② 忍び寄る異変

 真緒が通うラグナ六区学園の保健室──向かい合って椅子に座って、百々目一色に相談をしている。

 大正時代の女学生のような服装をした、身長約百六十センチの二頭身老婆、ラグナ六区学園の学園長『フランボワーズ』が歯が抜けた口を開いて笑う。

「ひっひっひっ……少しこの老婆姿にも飽きてきたのでのう……若返りたいのじゃが」

 女医の白衣コートを羽織った、一色が編みタイツの足を組み直すと。赤いリボンを付けた鬼ババァのような容姿のフランボワーズに言った。

「学園長が希望なら、若返りも可能ですが……体型サイズまでは変わりませんよ、二頭身のままですよ」

「ひょっひょっひょっ、それでも構わん。お主の体の中には若返る生物の遺伝子も組み込まれておるのじゃろう」

「ベニクラゲの遺伝子のコトですか……そりゃあまぁ、あの遺伝子を注入すれば若返りは可能ですけれど」

 ベニクラゲは、成熟した個体がポリプ期へ退行して幼体化する徴的な生活環の生物だ。

「儂も永遠の十七歳を名乗っているからには、それ相応の姿の方が生徒にも受けがいいからのぅ」


 子供をシワクチャの老人の姿をした妖精の子と交換する悪い黒妖精『取り替えっ子』で交換された子どもが、そのまま育てられた姿がフランボワーズだった。

 和装の袖を上げて、老婆の細い腕を露出させてフランボワーズが言った。

「さあ、スパッと煮るなり切るなりして儂を若返らせてくれ」

「わかりました」

 椅子から立ち上がった一色は、片手をプラナリアのマペットに変化させるとプラナリアでフランボワーズの腕に噛みつく。

「カプッ……はい、これでベニクラゲの遺伝子が学園長に注入されました。明日には若返っているはずです」 

「感謝するぞぇ」

 フランボワーズが保健室から出ていくと、一色はドアに背を向けて保健室に干してある私物の下着を片付けているとドアが開く気配がした。

 ランジェリーバスケットに下着を放り込みながら一色が言った、

「何か忘れ物でも? 学園長?」

 振り返った一色は、ドアの近くに立っていた人物を見て表情が固まる。

「あなた、誰?」

 直後に、保健室に大量の金ダライが落下する音が響き渡り。

 百々目一色の悲鳴が聞こえた。



 骸寺とか死人寺と呼ばれている山寺の住職── 日課にしている午前中のネットパトロールを終了した、怪人衆が一人『怪僧アカマタ』は、パソコンの前で椅子に座りながら軽い運動をして体をほぐした。

「今日も、真緒さまと亜区野組織に対する誹謗中傷はなし……と、この寺に対する嫌がらせの書き込みは二件か、この程度ならまだ許容範囲だな……オレに対する嫌がらせの書き込みは……見つけた。こいつには式神の小鬼を一匹送りつけて、張りつかせてやろう」

 アカマタが、本棚の上に座っている、一匹の小鬼に向かって言った。

「陰でコソコソ隠れた安全な位置から、誹謗中傷を繰り返して悪気を感じていないヤツには情け無用! 一生とり憑いて、卑怯者の人生を破滅させろ! 死んだら、あの世の河原までついていけ! 絶対に天国や極楽に昇らせるな! 昇りそうになった地獄の鬼や悪魔と協力して奈落に引き落とせオレの名を出せば死霊たちは協力してくれる……行け!」

 小鬼の姿が棚から消えると。

 赤系統のジャージ姿のアカマタは、ファストフードで買ってきたシェイクをストローで飲みなから椅子から立った。

「腹減ったな、生卵でも呑み込んでくるか」

 パソコンルームに並んだモニターの前には、身長三十センチほどの小鬼たちが陣取り、アカマタと一緒にネットパトロールを続けている。

 台所に向かい、冷蔵庫を開けたアカマタは生卵を丸呑みして。

植物系ゾンビの『朱蘭』の名を呼ぶ。

「おーい、朱蘭。今日はお一人さま一パック限定の玉子の特売日だから、夕方になったら二人で出掛けるぞ」

 返事はない。

「朱蘭、どこにいる?」

 寺のあちらこちらを探すアカマタ、朱蘭の姿はどこにも無かった。

「変だな?」

 アカマタは、本堂にある蛇神仏像の鼻の穴に突っ込まれた、筒状に丸められた紙を発見する。

「朱蘭の仕業だな」

 紙を引き抜いて、広げてみると紙には。


『小さい魔女と勇者が現れて、大変なコトが起こるから呪術の結界空間に避難するように促されので……しばらく、アカマタから離れます』


 紙に書かれていた文面を読んだアカマタは首をかしげる。

「どういう意味だ?」

 その時、寺に貼られていた呪符が風も無いのに一斉にバタバタ暴れ。

 書斎に置いてある呪術本も、ガタガタ震えはじめた。

 パソコンルームの小鬼たちが悲鳴を発しながら、次々と煙に変わっていく。

 その光景を見たアカマタが呟く。

「呪符や呪術本が怯えている……何かが来る」



「まったく、狂介のヤツどこで油を売っているのよ。桜菓ちゃんとへたれ勇者は朝から姿見ていないし……なんか今日は変な日ね」 

 ブツブツ言いながら、緋色軒のテーブルを拭いていた緋色は、店のドアが開いた音に顔を上げて言った。

「すみません、まだ開店準備中で……えっ!?」

 そこに、士官服姿の緋色が立っていた。

 士官帽子を被った緋色が言った。

「こっちの地球のあたしは、くされ縁を切らなかった狂介と一緒にラーメン屋の店員継続か……迎えに来たよ、早く荷物まとめて宇宙に逃げるよ……アイツが来る前に」



 夢の世界──黒い悪夢羊王の『ブラック・サン』と夢ヒーロー『七色夢太郎』は夢の渓谷で並び立って、前方の沸き上がる黒雲を眺めていた。

 四脚から後ろ足の二脚で立ち上がったブラック・サンが、背中の毛をカブトムシの羽根のように左右に広げる。

 ブラック・サンの背中には『!?』マークが現れる。

 ブラック・サンの隣に立つ、体の半身づつが黒色と赤色に分かれ。黒い側には赤い渦巻き模様と唐草模様。赤い側には黒い渦巻き模様と唐草模様に左右で色が反転している。

 のっぺりとした顔の表面で、グルグルと回っている渦巻き模様も、半身の黒い側では赤く、赤い側では黒い渦巻き模様に変色を繰り返していた。

 夢太郎が言った。

「なんだ、あの黒雲? ブラックさんの知り合いのナイトメア?」

「オレの名前は『ブラック・サン』だ! 魔王の息子から変な呼び方されてから夢羊たちの間にも、間違って広まっちまったが。オレの名前はブラック・サンだ!」

「ブラック・サンダー?」

 あきらめ顔をするブラック・サン。

「訂正する気力も失せてきた……もう、好きに呼べよ、ブラック・サンダーでもなんでもいいよ……言っておくが、あの黒雲はオレが知っているナイトメア仲間じゃないからな」

 黒雲の中から巨大怪獣並みのサイズをした、ブラック・サンの頭が現れる。口が大きく裂け、鋭い牙を生やした悪夢の夢羊のは、目を不気味に赤く輝かせていた。

 ブラック・サンが言った。

「あれ、オレか? 悪っぽいツラしてやがるな……あんなのを、この狭間の領域から、夢平原に出すわけにはいかねぇ……夢が食い潰される」


 夢太郎の渦巻き顔面が四方にベリベリと開くと、中から両目を見開いた無表情な暗闇果実の顔が現れた。

 暗闇果実の頭が夢太郎の顔から外に出て、果実の肩から胸元の谷間までが見えた──夢の中で夢太郎の顔から現れた、真緒が想像する果実は服を着ていなかった。

 夢太郎が言った。

「どうやら、ここは協力して……あの怪物を真緒くんの夢に出さないようにしないといけないみたいですね」

 夢太郎が、出現させた牙が生えた柄が長い、スレッジハンマーを手に構える。


 黒雲のナイトメア羊の隣から、今度は裂けた四方開きの口一面に細かい牙が生えた、巨大な夢太郎が現れた。

 全身に同じように四つ割れの口を開けた、等身夢太郎をキノコのように生やした不気味な夢ヒーローと夢羊は融合していた。

 ブラック・サンの背後に黒い夢羊の群が出現する。

 悪夢羊の王が黒雲の中から現れた、融合怪物を見て言った。

「現実世界への侵攻を企てている、悪夢羊のオレが言うのもなんだが……おぞましい化け物だ、夢太郎の言う通り。ここは一時休戦で協力して食い止めるべきだな……オレたちの居場所を守るために」

 


 春髷市の契約家庭菜園──ストローハットを被り鎖ビキニアーマー姿でしゃがんで、農作業をしていた青賀エルが立ち上がり、お尻についた土を手で払いながら呟いた。

「う~ん、なかなかマオマオくんの天使昇華計画は進まないな……野菜はこんなに上手く育つのに」

 エルは市民菜園を借りて、野菜を作り作った野菜を市民に無料で収穫させて、収穫させた野菜の重さで金銭を得ていた。


 エルはある箇所に作った野菜だけ、市民が引き抜いて収穫してくれないコトに首をかしげる。

(なんで、あの大根だけ誰も抜いて収穫してくれないんだろう? 抜く時に悲鳴を発する『マンドラゴラ大根』……腐っちゃうじゃない)

 鎖ビキニアーマーのエリが、ミネラルウォーターで喉を潤していると、背後から女性の声が聞こえてきた。

「野菜育てるの上手ね……でも、マンドラゴラ大根は一本も引き抜かれていないね」

「そうなんですよ、誰も抜いてくれなくて……」

 振り返ったエルは、そこに自分と同じ姿をした、日焼けギャル女を見た。

 意地が悪そうな目つきをした、水着アーマー天使がニヤッと笑う。

 その姿に言葉を詰まらせる青賀エル。

「あなた、天界から落ちてきたナリーポンの果実?」

 青賀エルは、天界に実る女性型果実『ナリーポン』に、霊的魂を宿して下界に降臨した。

 日焼けしたギャル天使が高らかに笑う。

「あはははは、こっちの地球のあたしは魔王の息子を天使に昇華しようと、狙っているお気楽天使だという事前情報は本当みたいね……放っておけば、いずれは表地球の真緒さまの障害になる存在……ここで始末する」


 日焼けギャルの青賀エルの背中から、機械のようなコウモリの翼が突出する。

 片方の翼には機械ケモノの牙が生えた口、もう片方の翼には機械ケモノの爪腕──飾り尾羽は、機械的なサソリの毒尾だった。

 唖然としている、ストローハットを被った青賀エルに向かって、機械の翼を生やした青賀エルが自慢気に言った。

「どう、素晴らしい姿でしょう……これが表地球の『ダークネス真緒』さまから、いただいた力」

「表地球? ダークネスの真緒? いったい何を言って」

 ストローハットの青賀エルが、質問の答えを知る前に畑に衝撃波の土柱が上がり、空中に舞い上がったマンドラゴラ大根の絶叫と、エルの悲鳴が響き渡った。

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