第63話 ~エピローグ~ 煉獄の炎柱

「な、なにこれ……!? 信じられない……!」


 ジェイクの作る芸術的な折り紙を見せつけられたわたしは、そう言ったまま言葉を失ってしまっていた。


 それは形がいくつも変化していくものだったり、細かく細部まで再現された生き物だったり。

 「ちょっとすごい」程度のわたしの折り紙と違って、ジェイクのそれはまさに芸術だった。


 そのあまりのクオリティの高さに、芸術の何たるかをまだ理解できないであろう年端のいかない園児たちですら、衝撃のあまりポカーンとしてしまっている。


 だけどジェイク本人はというと、そんなわたしたちの驚愕の視線にも気づかないで、


「久しぶりにやったけど、結構覚えてるもんだなぁ」


 とかなんとか言って、いつものようにのほほーんとなんでもないような軽いノリで鼻歌交じりに、次の「芸術作品」を作り始めたのだ――!


 その流れるような手際は折り紙マイスターを自称するわたしから見ても、完全に次元が違っていた。


「くっ……! さすがジェイクね。こと芸術面に限っては文句なしの天才だわ。これと比べたらわたしの考案した『羽を広げたクジャク』なんて月とスッポン……」


 もはや地力が違いすぎて、比べるのすらおこがましかった。

 しかも――、


「このクジャクは見たことない折り方だと思ったら、ミレイユが考えたのか。うんうん、シンプルなのにパッと見ただけでクジャクだって分かるのがセンス良いな。俺はすごく好きだぞ」


 そう言ったジェイクは、『羽を広げたクジャク』の完成品をちょろっと見ただけで構造と手順を把握したのか、もう一つそっくりそのまま再現して折ってみせたのだ――!


 もはやわたしは受け入れるしかなかった――敗北というものを。

 圧倒的なまでの完全敗北だった。


 ジェイクはとても今のわたし程度で勝てるような相手ではない。

 ジェイクは言うなれば、折り紙の女神に愛された存在だった。

 折り紙王子だった。


 こんなの、ただの素人が暇にあかせて勤しんだ程度で勝てる相手じゃない――。


 だけどわたしは諦めるタイプではなかった。

 むしろわたしの心には、赤々と燃え誇る煉獄の炎柱が立ち昇っていたのだ――!


 折り紙の女神がなんぼのもんよ!

 むしろわたしが折り紙の女神になってやるわ――!


「ジェイク、あなたの折ったこの折り紙をいくつか貰って帰っていいかしら? わたしは自分の折り紙を根本的に見直さないといけないの。持って帰って研究しようと思うんだけど」


「そりゃもちろん構わないけど……ミレイユ、なんか目が怖いぞ? 今から戦いにでも行くつもりか?」


「戦いですって? ふふふっ、そうね、良いこと言うわねジェイク。そうよ、これは戦いよ。神とのね」


「ミ、ミレイユ……? お前はいったい何を……」


「いいことジェイク、これからあなたの技術を骨の髄まで余すところなく紐解いて丸裸にしてあげるわ。どうせ暇だしね……時間はたっぷりあるんだから今に見てなさいよ。真の折り紙マイスターが誰かということを証明してあげるわ。ふふふ、ふふふふふふふ……」


 全力集中で本気になったわたしの底力を、これでもかと見せつけてあげるんだから!

 覚悟してなさい――!


 わたしは打倒ジェイクの決意を、強く強く胸に誓ったのだった。



「……なぁアンナ、ミレイユは一体何と戦ってるんだ?」


「さぁ……なんでしょう? 神と戦うとか言ってましたけど、正直なところ私も少々分かりかねます」


「ミレイユに精通しているアンナにも分からないか……」


「なんにせよミレイユ様は極度の負けず嫌いですから、何らかのやる気に火が付いてしまったのかと」


 ジェイクとアンナが何事かこそこそ言っていたけれど、既にわたしの頭の中は折り紙のことでいっぱいいっぱいだったから、特に気にはならなかった。



 ――数年後。


 エルフィーナ王国に高度な折り紙文化が花開き、その中でも繊細さと作りやすさを見事に両立させた「アプリコット流・折り紙術」は中心的役割を果たすのだが。


 それはまた別の話である。

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