第45話 お肉

「む……っ!? むむ……っ!? むむむむむむむむ…………っっ!!??」


 わたしは着替えの途中に姿見を見て、ふと、あることに気が付いた。

 気が付いてしまった。


 ものすごく大変かつ大事なことだった。

 ある意味、事件だった。


 その事実に恐れおののいていた。


 というのも――、


「な、なんだかお腹に、ついてはいけないお肉がついてしまってる気がする……」


 わたしは、そっとお腹の肉をつまんでみた。

 するとどうだろう、今までつまめなかったものが、ヒョイとつまめてしまったのだ――!


「ひぃぃぃっ!? さ、最近することがなくてダラダラと過ごしがちだったとはいえ、こ、これはまずいわ……」


 明らかに太り始めていた。

 危険な兆候だった。


 あ、でも違うんだよ?


 これから何をすべきか見定めるためのダラダラ期間であって、目的のあるダラダラだったんだから。


 ほんとだよ?


 自分を見つめなおすための時間って言うの?

 ある種の自分探しってやつかな?


「で、でも理由はどうあれ、改めて見てみると、なんとなくほっぺも少しふっくらとしてるような……」


 わたしはいても立ってもいられなくなって、慌ててジェイクの描いたわたしの肖像画を見に行った。


 あの時描いてもらった絵と、今の自分の姿を見比べると――くぅっ、なんてこと!?

 やっぱり少しふっくらとしちゃってるじゃない……!


「これはいけないわ……!!」


 わたしはこっそりと、お付きメイドであるアンナを呼んだ。


「――と、言うわけなのよ。極秘裏ごくひりのうちに、可及的速やかに痩せたいんだけど、どうしたらいいかしら? あ、他言は無用だからね?」


「うーん、ミレイユ様はお綺麗ですし、そこまで太ったようには見えませんけど……。でもそうですね、でしたら運動されるのが一番じゃないでしょうか? 脂肪を燃焼させて、代わりに代謝の多い筋肉を付けましょう」


「運動はあまり好きじゃないのよね、しんどいし……わたしは完全なインドア派っていうか?」


 というかほとんど外に出ないレベルだし。


「そんなに本格的にやらなくても、軽くテニスをするくらいから始めればいいかと思いますよ? 技術の習得を頑張るんじゃなくて、まずは楽しく身体を動かすんです」


「テニスねぇ……、ねぇ、アンナはテニスできるの? ちなみにわたしはへっぽこなんだけど。って言うか、ほとんどやったことないし」


「私はそれなりにはできますよ。わりとなんでもやれちゃうタイプなので」


「アンナは器用だものね……うん、じゃあちょっとアンナに相手してもらおうかしら」


「それではラケットやボールの用意をしてきますね」




 ってなわけで、わたしとアンナは王宮の庭園の隅にあるテニスコートへとやってきていた。


 雰囲気を出すために、2人ともテニスウェアに着替えている。


 アンナの用意してくれた薄いピンクのポロシャツ&ミニスカートは、クールなスポーティな中にちょい甘が入ってて、うん、なかなかカッコカワイイじゃないの。


「よくお似合いですよ」


「ありがとう。アンナもよく似合ってるわよ」


「えへへ、ありがとうございます」


 そして10代ティーンエイジャーとは思えないわたしのガッチガチに硬い身体を、アンナに手伝ってもらって入念に準備運動してほぐしてから、


「ミレイユ様、行きますよ~」


 パコン。

 アンナが緩い山なりのサーブを打った。


 わたしのラケットがちょうどいい感じに届くところに、ボールが飛んでくる。


 ペコン。

 それをへろへろ~っと打ちかえすわたし。


 力ない打球がどうにか相手側コートの中に落ちる。


 パコン。

 さらにそれをアンナが山なりで、わたしの打ちやすいところに向かって打ちかえしてくる。


 ペコン。

 さらにそれをへろへろ~っと打ちかえすわたし。


 アンナが優しく丁寧に、わたしの打ちやすいところに返してくれるおかげで、どうにかラリーは続き、一応テニスをしてるように見えなくもないはず――だと思う――多分。


 だけど、そんなアンナの甲斐甲斐しいお膳立てがありながらも、悲しいかな、


「はぁ、はぁ……ぜぇ、はぁ……」


 それをたった数分足らず行っただけで、わたしの息は完全に上がってしまっていた。


「ミレイユ様、そこですスマッシュ!」

 高々と浮いたボールを、


「ぜぇぜぇ……えいやっ!」

 わたしは華麗に叩きつけた――つもりが、微妙な威力のボールが、微妙なとこに飛んでいく。


 それでもはたから見れば、一応スマッシュに見えなくもなかった……はず。


「ナイススマッシュでーす」

 そしてアンナは一歩も動かずにそれを見送っていた。


 どこに出しても恥ずかしくない、完璧なまでの接待プレーだった。


 でもそれくらいしてもらわないとまったく相手にならないし、すでに口は半開きで、肩を大きく上下させながら、息も絶え絶えなわたし……。


「ぜー、はー、ぜー、はー……。だめ、もうだめ、ぜー、ぜー、限界……吐きそう……」


 開始10分ももたずに、わたしがみっともなくコートにへばりこんだ時だった、


「ミレイユ、アンナ、楽しそうだな!」


 テニスコートにジェイクが現れたのは。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る