第12話 クラスター


7月1日。ロケットの打ち上げまで残り一か月まで迫った。


隼人は工作員を増やすための活動を行っていた。だが今日の標的は学園ではない


(この駅の乗降者数は30万人を超える……すごいもんだな……)


とある駅の構内の喫茶店で隼人はコーヒーを飲んでいた。同時に催眠電波を流している。


今までの電波ではこのような方法で発信しても効果は薄い。服を脱がせて肌を露出した状態で数分間は電波を浴びせ続けないと操ることはできない。


だが、使い続けていくうちに能力が強化された。単純に範囲と強度が上昇している上に、子機中継機能ともいうべき新たな使い方も習得した。


隼人を中心に電波は放出される。その電波を一定量以上浴びた他者は操れる状態になる。いわば隼人は親機で他者は子機と言える。


新たな能力は子機に電波を送って操るだけでなく、電波を中継させる形で子機から電波を発信することが可能となった。


さながらSNS、もしくは伝染病のように催眠電波は拡散していく。


(…凄いペースで頭の数字が増えていく……今までチマチマやっていたのがウソみたいだ…)


かつて一日1000人が限界だったが、この中継機能を使えば一日に5万、10万というペースで爆発的に感染を広めることが出来る。


子機が増えるほどに指数関数的にこのペースは広まっていくので、関東圏4000万人を操れるようになるのもそう遠くない。


流石に一日で一度に数万という単位でチャンネル登録者数を増やすという訳にはいかないが、桁違いの数での工作が可能となった。


(この調子なら都知事選に立候補しても確実に当選できるな…いやあれは資格が30歳以上だっけ…)


コーヒーを飲みながらそんなことを考えていると、ガラス面に女子高生の集団が移った。これから登校らしく少し急いだ様子だ。


(でも…前みたいに脱がす必要がなくなったのはちょっと寂しい気もするけど…)


やっているうちに慣れてきてあまり興奮しなくなっていたが、やはり同年代の女子を操って服を脱がせるという独特の暗い快感は忘れられなかった。


(やっぱあの女学園が一番だったかな…スポーツ進学校も結構よかったけど…)


隼人が最初の頃の高揚を思い出しているうちに人通りが少なくなっていく。ラッシュの時間帯を越したようだ。


(よし…今日はこんなところで…俺も学園に行くか…一限目には間に合わないけど…最近休みが多かったから少しでも多く出席しないとな…)


隼人は会計を済ませて学園に向かった。


授業が終わって放課後になると、各班の報告会は始まる。


「チャンネル登録者数は20万人突破!SNSのフォロワーも17万人。企業勢にも負けない人気よ」


バーチャルアイドル「カグヤ」は今では独特の存在感を放っていた。ゲームやカラオケ配信を行っている者が多い今の市場では知識解説系アイドルは珍しく、競合相手が少ないというというのもあるのもしれない。


「特筆すべき点としては支援絵が増えてきたこと。宇宙を題材にしていることもあってかクトゥルフ神話を連想させる奇怪な宇宙生物に襲われている18歳以上対象の絵がやたらと多いけど…普通の可愛らしいイラストもある」


検索するとすぐに出てきた。その絵にも万単位の高評価がついている。


「工作員にはこういった支援絵にも高評価をして、拡散するように命令を電波で送っているけど…これもこっちにとってプラスになるんだよな」


「ええ。「このキャラを書いたらものすごい見てもらえた!高評価貰った!また描こう!」と絵師さんが思えばどんどん支援絵が増えていく。プラスの循環を生み出せるの」


「実際には工作アカウントによる嘘の評価だから、その点を考えると絵師さんには申し訳ない気もするけど…ここは利用させてもらおうか」


全ては目的を達成するためだ。


「それと…もう一つ報告…数十年前に出版されたロケットの技術書がSNSで急に話題を呼び、今になって重版されるという事態が発生したんだけど…その技術書はカグヤ様が動画内で引用した本なの。動画によって知名度と需要が上がったことで…出版社が対応する形となったみたい」


「本当か…それってすごいことのように思えるが…よくあることなのか?雫」


「…前例はあるけど…数えるほどのレアケースで滅多にないこと。私も凄いことだと思う」


書店員である雫は重版が簡単に出来るものではないことを知っている。


「うん。こうしてハッキリと影響力を実感できるのはすごい嬉しいね」


「ああ…あの本は私のお気に入り…推しの力になれたって思うとうれしさも倍増だな」


動画制作班である天文部の詩子と京香も満足げだ。


彼女たちが盛り上がる中、もう一方の小説作成班は沈んでいた。


(動画はいいけど…小説は…明暗が分かれる結果になったな…)


プランBが芳しくないことは彼女達の顔を見ればすぐに察することが出来る。


「それで…今はどんな感じだ?」


春菜が報告を始める。


「二作目の「大正ロケット娘」も完結が近いけど…獲得したポイントの八割は工作だから、自演ばっかりで読者はあまり掴めていない。仮に自演がなかったらまるで見向きもされない埋もれた作品になったと思う…」


自分で話していて悲しくなったのか、情けなくなったのか、声がだんだんと小さくなっていく。


「三作目、四作目、五作目も制作が進んでいるけど…制作班のやる気が無くなってきて…執筆ペースが落ちているの」


せっかく書いた作品に人気が出なかったら気持ちは萎えるのは当然のことだ。多くの作者がこの挫折を味わってペンを置くことになる。


(…そりゃあ落ち込むよな…カグヤの集団催眠で宣伝しまくったのに人気が出なかったとなればもう言い訳のしようがないし…)


宣伝の負の面が小説制作班を包んでいる状態だ。


「それでも…続けるしかない。結局は書き続けたものが勝つんだから」


春菜をはじめ、班員が沈んでいるのは事実だが心は折れていない。


「そういえば…本題であるロケットにカグヤ様を載せるための手筈はどうなってるの?」


佳奈子が質問した。


「そっちは問題ないよ。東北の民間ロケットは完全に諦めたが…二葉島のロケットに乗り込む準備は出来ている。その日が来たら二葉島に行くだけだ」


計画は盤石。隼人はそう思っていた。


だが、想定できるはずがない事態が発生してしまった。



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