第39話 違うんだからね!

「ミレイユ様、おはようございます」


「ふぁ……おはようアンナ……」


 アンナのそっといたわるような静かな声によって、わたしは目を覚ました。


 まだ眠い頭をとりあえずたたき起こすと、むくりと上半身を起き上げる。


「うーーーん……」

 大きく伸びをした。


「ふふふ、お疲れのご様子ですね」


「そうなのよ。昨日は全然寝れなくてさぁ……」


 結局、目が冴えに冴えたわたしが寝たのは、すでにっすらと明るくなり始めたころだった。

 だから多分2、3時間くらいしか寝てないと思う。


 だから眠いの、本当に眠いんだよ……ふぁーぁ……。


「あらまぁ……それはそれは、ずいぶんとお楽しみだったのですね」


「……? なにがよ……?」


「なにがって、ねぇ……私の口からはそんな、うふふふっ……」


 アンナがなにやら意味ありげに笑ってみせた。

 それでわたしも、アンナがなにを言いたいのか察しがついた。


「ああ、そういうこと? 言っとくけどジェイクとは、なんにもなかったんだからね? ベッドは一緒だったけど隣で寝ただけだし。これは単に、なかなか寝れなかったから寝不足ってだけよ」


 わたしは、惨めなほどに悲しくも空しい真実を告げたんだけど、


「まったくもうミレイユ様ってば。ちっとも素直じゃないんですから」


 アンナは「やれやれ、しょうがないですね」って顔で微笑ましそうに見てくるのだ。


「ちょっ、ほんとにナニもしてないんだってば!?」


「はいはい、そう言うことにしておきましょう」


 しかもなんか「わかってますからオーラ」全開で気を利かせてくる始末で。


「ほんとなんだってばぁ!?」


 わたしはいかに自分が万全の準備をしてあって、おでこにキスをされて気分が盛り上がり、しかしナニもソレもなかったかを事細かに説明した。


 自分で言って悲しかったけど、アンナに変に勘違いされては困る。

 なにが困るかはわからないけど、きっと困るはず。


「ジェイク様はどう見ても奥手ですからね。逆にミレイユ様は積極的ですし。あ、でしたらミレイユ様が、ご自分から誘われてみてはいかがでしょうか?」


 アンナが名案とばかりにポンと手を打った。

 けど、


「そ、そんなはしたないこと、できるわけないじゃない! 女の子のほうから誘うだなんて、そんなふしだらなこと……」


「今どき女性から誘っても、別にふしだらでもなんでもないと思いますけど……」


「わたしの中ではふしだらなの! 男の人にそっと抱きしめられて、甘い言葉で優しく導いてもらいたいの!」


「ジェイク様はそういうタイプじゃないような……では私から、ジェイク様にそれとなく伝えておきましょうか?」


「やめてアンナ! そんなことされたら、わたしは恥ずかしさのあまり舌を噛み切って死んじゃうわ!?」


「うーん、それでは八方ふさがりでは……?」


「大丈夫よ、戦いはまだ始まったばかりなんだから。まだ焦るような時間じゃないわ。ゆっくり段階を踏んで、目の前の敵から確実に仕留めていきましょう」


「仕留めるって……あの、確認なんですけど、戦いじゃなくて好き合う男女の話ですよね……?」


「そうとも言うわね」


「ええ、ああ、はい……そうかもですね……。ミレイユ様、どうも少々疲れがたまっておられるご様子ですので、もう少しお休みになられませんか?」


 アンナが病人をいたわるような、ものすごく優しい口調で言ってきた。


「ううん、起きるわ。せっかく起きたんだし。今寝たら、夕方まで寝ちゃいそうだから」


 太陽が昇れば起きる。

 だらしないのは好きじゃないんだよね。


「かしこまりました。それでは朝食にいたしましょう。ミレイユ様の朝の準備ができた頃合いを見計らって、呼びにまいりますので。ジェイク様も朝のお勉強が終わり次第、合流しますから」


「へぇ、いないと思ったら朝から勉強してたんだ」


「最近は勉強もすごくやる気みたいですよ。朝は集中力が高くて勉強がはかどるんだって言っておられました。きっとミレイユ様に、カッコ悪いところを見せたくないんですね」


「そ、そう……いい心がけじゃない」


「あ、照れてます?」


「うるさいわね! はやく朝ご飯の用意をしてらっしゃい!」


「はーい♪」 


 アンナが逃げるように部屋から出ていった。


「まったくアンナってばお節介焼きなんだから……」


 とか言いつつ、アンナとのやり取りでちょっとほっこりさせられた自分がいて。


 少し寝不足だけどいい天気だし、今日も素敵な一日が始まりそう――!

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