第9話 旅立ちの旋律
咄嗟にレオン・バントラインをホルスターから引き抜いたレオノーラは、男に向けて思わずトリガーを引く……緑色光弾が大型黄金銃の銃口から発射されて、男の額に命中する。
倒れる鉄球振り回し男、レオノーラはレオン・バントラインを握り締めたまま、座り込んで小刻みに体を震わせる。
「こ……殺しちゃった……不殺の誓いをしたばかりなのに……ボク、人を殺しちゃったよぅ……あぁぁ」
駆け寄ったシスター・メルセが、震えるレオノーラを抱擁して耳元で囁く。
「落ち着いて、銃の出力は最弱に設定されているはずだから……気絶させるだけで、死傷しないショック光弾だから」
「ショック光弾、殺していないの? ボク」
レオノーラの目から涙が自然に溢れた。
小一時間後……レオノーラたちは、立ち入り禁止の鉄条網が張られた牧場の前に来ていた。
牧草地は重機で掘り起こされ、無惨な風景を晒していた。
「メチャクチャだな……ひでぇことしゃがる」
仁が魔刀で鉄条網を、ぶった斬って言った。
「おや、こんなところに鉄条網が偶然切断された箇所がある……ラッキーだな」
牧草地に侵入したレオノーラを、ドラコニスが道端近くにある木陰の岩の所に案内した。
「この岩の裏側に、地下に通じる隠し通路みたいなのがあるはずですよ、レオノーラさま」
ドラコニスが言った通り伸びた蔓草で隠された岩穴があった。
「本当だ、どうして知っていたの?」
「客がいないヒマな時に、この木陰でよく仮眠していたからな……オレにとっても、ホグじいさんの牧場は馴染みがある牧場だから。それを莫連組の奴らメチャクチャにしやがって許せねぇ」
レオノーラたちは岩穴から地下へと向かった、白い洞窟の奥から牧場を掘り崩した穴から差し込む空の明かりと、土木重機の轟音が聞こえてきた。
巨大な地下遺跡の建造物の前で、次々と重機で破壊されていくデミウルゴス遺跡。
仁たちと一緒に岩陰に潜んで見ていたレオノーラは、怒りを押さえるように唇を噛み締める。
仁が言った。
「莫連組のボスは、もっと奥の方にいるらしいな……行くぞ」
一行は天井が低くて重機が入り込めない、洞窟の奥へと移動する。
迷路のように枝分かれして、複雑に入り組んだ白い洞窟内にいた小型のトカゲがレオノーラの露出した太モモを見て鼻の穴から血を吹き出す。
メルセがトカゲの説明をする。
「『鼻血トカゲ』……興奮すると鼻の穴から血を敵に向かって吹き出して威嚇する……銀牙系の多くの惑星に輸出流通と、ともに広がった外来種」
人工の明かりに照らされた洞窟の奥に、莫連組のボスと数人の雑魚がいて。雑魚たちは人力で遺跡の扉を土木道具で叩いて破壊しようとしていた。
表面に古代文字が刻まれ、少し剥がれた石の下から金属が覗いている扉を見てメルセが言った。
「あの扉の奥に、デミウルゴスの遺産があるみたいね……遺跡に対して畏敬の念が微塵もない、なんて乱暴な奴ら」
この時、レオノーラの耳にだけ飛天ナユタの声が聞こえてきた。
《この【虫喰い惑星】は、元々はデミウルゴス文明の流刑地惑星……まだ、過酷な環境だった星に流刑された罪人たちは、生き延びるために互いの体を融合させて生命力を高めた……『白き魔物』は、その融合した罪人たちの、なれの果ての姿だ》
声が聞こえてきた方向を見たレオノーラは、洞窟の壁に背もたれして立つナユタの姿を見た。
《白き魔物には高度な知性はない、遭遇した者には容赦なく襲いかかってくる……魔物はデミウルゴスから、遺跡を守るように本能に刷り込まれていて。その本能に従って行動しているだけの下等な危険生物だ……遭遇したら殺すしかない。さて、君ならどうする? レオノーラ》
レオノーラが瞬きをした瞬間に、ナユタの姿は消えた。
メルセが洞窟の壁を見ているレオノーラに訊ねる。
「どうしたの?」
「今、そこに誰かが立っていて?」
「誰もいないわよ」
その時、莫連組雑魚のサルパ人の悲鳴が聞こえ、遺跡扉の前で『白き魔物』に襲われている雑魚の姿を見た。
ブヨブヨで醜悪な白い肉の塊……肉塊の全体に悲しみに満ちたドクロ面のような顔が浮かび、数本の先端が尖った触手のようなモノで雑魚たちの首を絞めて意識を奪っている。
地の底から響いてくるような、泣き声にも似た魔物の声が洞窟に反響する。
《あ゛あ゛ぁぁぁあ゛あ゛ぁぁぁ》
それは、冷たい嘆きの叫びだった。
腰の抜けた莫連組のボスに白き魔物が迫る。
思わず岩陰から飛び出したレオノーラは、魔物とボスの間に立ち震えながら、レオン・バントラインを魔物に向けて構えた。
岩陰で魔刀の柄に手を添えた仁と、二丁拳銃の銃口を魔物に向けたメルセが、成り行きを見守る。
震えるレオノーラの首に魔物の触手が絡みつき、ゆっくりと絞めはじめた。
目に涙を浮かべながら、魔物に詫びるレオノーラ。
「お願い撃たせないで……ごめんなさい……あなたたちの安住の地を、荒らしてしまって本当にごめんなさい」
白き魔物の空洞の目は、じっとレオノーラを見ている。
「お願い怒りを鎮めて──もう二度と、あなたたちの安らぎの地には誰も足を踏み入れないように、緒羅家の力でなんとかするから……お願い」
魔物から、不鮮明な呻き声と微かな言葉が聞こえてきた。
《あ゛あ゛あぁ……デミウルゴス文明ノ相続者ガ現レナイ限リ、コノ苦シミカラハ逃レラレナイ》
「苦しみは……ボクが全部引き受ける、相続者でもなんでもなってあげる」
《お゛ぉぉぉぉぉぉ……ヤット解放サレル》
レオノーラの首に巻きついていた触手が外れ、白き魔物の悲しむドクロ顔の目から、涙が流れるのをレオノーラは見た。
白き魔物はレオノーラに背を向けると、洞窟の闇の中へナメクジが這うように去っていった。
白き魔物の姿が消えると、壁石板の間から金属が覗く石扉が少し開き……一条の光線がレオノーラの額に照射され、扉は再び閉まった。
レオノーラは気が抜けたように意識を失い倒れ、駆け寄った仁とメルセがレオノーラを介抱する。
カプト・ドラコニスが腰が抜けたボスに凄む。
「奪った土地の権利書と譲渡書を出せ」
ボスが差し出した、二枚の用紙のうち譲渡書にドラコニスが炎の息を吹きかけると、譲渡書は灰になって崩れた。
ドラコニスが莫連組のボスを睨みながら言った。
「消え失せろ」
悲鳴を発して逃げる莫連組のボス。
仁はメルセに抱えられて介抱されている、レオノーラを眺めて言った。
「こりゃあ、用心棒が必要だな……メルセ、おまえはどうする? オレと一緒にレオノーラさまのボディーガードになるか?」
「あたしは遠慮しておく……また、どこかで会った時に考えるから。それまでこの、お節介娘が生きていればの話だけれど」
シスター・メルセは、謎の光りを額に照射されて気絶したレオノーラの頭を優しく撫でた。
(それにしても、少しだけ開いた扉の隙間から額に照射されたあの光りは、いったい?)
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