いただけ。


「お茶うまいな~」

「でしょう」


 色はほうじ茶みたいだが、香りはカカオのような。よくわからんがうまい。まぁ、この世界に来てから口にするものは大概よくわからんがうまい。


「それで、何を悩んでるんです?」


 どうやらお見通しらしい。何から何まで頼りっぱなしだ。


「プァンピー」

「はい」


 結局自分で考えても何もわからないことに軽く凹むが、しょうがない。なんせこの世界では俺は常識がないのだ。なんか俺やっちゃいましたなんて言ってる場合じゃない。


「鼻水が出たらどうするの」

「え?」


 まったく想定してなかった質問らしく、ティーカップを持ったままぽかんとしている。


「鼻ってかむ?」

「それは、まぁ、かみますね……たまに」


 何を言っているんだこいつはという目で見られる。やむなし。


「どうやって?」

「普通に……ハンカチで……」

「そうか……」


 がっかりだ……。


「え? なんなんですかほんとに」


 半眼で睨まれる。


「いや、俺の国ではちり紙というものがありまして。それで鼻をかんで捨てます」

「紙で鼻をかむんですか? 変わってますね~」


 変わってるのか。トイレも紙使わないしな。水で洗って、風で乾かすからエコです。仕組みはわからないけど。たぶん魔法。


「で? まさかそんなことを考えていたわけじゃないですよね。あんな真剣な顔で」


 半分くらいはそうなんだが……。ここは話を変えてしまった方がいいか。


「みんながタダで貰えたら嬉しいものって何かな」

「なぞなぞですか? タダで貰えたら何だって嬉しいと思いますケド」


 そうかもしれない。そういう意味では日本人は裕福といえる。タダで配っていても貰ってくれないことが多いからね。

 しかし、なぞなぞか。それはいいな。なぞなぞじゃなくてクイズになるが。


「手のひらサイズで、かばんや引き出しに入れておいてしばらく使うけど、そのうち捨てるものなーんだ?」

「へ? ん~。ん~?」


 頼む。このクイズの答えこそ俺の求めているものなんだ。


「タバコですか?」

「タバコ!?」


 まったく想像していない単語だった。タバコだって?


「違うのか~」

「いや、待って。ちょっと詳しく聞かせて」


 それこそ現代日本とは大きく異なるものだろう。でも、なるほど。確かに。日本でも少し前まではそこら中で吸われていたんだ。


「タバコってみんな吸うの?」

「まあ、けっこうみんな吸います」

「プァンピーも吸うの?」

「んー。たまに」

「へぇ~!」

「ほんと変なところに驚きますね」


 そりゃ驚くだろう。見た目が中学生くらいの女の子がタバコ吸ってるなんてことになったら大変ですよ。おそらく俺の知っているタバコそのものではないのだろう。


「何日持つ? どのくらいかばんに入ってる?」

「人によるでしょうけど……わたしだと6日間とかですかね……」


 悪くない。それだけあれば十分か。


「ちょっと吸ってみたい。そのへんで売ってる?」

「え~? なぞなぞの答えは~?」


 タバコは売店で売っていた。キオスクみたいなものだと思っていい。菓子などちょっとしたものを売る小売店だ。おばあさんが一人で販売している。

 俺が売り場を見ていると話しかけられた。小柄で銀髪のかわいらしいおばあさんだ。


「タバコかい」

「ええ」

「銘柄は」

「いや、生まれてはじめてなので、どれを買っていいか」

「生まれてはじめて? はぁ~。変わった人だね」

「そうなんです。変わってるんです」


 なぜか自慢げなプァンピー。まぁ、変人である前提のほうが話が早くていい。


「吸うところを見たこともないです」

「ひえ~」

「ひえ~」


 おばあさんが露骨にびっくりしたが、プァンピーも同じように両手をあげた。ちょっとかわいい。


「じゃあ見せようかい」

「お願いします」


 箱を指でトントンとすると、1本だけ箱から出てくる。おばあさんは人差し指と中指でつまむと、唇の右端に咥えた。ここまではまさにタバコだ。なんかかっこいい。

 細長いが、見た目は葉巻に近い。


「ふ~」


 火を点けないだと……。

 ライターも何も使わず、そのまま息を吐いた。煙は薄紫色だ。しかし、まったく嫌な気持ちはしない。


「花のような、いい香りですね」

「そりゃそうだい、花で出来てるんだから」


 呆れられた。この世界のタバコは花で出来ている。そういえばタバコの原材料って葉っぱだったな。プァンピーは俺とおばあさんの会話を黙ってみている。笑いをこらえているのだろう。いいもん。


「じゃあ、それをください」

「あいよ。えっと」

「あ、お金のことは俺にはわかんないんで」


 プァンピーの背中を押すと、おばあさんが大笑いした。


「ほんとに子供みたいだね~」

「そうなんですよ~」


 プァンピーに頭を撫でられる。いいもんね。

 買い物が終わってから話しかける。


「いくらだった?」

「1箱に12本入っていて、2ランチで15箱買えます」


 完璧な答え。ほんとにプァンピーは頭がいい。感覚的にはタバコ1箱は150円くらいと考えていいだろう。ちょっと高いが、無くはない。

 おばあさんのように、口の端に咥える。俺、タバコ吸ったことないんだよなあ……。

 すうぅ~。

 冷たいような、爽やかな空気が喉を伝わる。タバコというより、ミントタブレットを噛んだような感じだ。むせるようなこともないし、煙たいこともない。健康に悪い感じもしないし、プァンピーが吸ってもおかしくないものだった。

 ぷは~。

 煙ではないものの、色のついた息が空気に溶けていくさまは何やらシズル感があった。香りもいいし、深呼吸にもなるし、落ち着くな……。


「これ、美味しいですね」


 すぱー。

 プァンピーが変なことを言う。


「吸ったことあるんじゃなかったの?」

「タバコはありますけど。この銘柄は初めてですよ?」


 そういうことか。タバコに詳しくないからピンと来なかったが、ガムなどと同様に味が違うわけだ。

 ふ~ん……。


「おばあさん」

「なんだい」

「この町で作ってるタバコで、売れない新商品とかあります?」


 そういうものなら、やりようがある。


「あるよ。まさにそれじゃ」

「あーっ? 買わされた~?」

「ひっひっひ。でも味はいいと思うけどねえ」


 どうやら俺たちは売れない新商品を掴まされたらしい。プァンピーは悔しそうな顔を見せる。しかし、なんで売れないのかな。その疑問が俺の顔に書いてあるのか、おばあさんは訊く前に答えを言う。


「タバコってのは、習慣だからねえ。そんなに変化を求めてないのさ。ほとんどの客はいつものって言って買っていくんだよ。朝起きたときにタバコを吸いながらいつもの朝だと安心するとか、月を見ながらタバコを吸って今日もキレイだなとか。そういう役割なんだよ」


 なるほど。

 そういうことなら、ますますアリだ。


「売る方からすれば、値段が高いほうがいいけどねえ。ますます売れないってわけさ」


 おばあさんは、うまそうにタバコを吸って息を吐いた。美味いけど高いから売れない新商品。よくあることだ。そしてその解決策は非常に簡単だ。


「おばあさん。しばらくすると、この銘柄がばんばん売れるようになりますよ」

「あん? ああ、そうなるといいねえ」


 タバコを吸いながら、売店を離れる俺とプァンピー。これいつになったら味が無くなるんだ? あんまり歩きタバコしている人はいないから恥ずかしいんだけど?


「作るんですね? 幟ですか? ポスターですか?」


 タバコを咥えたプァンピーが、目をきらきらさせている。本当に印刷物を作るのが好きなのね……。


「とりあえず、作ってる工場に連れて行ってもらえる?」

「ラジャーです」


 スカートはめくらなかった。外ではしないのかな。ちょっと安心。


「あんた、何言ってんだ?」


 タバコ工場のオーナーから、いきなりの洗礼です。怖いです。一応、プァンピーに取り次いでもらって、アポ無しでミーティングを開始したけれど、めっちゃ怒ってます。


「えっと、タダで配るから、タダで貰えないかなと」


 わかりやすく言ってるとは思うけど。

 スキンヘッドのおっさんは、俺を睨むのをやめて、俺の右に座っているプァンピーの方を向いた。


「お嬢ちゃん、こいつの言ってることを翻訳してくれないか。何言ってるのかわかんねえ」

「すみません! わたしにもわかりません~!」

「あんたも大変だな……」


 残念なやつを見る目を向けられた。そんなに変なこと言ってませんよぉ……。


「むしろサンプリングを無料でやるなんて普通ありえないんですけど……お金を貰ってやるんですよ、普通は?」

「なんでウチの商品をタダでくれてやって金まで払うんだよ。どこのどいつだ、そんな頭のイカれたやつは。少なくともお前は普通じゃねえ」


 わかっていただけなーい。


「えっとですね。一度でも試してくれたら売れる。そういう自信はないですか?」

「あるよ。好みはあるだろうが、売れると思ってるから作ったんだ」

「ですよね。だから試してもらうんですよ。味見みたいな感じです。タダなら試して見るでしょう?」

「あやしいな」


 あやしまれてるー。おかしいなあ。


「じゃあ、原価はお支払いしますよ……それでどうですか」


 なんで金を払わなきゃいけないんだと思うが、もともとティッシュを大量購入するつもりだったんだ。そのくらいの出費はよしとしよう。


「原価で売るのも納得いかないが……」


 納得してなーい。このままじゃ卸値で買わされちゃう。やだー。


「あの、お城にあったパンの缶詰が売り切れたの知ってますか?」


 プァンピーが見るに見かねたのか、話を切り出した。がんばって!


「お、おう。噂になったからな」

「あれ、この人の仕業なんです」

「ほ~? それがこのあんちゃんの?」

「そうなんです。わたしもよくわからないんですけど、たぶんタバコも売れまくりです」

「ふん……まぁ、このままじゃ倉庫にも入り切らないからな。賭けてみるか」


 手堅い施策なのに……。

 そう、俺がやろうとしていることはサンプリング。サンプルを無料配布するセールスプロモーションだ。駅前でガムを配ったり、エナジードリンクを配ったりすることがある。一度試してもらうことで次から購入につなげることを目的としている。

 今回、もともとやりたかったことはティッシュ配りだ。目的はやや異なる。ティッシュ配りはティッシュを試してもらいたいからではもちろんなく、ポケットティッシュの裏側の小さな広告を見てもらうことにある。

 これはチラシを配っても、すぐに捨てられてしまうから捨てられないように工夫した方法だ。ポケットティッシュはしばらく持っているので、効果が持続する。

 ティッシュを使う際に、財布に金がなかったらそこに記載されている消費者金融に電話するかもしれないし、新台入荷の文字を見てパチンコが打ちたくなるかもしれない。そういう販促手法です。

 俺が始めたビジネスについても、オフィスまで来てもらわないと仕事が始まらない。だから売りたい商品が売れないという悩みがあったら、ここへ来てくださいねという誘引をするためにティッシュを配りたかった。それが冒頭の悩みである。

 ティッシュがこの世界にないので、代わりにしたのがタバコ。タバコの箱にオフィスへの地図と業務内容を載せたというわけ。

 ついでにタバコのサンプリングを兼ねることで仕入れを無料にしようとしたのだが、交渉に失敗したというわけだ。ま、いいさ。


「新商品のタバコ、無料でお配りしてまーす」

「タダでーす! おいしいですよー!」


 俺とプァンピーは、お城の前の広場で配りまくった。受け取らない人はほぼ無し。日本におけるティッシュ配りではこうはいかない。


「なんだそれ! くれくれ!」

「俺にもくれよー」

「ちょうだい、ちょうだい。もう一つちょうだい」

「すみませーん、一人ひとつでお願いしまーす」


 よこせよこせと熱狂的だ。労働時間が少なくて助かる。こういう無料配布だって普通は結構お金がかかるものだ。サンプリングが無料で出来るなんてありえないんだからねっ? 

 今回についてはタバコのサンプリングはついでだ。メインはうちのビジネスの宣伝だしな。

 

 その後、クライアントがちょいちょいオフィスにやってくることになり、クーポンのついたチラシを配ったり、幟や看板、ポスターなどのPOPを制作する仕事を受注した。そうそう、包丁のネーミングなんかもやった。

 ちなみにタバコは売れるようになった……。いいですいいです、クライアントの笑顔が一番の報酬ですよ。


 そしてビジネスが軌道に乗ったかな……そう思い始めた、今。


「ボ、ボス! 大変です! お城のお姫様から呼び出しが!」


 血相を変えたプァンピーを見ながら、なんかファンタジーっぽいじゃんと呑気に思っていた。

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