②最低勇者と穏和な魔王の宴

「ねぇねぇ、そこの屋台で売っていたこの肉、なかなか美味しいよ……なんでもバロメッツの羊肉なんだってさ……ついでに肉売っていた隣の店で、ストラップ買っちゃった『魔王城ゴール記念ストラップ』だって」

「そんな、ふざけたもん買うな!!」

 勇者は盗賊から、ストラップを奪うと遠くに放り投げた。

「なにすんのさ!! あたいが買ったモノを! バカ勇者!」

 怒った盗賊の娘は放り投げられたストラップを走って拾いに行く、戦士が呆れ顔で勇者をたしなめる。

「おまえなぁ……人が買ったモノを投げることは無いだろう……見ろよ、他のメンバーだって魔物の店で土産買ったり、買い食いして、楽しんでいるぞ」

 戦士の言葉通り、後方のメンバーたちも魔物の出店で思い思いの買い物をしている……まるで観光気分だ。

 キレた勇者が怒鳴る。

「ガーーーーッ!! おまえらぁ!! 何しに魔王の城に来たんだ!!」

 そうこうしている間に、城下町を抜けた勇者一行は魔王が待つ城の中庭へと入った──中庭には木製の長椅子とテーブルが並べられ、宴の料理や酒が用意されていた。

 そこには、頭に水牛の角を生やした若い魔王がいた。

 勇者たちを案内してきた執事が、魔王に向かって一礼する。

「魔王さま、勇者さまご一行を、お連れしました」

 水牛の角を頭に生やした、若い魔王が言った。

「さあっ勇者どの、長旅でお疲れでしょう……料理と酒で旅の疲れを癒してくだされ、城内には天然温泉の浴場もありますので」

 勇者が魔王に向かって剣を抜き払って怒鳴る。

「魔王覚悟!! 宴を装って、酔いつぶれて油断したオレたちを茹でて喰うつもりだろう!! だまされないぞ!!」

 仲間の戦士と盗賊と魔女が、勇者の後頭部を拳や棍棒で強打する。

「ぐおぉぉっ! 頭が、頭がっ! 割れる!」

 うずくまったバカ勇者から、勇者の剣を取り上げて戦士が言った。

「一緒に旅を続けてきたが、ここまで疑り深いバカだったとは思わなかった」

「あたいは、最初から気づいていたけれどね……お宝さえ手に入れば良かったから」

「最低……この男」

 少し困り顔をしている魔王に、戦士が深々と頭を下げる。

「バカな勇者に代わって、非礼をお詫びいたします……このような歓迎の宴の場を、ご用意してくださり感謝します」

 魔王を倒しに来たはずの者が、その魔王に頭を下げて詫びる──奇妙な光景だった。

 穏和な顔つきの魔王は特に気にしている様子もなく、勇者を自分の隣の席に着かせると『魔王と勇者の宴』がはじまった。

 宴も進み美酒の酔いで勇者たちと魔物たちの間に交流が生まれ、雰囲気も和んできた頃──魔王が勇者に訊ねた。

「ときに勇者どのは旅の途中で遭遇した魔物を、数多く退治してきましたな」

「あぁ──退治して斬り捨ててきた、それが何か?」

「いや、退治された下等な魔物は人に害を成す、言わば害獣のような存在……退治されても当然であろう。だが中等な人語を解する知性のある魔物まで、下等な魔物と同様な扱いはいかがなものかと」

 酒を仰ぎ飲む勇者。

「あぁ!? なんだぁ、その言い方は。まるでオレが罪のねぇ魔物まで退治してきたような言い方じゃねぇか……オレを誰だと思っている、神に仕える村の巫女が神託を受けて、神から選ばれた勇者さまだぞ! 勇者になる前は無職でゴロゴロしていて母親がコツコツ貯めていた隠し金を、こっそり持ち出しては遊び金に使っていた男だぞ」

 勇者の配慮を欠いた言葉に、一瞬……宴の場が凍りつく。

 しばらくして酒を仰ぎ飲んでいる戦士が。

「おまえは罪の無い魔物も結構な数を、退治してきたがな……無抵抗な魔物の村を焼き討ちしたり」

 そう呟く声が聞こえた。

 魔物の兵たちが剣の柄に手をかけて身構える、勇者のパーティーたちの数人が武具を構える……一触即発の状況に魔王は、こわばった笑みを浮かべながら片手で魔物たちを、落ち着くように制する。

 魔物の兵士が怒りを押さえながら、剣の柄から手を離すと魔王が勇者に言った。


「おぉ、そうだ……勇者どの実は数日前、わたくしの妻に男子が生まれましてな」

 桜菓が「あぁ、昼間でも輝いて見えた不思議な星が現れた、あの日」

 と、小声で囁く。

 メッキが、酒を仰ぎ飲んでから言った。

「ほぅ、魔王の息子は、どんな化け物だ?」


 ガチャガチャと魔物たちの甲冑が触れ合う音が聞こえ、再び剣の柄に手がかかる。

 勇者側のパーティーもさすがに、この勇者の無神経な発言はマズいと感じて……代表して戦士、盗賊の娘、魔女の三人が勇者の頭を殴る。

 ベコッ! ポコッ! ペケッ! 

 まるで熟れたスイカを叩いたような音が、勇者の頭から響く。

「うごぅ! 頭が、頭がぁ!」 

 殴られた頭を抱える勇者を眺める魔王が、頬を痙攣させながら必死の笑みを浮かべる。

「勇者どのは、ご冗談がお好きのようで……生まれた息子は化け物ではありませんぞ、お見せいたしましょう」

 魔王が近くの執事に耳打ちする、一礼した執事が退室してしばらくすると。産布に包まれた乳飲み子を抱えた女性が執事に付き添われて宴の場に現れた。

 その女性の顔を見た戦士が、思わず声を張り上げる。

「王女さま!? 一年半前に城から魔王に連れ去られた王女さまではありませんか!! あなたさまをお探して長い旅を続けてきました」

 国王の城に仕えていた戦士が、乳飲み子を抱えた王女の前にひざまづく。

 王女は戦士を一瞥して一言。

「あなた……誰?」

 と、言った。城で存在感が薄かった戦士は激しく落ち込む……王女と乳飲み子と魔王の三人を、繰り返し見ていた盗賊の娘が呟く。

「そりゃあ、一年以上も男女が一緒にいれば、こういう関係と結果にもなるわな」


 魔王が頭を掻きながら照れ顔で言った。

「いやぁ……息子ができて、父親になると。わたしもこれからは、息子の手本となる責任のある行動をしていかなければと痛感しましてな」

 初老の魔物執事が横から言葉を添える。

「誘拐してきた王女さまが、ご懐妊なさって……ご子息さまができたと聞いてからの魔王さまは、本当に変わられました。それまでは、血気盛んな魔物たちの先頭で魔竜に乗って、周辺に爆音を轟かしていた『地竜爆走族』のチームも解散させて、爆走族のヘッドも引退なされました」

「あの時のわたしは、魔王になったばかりで周りが見えていなかった──そうだ、この機会に勇者どのにこの子の名づけ親になってもらおう。王女よ勇者どのなら素晴らしい名を授けてくれると思うが──どうだ?」

 乳飲み子を抱えた元王女が微笑む。

「ダーリンのお考えに、お任せします──わたくしは、あなたさまの妻ですから」

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