第28話・モンスター変異惑星
モンスター変異惑星【ペアレント】──黒や灰色が混じりあったモノクロな迷彩模様の禍々しい星が、極楽号の広間天井スクリーンに映し出されていた。
レオノーラがモンスター変異惑星を見ながら言った。
「恒星内の迷彩模様の星といったらペアレントだね。次の宝のカギがあるのは、あの惑星に間違いない誰が行く?」
長男の狼炎が進み出てきて言った。
「オレが行こう、あの禍々しいオーラを放つ星からは化け物の臭いがプンプンしやがる──おもしろそうだ」
頭の後ろに両手を組んでスクワットに励む、ウェルウィッチアが言った。
「惑星ペアレントも一筋縄じゃいきそうに無い星ね──文明レベルは、蒸気機関が主流の石炭産業レベル」
狼炎とウェルウィッチアは『白きシェヘラザード号』で、モンスター変異惑星ペアレントに降り立った。
ペアレントの町には工場地帯に煙突が立ち並び、黒煙が空を汚していた。
蒸気機関の新幹線、蒸気機関の地下鉄、蒸気自動車に蒸気バスが町を走っている。
雑踏の中で狼炎は、鉛色の雲が広がる空を見上げる。
「気が滅入る空の星だ……親父は本当にこの星に来たのか?」
その時、足元の方から狼炎に声をかけてきた者がいた。
「狼のお客さん、いい革のブーツ履いていますね……磨かせてもらえませんか」
見ると、うなじの辺りから房髪のような触手が一本、ヒョロと背中まで伸びたペアレント人の靴磨きの少女が、瞳がハート形の愛らしい目で狼炎を見上げていた。
「磨き賃、四百ケルナでどうですか……他の靴磨き相場よりも百ケルナ安いですよ」
ケルナは銀牙系の共通貨幣単位だ、ケルナの上には高額貨幣用の単位、ナグルナが存在している星もある。
狼炎は椅子に座ると、靴磨き台の上に片足を乗せて言った。
「磨きを頼もうか」
スカートを穿いた少女にブーツを磨いてもらっている間に、狼炎はいろいろとペアレントのコトについて聞いてみた。
「この星では、君みたいな年齢の子でも働いているのか?」
靴磨きのクリームで顔が黒く汚れている、中学年くらいの年齢の少女はなぜか、ハァハァと恥ずかしそうに息を乱しながら明るい笑みを浮かべて答える。
「ペアレントは貧富の差が激しい星ですから……それに、あたしが働いて家族を養っていかないと……弟はまだ外で雑務しかやらせてもらえない年齢で賃金も少ないですし、両親はモンスター化してしまって働きませんから」
「そうか」
狼炎は通りの方に目を向ける、中学年くらいの少年が手提げカゴに入ったバラの花を、顔を赤らめて恥ずかしそうに売っているのが見えた。
ブーツを磨き終わった少女が言った。
「終わりました」
狼炎は少女に磨き賃を渡す。スクワットを続けていたウェルウィッチアが靴磨きの少女に言った。
「あたしのリングシューズも磨いてくれないかな?」
「すみません、女性のリングシューズは専門外なので磨きません」
「残念」
靴磨きの少女が、狼炎に質問する。
「ペアレントには観光旅行ですか?」
「いや、宝探しだ……いつも、この場所でクツを磨いているのか?」
「はい、だいたいこの場所で……宝探しですか?」
狼炎は少女に事情を説明した。
「と、いうワケで親父が隠した宝のカギのキューブを見つけないといけねぇ」
「見つかるといいですね……あたし、明日もこの『クレーム街』にいますから、機会があったら声をかけてください」
「わかった」
靴磨きの少女と別れた狼炎たちは、カギのキューブを探し回り。手がかりを得られなかったその日は、白きシェヘラザード号にもどり宇宙船内泊で一夜を過ごした。
翌日、狼炎とウェルウィッチアは『クレーム街』の靴磨きの少女の所に行ってみた。
少女は狼炎が斜めに被っている美形お面を見ると、顔を赤らめて嬉しそうに微笑んだ。
「本当に来てくれたのですね」
「あぁ、また少しブーツが汚れてしまったから磨いてくれないか」
「はいっ」
靴を磨いている間、狼炎と少女は世間話しをする。
「ペアレントでは、どんな具合に人間がモンスター化するんだ?」
「なんでも、悪質なクレーマー感情がペアレント人の遺伝子を突然変異させるみたいです……あたしの体の中にも、モンスター化した両親と同じペアレント人の遺伝子が……モンスター化の恐怖を考えると、夜も眠れなくなります」
少女は額の汗を手の甲で拭いながら、狼炎のブーツを磨く。
「このペアレントには、こんな諺があるんですよ
『モンスターの親からは人間の子供は生まれてこない、モンスターから生まれてくるのはバケモノの子供だけ』
『クレームつけている客側も、仕事変わればクレーム耐える店の側』」
狼炎が感心した顔でうなづく。
「なかなか的を得た、諺〔ことわざ〕だな……モンスター化しやすい年代とかあるのか?」
「特に決まっていませんけれど……気持ちが荒れた若者が集団でモンスター化したり、家に何年もこもっていた人が何かの弾みでモンスター化するコトはありますけれど……一番多いパターンは子供を育てている親が、モンスターになる確率が高いです……最近では高齢者がモンスター化するケースも、この場合のモンスターは特別に『ロウガイ』って呼ばれています」
その時、道路を挟んだ向かい側の移動クレープ屋店舗の店先で客の女性が、なにやら女性店員に向かって語尾を強めた口調で怒鳴っている声が聞こえてきた。
「だからぁ! あなたの渡し方が悪いからクリームがこぼれて、服についたってさっきから言っているでしょう! 店長を連れてきて一緒に謝りなさいよ!」
責められているアルバイトらしい女性店員は、今にも泣き出しそうな顔で頭を下げている。
「すみません、店長は隣町にいるので。すぐには呼べません……ごめんなさい、ごめんなさい」
必死に謝っている女性はついに泣き出した。クレーマーの女性はなおもアルバイトの女性を言葉で責める。
「泣けばいいってもんじゃないわよ……洋服代弁償しなさいよ、それとこれからデートする前の貴重な時間をムダにされたんだから、その代償も」
「あのぅ……服にクリームがこぼれて汚れたのは、お客さまの手に完全に手渡してから。お客さまが食べ歩きながら数歩進んだ辺りでクリームが服に落ちたかと」
「なによ、その言い方! それじゃあ、まるであたしが悪いみたいじゃない! まだ、店舗の敷地から出ていなかったでしょう! 責任はそっちにあるじゃない!」
メチャクチャな理屈のクレームだった。この調子だと女性客の粘着クレームは数時間を越えそうなのは確実だった。
クレープを買いに近づいた別の客も、悪質クレーマーの勢いに恐れて遠ざかっていく。
うつ向いて泣いているアルバイト店員に、浴びせられるクレーマーの言葉。
「泣いたって許してあげないグェ……店長連れてきなさい……グェグェグェグェ」
突然、女性客の姿がモンスター化した──服が破れ、口はクチバシに変わり、丸く大きな目はどこを見ているのかわからない左右別々の方向に向いている。
手足は鳥のような鱗脚に変わり、胸と腰が羽毛で包まれ。ヘソが見える腹部だけは人間の特徴的を残している、おぞましい姿のモンスターだった。
ニワトリのような尾羽を生やしたモンスターは、鳴きながら移動店舗に手をかけて大きく揺する。
「グェグェグェグェ」
「やめてください、お客さん! 誰が助けて!」
その声に応えるように走ってきた女子プロレスラー姿のウェルウィッチアが、モンスターの後頭部にラリアートを浴びせる。
「おりゃぁぁ!」
「グ、グェ!?」
倒れたモンスターの背中に馬乗りになったウェルウィッチアは、そのままモンスターの顎に組んだ両手をかけて、キャメルクラッチの体勢に入る。
「悪いクレーマーモンスターは、おしおき」
「グェェェェ!」
口から泡を吹いて気絶するモンスター、数分前には人間だったクレーマーモンスターは、ウェルウィッチアに退治された。
クレープ屋のお客がモンスターに変貌する現場を目の当たりにした、靴磨きの少女は小刻みに震える自分の体を、両腕で抱き締めながら狼炎にか細い声で言った。
「相談したいコトがあります……家に来てくれませんか」
狼炎は静かにうなづいた。
少女に案内されて、狼炎とウェルウィッチアは町外れの家にやって来た。
家の中には、テーブルの上の料理を食い散らかしている二匹のモンスターと。
膝を抱えて部屋の隅で怯えている少女の弟の姿があった。
「グェグェ」と鳴いている二匹のモンスターを指差して少女が言った。
「父と母です……家の中で騒いで食い散らかしているだけの、比較的無害なモンスターです」
人間のお面を斜めに被った狼炎が、部屋の隅で膝を抱えている男児に親しげに近づく。
「よっ! 元気か?」
狼炎の口が動くのと同時に人間のお面の口も動く、少女の弟は恐怖から泣き出して自分の部屋に駆け込むと内側から鍵をかけた。
靴磨きの少女が狼炎に言った。
「すみません、弟は人見知りなもので」
「気にするな、相談したいコトってなんだ?」
「ちょっと待っていてください、見せたいモノがあります」
そう言って少女は、隣の部屋から鉢植えの植物を持ってきた。
土からキャベツのような蕾が生えている植物だった。
「少し前に靴磨きをさせてもらった、観光客の人からもらいました……なんでも、この蕾が開くと幸せになれるとか……水を与えて世話をしてきましたが。まったく開花する気配がありません」
「相談は、その花のコトか?」
「いいえ、あたし怖いんです……ふっとした切っ掛けで、両親みたいなモンスターに変貌してしまうかもと思うと……怖くてたまらないんです」
狼炎は怯える少女の肩に、優しく手を添えて言った。
「教えてもらった諺の『モンスターの親からは人間の子供は生まれてこない、モンスターから生まれてくるのはバケモノの子供だけ』なんだろう……だったら、子供がどこかでモンスターの流れを断ち切らないとな」
「あたし、自信ありません……親がモンスターですから」
「気持ちをしっかり持て、自分は絶対にモンスターにはならないと信じろ……おまえなら、大丈夫だモンスターになった親の姿を見て反面教師にしろ」
「狼さん……」
その時、鉢植えの蕾が光を放ち開き、中からカギのキューブが現れた。
芳醇なワインに似た花の香りが部屋の中に漂う。
狼炎は開花した花の中から、キューブを取り出して言った。
「親父も粋なコトをしやがる……どうやって蕾の中に隠したんだ?」
部屋の中で若い男女の声が聞こえてきた。
「いったい何が起こった?」
「あたしたち、今まで何をしていたの?」
見るとモンスターから人間の姿にもどった、少女の両親が並び立っていた。
少女の目に涙があふれる。
「お父さん、お母さん!」
両親に抱きつく靴磨きの少女。両親は食べ物が食い散らかされているテーブルを見て少女に訊ねる。
「いったい誰がこんな、汚い食べ方を?」
「お父さんとお母さんだよ、ずっとモンスターになっていたんだよ」
「そうだったのか……ぜんぜん記憶にない」
家族の再会を喜んでいる父親と母親に、ウェルウィッチアが言った。
「あのぅ、お取り込み中すみません……できれば、服で体を隠した方がよろしいかと」
モンスター化していて、父親と母親は、初めて自分たちがボロボロの衣服を着た半裸でいるコトに気づき。恥ずかしそうに体を手で隠すと狼炎たちの方に背を向けた。
キューブの中を覗いて狼炎が呟く。キューブの中には、マスクメロンのように網目の交通網が地上や海上に張り巡らされた惑星が映っていた。
「次の星はここか、誰が行くかな」
幸福星【レゾン・デートル】──交通網がマスクメロンの筋のように張り巡らされた星を。
極楽号から見ていた、竜剣丸が言った。
「あの星にはオレが行く、なんか見ているだけでムカムカしてくる」
ペラペラの竜剣丸にウェルウィッチアが言った。
「あたしと、夜左衛門さんも一緒に行きます。夜左衛門さん、お願いします」
遮光器土偶型の異星人、アラバキ夜左衛門は承知して頭を下げた。ペラペラの竜剣丸はウェルウィッチアの手で丸められて幸福星レゾン・デートルに運ばれた。
高層ビルが建ち並ぶ近代文明レベルの惑星レゾン・デートル……高層ビルに囲まれた街にやって来た竜剣丸一行。
観光パンフレットを見ながらウェルウィッチアが言った。
「この星では、すべての人間が幸福に……を惑星目標として掲げているみたい、えーとなになに
『レゾン・デートルでは、子供は親が選んだ収入が安定した職につくのが常識。不安定な職種は消滅かAIが代行』か。ふ~ん」
夜左衛門から巻かれ運ばれて、内側に巻き癖がついた体を背中側に巻きもどしてもらっている竜剣丸が言った。
「本当になんか、ムカつく星……夜左衛門さん、もういいよ巻き癖直ったから──さてと、父ちゃんが隠した宝のカギはどこにあるのかな?」
薄っぺらの二次元型種族の竜剣丸が、歩道で高層ビルを見上げていると、走ってきて竜剣丸にぶつかり謝らずに去っていった。
竜剣丸が腹部に違和感を覚えて見ると、ナイフが背中まで貫通していた。
出血はしていない、竜剣丸がナイフを引き抜くと傷口は驚異の再生力でふさがる。
怒った竜剣丸が、刺した自分と同年代の少年を追って駆け出す。
「おいっ! 待てよ!」
雑踏の中を薄っぺらな体を使って追う竜剣丸。
刺した少年は、地下鉄の改札口を走り抜け停まっていた電車に飛び乗る。
ドアが閉まり息を切らしている少年の肩を叩く感触があった、少年が振り向くと少し斜めぎみになった竜剣丸が。
物凄い怒りの目で、少年が残してきたナイフを差し出しながら言った。
「忘れ物」
眼鏡を掛けた、少年の顔が蒼ざめる。
次の駅で降りて地下鉄ホームのベンチに座るナイフ少年に、自動販売機で買ってきた缶飲料を差し出しながら竜剣丸が言った。
「ほらっ、飲めよ」
少年の隣に座って缶飲料を飲む竜剣丸。
プルトップを開けて、怯えた表情で缶飲料を飲んでいる眼鏡少年に竜剣丸が質問する。
「で、話しの続きだけれど……学習塾に行きたくなかったから、ナイフで誰かを傷つければ行かなくてもいいと思って。オレを刺したと」
「すみません」
「すみませんじゃねぇよ、そんな理由で刺されてたまるか。二次元のオレじゃなかったら死んでいたぞ……もっとも、ペーパーナイフで背中まで貫通するのは、二次元種族のオレぐらいだけど」
竜剣丸は横目で同年の少年を眺める。
「おまえなぁ、人刺してその後どうするつもりだったんだよ……メチャクチャになるのは、おまえの人生だけじゃねぇんだからな。刺された方の夢や将来を奪うコトになるんだぞ……ちったぁ、想像力働かせて考えろよ……おまえに他人の夢や未来を奪う権利があるのか?」
瞳が星形をした眼鏡少年が、うつ向いて呟いた。
「辛いんです……もう、なにもかも」
「はぁ? おまえの事情なんて知るか」
「このレゾン・デートルでは、収入が安定した安全な人生を送れる仕事を親が子供に選んで決めるんですよ……親が決めたレールを進めば安全な人生が待っているんです……でも、それでいいのかなって考えたら」
缶飲料を飲み終わった竜剣丸はベンチから立ち上がって言った。
「本当に面倒くさい星だな……ところで、父ちゃんが隠した宝のカギを探しているんだけど、知らないか? このくらいの大きさのキューブなんだけれど」
竜剣丸は手で四角を作って見せる。少年は首を横に振る。
「そうか……とにかく、変な考えだけは起こすなよ。オレ、この街で一番高いホテルの最上階に泊まっているから、話しならいくらでも聞いてやるから」
立ち去ろうとする竜剣丸に少年が訊ねる。
「名前は?」
ねじれて振り返った、竜剣丸が微笑みながら言った。
「織羅・竜剣丸……おまえに、こちらから会いたい時はどこに行けば会える?」
「街の中央にある噴水公園なら、学校帰りにいつも寄っているから」
「そっか、じゃあまたな」
歩きはじめた竜剣丸の横を地下鉄電車が通過して、地下鉄内に吹いた突風に流された竜剣丸の姿はトンネルの暗闇へと消えた。
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