涼宮ハルヒの切願

ガリコマさん

前編

 十二月二十四日。あんな体験をし、俺の肝もまたさらに安定した座りをみせたことは言うまでもない。しかし、その出来事の余韻に浸る暇なく、ハルヒ鍋を堪能した俺たちは先公たちにこの鍋パーティのことを悟られぬようにせっせと後片付けに追われていた。鍋の片づけは当然ながら、それまでに取り付けたモールや飾りを片付けるのは少々面倒に感じた。冬休みが終わってから片付けをやればいいと我らが団長様に進言したのだが


「何言ってんの、これからは正月に向けて色々準備するから片付けしないといけないじゃない」


どうやらこいつは正月すらもこの部室で過ごそうとしてるようだ。俺は今年中にもう一回門松の準備のため、竹を切らされたりしているのだろうか。正月くらいゆっくりと炬燵でシャミセンのように丸くなっていたいものだ。部室のストーブ一台ではさすがに落ち着いてられない。正月といってもハルヒはいいかもしれんが、普通の高校生だったら家族や親戚とよろしくやるものだろう。


「もちろん、そういう用事がある人はそっちを優先してもらっていいわ。さすがに正月に部活なんてよっぽどの強豪運動部くらいしかないだろうしね」


おい。自覚あるんなら少しは自重しろよ。このSOS団のどこが強豪部活動だというのだ。確かに個人で見れば強豪ぞろいではあるが、部活としてみれば最弱レベルだ。というか部活ですらないだろう。しかし、このSOS団はどうすれば強さを計れるんだろうな。誰か、教えてくれ。


「問題ありません」


と最初に言を発したのは自称エスパー少年の古泉樹だ。こいつのはにかんだ笑みは俺の心中を圧迫する。


「……いい」


次に言葉を発したのは長門有希だ。情報統合思念体の対……かいつまんでいえば宇宙人だ。今度の件では俺がいつまでもこいつに頼りっきりだったことが分かったのでもう少し自分で何とかせにゃならん。また、あいつの入部届を突っぱねるのも気が引けるしな。


「鶴屋さんと初詣に行く予定があるので、それが終われば……」


と可愛らしい声を発したのはSOS団のマスコット的存在の朝比奈みくるさんだ。この朝比奈さんの一挙手一投足に感涙と興味を思う俺であったが、この時俺は珍しく、朝比奈さんの声を脳内リピートする暇もなく、次の思考へと移行した。ダメだ、朝比奈さん。そんなことを言ったら……。


「はつもうで?」


ほら魚が釣り竿についている餌に気づいたじゃないか。その魚は釣り竿を、釣り人を海に引きずりこむ勢いで思いきり食いついてきた。


「それもいいわね。初詣もしましょう!」


俺は手を頭に当て、呟いた。


「やれやれ」


結局、恙なく片付けの方は終了した。こんな風に思うと後々面倒な出来事が待っているように思えて嫌な気分になるのだが、実際にそうだったのだから仕方がない。あの出来事からまたすぐ面倒事が起きるのはさすがにないだろう。あの出来事が、神が与えやがった試練の一つにしても少しくらい休息期間ぐらいほしいぜ。できれば一生を終えるまでゆっくりしたいもんだが、あいつといる限り普通の自堕落生活を送ることは不可能そうだからもう諦めた。俺は長い坂道を下りながら、後々の正月の用意のことを考えるも、胃が痛くなりそうだったので思考を遮った。俺は頑張って朝比奈さんが淹れてくれたお茶の味を思い出していた。

しかし、あの出来事までの重々しさはないものの、出来事は起こってしまったのだ。いや、今まで経験した出来事に比べれば、出来事というのはおこがましい。本当に小さな、それは、今の俺がいうなれば、


――――サプライズ、であった。



 ハルヒ特製鍋を食した次の日の二十五日。今日は学校のクリスマス会にSOS団として参加することになっている。それがまたなんの偶然か妹の通う小学校での催しであった。今更ハルヒに不参加の希望を届けたとしても即断で切り捨てられる未来しか見えないため、俺はまた純心の権化たる妹へ不参加を勧め、外も寒いから、炬燵の番でもしてろと助言したのだが我が純心たる妹は「ハルヒお姉ちゃんと会いたい」や「みくるお姉ちゃんと遊びたい」などと言いやがった。朝比奈さんと遊びたいのは激しく同意するが、あの超人奇天烈ハルヒとまた会いたいなんてのは非常識をさらに逸した発言だろうよ。一緒のクラスに三年以上いる谷口もげんなりなってたし、それが正しい反応だと俺はそう思っている。でもあんな未確認生命体への意欲を全面に出した女なんてそうそうはいないし、小学生の妹が影響を受けるのも無理ないもんさ。小学生なんて何をやっても体力がありあまっちまうからそういう方面に体力使いたくなるのも理解はできる。しかし、年齢を重ねた俺なんかは高校デビュー一カ月で高校三年間分の体力を使い切ったようなもんになっちまっている。あいつと密接に関わるとそういう風になるということをぜひ妹にも学んでいただきたい。

まあそんな感じでクリスマス会に不同意にも参加することになった。また、なんだかんだの成り行きで学校へ妹と一緒に行くことになった俺は、妹は学校まで徒歩で向かう必要があり、それは必然的に俺も歩くことも決定となった。


「キョン君この袋の中何が入ってるの?」


そんなもん他のみんなにも教えられんのにお前だけ特別というわけにもいかんさ。ランドセルに荷物の幾分かを入れてもらっている恩は骨髄に染みわたるほど感じてるけども、それとこれとでは話が別なのさ。


「まあ、後のお楽しみだな」


妹は一瞬いじけたような顔をし、俺に不満を伝える。そんな表情に俺は騙されないさ。小学五年生の凡人たる妹の演技顔なんてあの文化祭映画とどっこいどっこいレベルなのだから見分けるのは簡単なのだ。ああ、そういえば妹も映画に出演してたっけか。俺は道中歩くことへの面倒くささを感じつつも感慨に浸ってもいた。いつもは自転車ばかり使って通ってばかりいる道を、交通手段を変えただけで見える景色も結構変わってくるということに新しい発見をしたときのような思いを抱いていた。歴代の科学者もこんな気持ちを味わって何かを進歩、発明しているんだろうな。

珍しく物思いに耽っているといつのまにか小学校に到着していた。いつもの登校よりも断然時間はかかっていたはずなのにな。俺は自分の残りの荷物をランドセルから取り出し、校舎内に妹を見送ると、体育館が近くにある裏手の門へと俺は回った。他のメンバーは既に三人集まっていた。


「あれ? ハルヒはまだなのか?」


あいつがビリっけつなんて珍しいことあるもんだな。もしかして楽しみにしすぎて寝坊しちまっているとかか。子供っぽいところもあるもんだな。


「いえ、涼宮さんは既に学校に入って何やら準備を手伝っているようです。あなたの言う通り、いや言っている以上に涼宮さんは楽しみにしていたようでしたよ」


ふん。こちとらサンタ信じてない歴イコール年齢の男子高校生だぞ。そんなやつがキリストの誕生日を祝ったりなんかしたって、キリストは微塵も喜んでくれはしないだろうよ。ハルヒだけがここにくりゃよかったのによ。何故俺たちまでいつも巻き込まれなきゃいかんだろうなぁ。


「それはもう愚問ともいえる質問ですね。僕が答える必要がありますか?」


「いや」


分かっていても疑いたくなるようなもんなのさ、それは。今から帰ってもコンセントさえつけりゃあ炬燵は待ってくれてるからお前の返答によっちゃ帰っても良かったのさ。


「おや、それは困りますね。僕たちはあなたを待つよう言われて待っていたのに。あなたが帰っては涼宮さんに顔向けできません、それに……」


なんだ。


「心配料をあなたは払いに来たのではないですか?」


そういわれればぐうの音も出ない。俺は病床で心配料をしっかり話すことを約束したのだ。こればっかりは約束させられたのではない。


「はあ……じゃあいくか」


俺は先頭となって門をくぐった。体育館内にはクリスマスのオブジェクトや、図工でつくったらしき工作品が並び、いかにもな様相であった。このクリスマス会は軽食やゲームなども用意されており、俺たちの文化祭と同じように時間内を体育館の中で自由移動できるようなイベントであった。俺はステージ近くで学校関係者と打ち合わせをしているハルヒに話しかけた。


「よお」


「それで……あっ、キョン。来るのが遅いわよ罰金よ罰金」


そう聖なる日に罰金罰金連呼しないでくれ。ペットショップのインコだってもうちょいまともな言葉を反復するだろうよ。罰金催促をこう聖なる日に投げつけてこなくてもいいだろうに。キリストだって自分の誕生日にこんな揉め事なんて起こしてほしくないだろうよ。お金なんて揉め事しか生まんから善人の鏡たる俺の元に世界の財産の五割ほど集まればいいのに。サンタがもしもいるんなら、それを純然たるガキどもの願いよりも優先的に叶えてほしいところだ。そうすりゃ世界ももっとましな姿になるだろう。


「まあ、まだ会が始まるまで時間があるし、てきとーに過ごしなさい」


ハルヒはそう言ったきり、また大人たちの中に入り込んでいく。恐喝恫喝なんて行っていないといいのだが。クリスマスに恐喝恫喝なんて聞こえが悪いぜ。


「どうしましょう。まだ時間がありますね、これでもどうです?」


古泉はリュックサックから簡易オセロ版を取り出した。たいして強くもないくせになんでこんなにテーブルゲームに執着するんだこいつは。少しくらい張り合えるくらいならいい暇つぶしになるが、古泉はわざとやってんのか知らんが相手にならなさすぎる。長門なんてもう端っこで椅子を借りて読書を始めちまってるし、朝比奈さんもおろおろとハルヒの方へ視線を送っているだけだ。


「遠慮しとく。俺はこれから準備があるんでな。朝比奈さん、こいつとオセロでもやってたらどうですか? いい勝負になると思いますよ」


声をかけると朝比奈さんは出番待ちをしていた脇役俳優が呼ばれた時のような勢いかつかわいらしく、こちらに来てこくりと頷いた。

さて、と。俺も準備をしなけりゃな。俺はハルヒの水を得た魚のごとく生き生きと物怖じせずに先生たちと討論をする姿を見て、そう、思った。少しどこかで楽しみにしている自分がいたことに俺は薄々と気づきはじめていた。


「これから、クリスマス会を始めます。ということでまずは発案者である松本先生より――――」


そうこうしている間にクリスマス会は始まった。何とか今できる分の準備は終わって今はステージ裏に五人で待機している。教師というのはどんなやつも壇上も立てば、おんなじようなお堅い話ばかりぴーちくぱーちく話すようだ。貫禄のありそうなベテラン教師の話なんぞどんなにありがたがろうと、そんなの子供からすりゃ自由を束縛するものでしかねえ。みんな膝が疼いてブツブツ呟いているのがよく見えるぜ。


「と、その前にこの回のためにゲストが来ています」


まあこんなことをいえば、いくら言ったのが頑固おやじだとしても、子供たちもザワザワしだすのも当然のようだ。登場するのはこんなへんてこりん軍団だがな。


「それではどうぞ」


暗転する。恐らくこの間に俺たちが登場する算段のようだが、こんな大掛かりなことをしても子供たちのショックが大きくなるだけではないか。子供たちのキラキラした瞳の中には芸能人やお笑い芸人が映っているぞ。ボランティアで来やがった高校生など誰が喜ぶもんかね。しかし、先頭のハルヒはステージに進もうとはしなかった。なんだ、これ以上子供たちの期待値を上げても後々嫌なことしか起きんぞ。まだ何か仕掛けがあるのかとビクビクしながら待っていると、ステージの頭上からプロジェクターが降りてきた。ん? プロジェクター? SOS団の紹介映像なんぞハルヒにつくらされた覚えはないぞ。他につくった映像といえば……。


『朝比奈ミクルの冒険エピソード00』


なにやら聞き覚えのあるオープニング曲とともにプロジェクターに映し出されたのは文化祭で発表し、狭い特殊な層からの人気を博したSOS団自主製作映画であった。確かに、これは俺たちの部活? の成果であることには違いないが、人前で発表できるほど立派なものかといえばそれは絶対に違うと断言できるだろう。文化祭で、確かに人前で見せられる程度のじゃれあいごっこにはなったものの、映画としてのレベルは、星の数を、マイナスを使って表す必要がある。ほかの映画と比べても、インパクトだけは引けを取らないがな。この映像が流されているのを知ったかの素振りで同じくステージ裏にいた教師どもが騒ぎ出した。「なんだこれは」「打ち合わせと違うじゃないか」なんて教師の哀れなる叫びが耳に入る。まあそれもそうだろう。バニーガールを着た主人公なぞ、小学生には刺激が強すぎるし、ここで流すのに適当だとは全然思わない。確かに朝比奈さんの存在自体は聖なるものと等しいところはあるが、この児童のみ対象クリスマス会という題目には合っていないのだ。結局『朝比奈ミクルの冒険エピソード00』のオープニング曲が終わるころには映像が止められプロジェクターは上へといっちまった。当然と言えば当然なのだが、こちらも当然のように怒号をあげるやつもいる。


「なによ! まだはじまってすらないじゃない。映画の一本ぐらい見せたっていいでしょ」


「この映画のことなんて説明したんだ」


そう言うと、ハルヒは少しムッとした顔で


「文化祭で上映した子供から大人まで好評だった映画って説明したわよちゃんと」


ハルヒよ。その説明ではこの映画の趣旨なぞ教師どもには伝わってないだろうよ。子供といっても幼児なんかじゃなく、高校生に、それと一部の大人がコアなファンとしてついただけだろうよ。ハルヒはあの映画が大成功だと言っている分には映画監督の才能のなさと目標設定の低さを感じるだけだが、広告に嘘をつくのはいかんだろうよ。この世には公序良俗という言葉もある。もう少し常識を知ってくれれば俺の負担も軽くなると思うのだが、どうだろうか。プロジェクターが上がると俺たちは先生に後押しされて壇上に上がった。ハルヒはなおも不機嫌そうだった。

 ステージの中央に近づくにつれて、子供たちのざわつきは大きなものになっていた。そりゃそうだろう。こんな楽しい会に微塵も面識のない高校生が出てきても、子供たちにとっては先生の好きな歌謡曲を聞かされているような気分だろう。つまりは全然面白くないのである。


「あーあー。どうも小学生のみなさん。北高SOS団団長の涼宮ハルヒです。今日は皆さんのクリスマス会を一層盛り上げるために来ましたっ。よろしくっ」


この自己紹介を聞いて歓声を上げる奴なぞいるのだろうか。目を凝らせば、妹だけが嫌に目をキラキラさせているのが見える。何でそんな目をしているんだ妹よ。


「こっちから古泉君にみくるちゃんに有希にそしてこいつがキョンね」


わざわざ俺をこいつ呼ばわりする必要はなかろう。がきんちょにはまだ舐められたくはないぞ。一人だけ売れないお笑い芸人が紛れ込んでるみてえじゃねえか。


「私たちSOS団は世界の不思議を見つけることを目的として活動しています。内容に興味がある人がいれば、東高に入ってSOS団の部室の扉をノックしなさい」


まるでSOS団が、俺たちが卒業した後も残り続けるとは微塵も思っていないがね。というか不法占拠しているやつらが出て行けば、そこがただの空き教室か文芸部室になるだけだろうよ。それともあれか。卒業後もあの部室を占拠しようというのかこいつは。そうなりゃマジモンの不法占拠になっちまうぞ。


「みんなもう自由に動き回ってもらって構わないわ。ちなみにステージの司会は私が務めます。いったんこっちで準備をし終えてからステージの出し物は始めます。それではクリスマス会はじめ~」


そうハルヒが言い終わると同時に有名なクリスマス系の音楽が体育館内を流れだした。それを合図に児童らは急にスイッチが入ったロボットのような挙動を見せ、徐々に席を立ちあがって移動をしはじめる。俺たちはその姿を確認すると、ステージ裏に引いた。さて出し物までの時間どうやって過ごすかな。と、気づけばハルヒはサンタ用のコスチュームを装っていた。自分で用意したものなのだろうか。


「もっちろんみくるちゃんの分もあるわよ」


「えっ、でも涼宮さん私が着替える必要はないんじゃないんですか……?」


司会はハルヒのみであるはずである。そうなれば別に朝比奈さんは着替える必要は別にないだろう。しかし、そんな普通の批判は超想像生物の涼宮ハルヒに通用しないことを俺は知っている。


「何言ってるのみくるちゃん。みくるちゃんはSOS団のマスコットキャラクター的存在なのよ。ほら衣装もわざわざ部室から持ってきたんだから」


なるほど、ハルヒが考えそうな言い分だ。ハルヒはそう言って、大きな紙袋から朝比奈さん用のサンタドレスを取り出した。朝比奈さんは三歩ほど下がって首を横に振る。


「ほら、早く。着替えなさいっ」


言う早いかハルヒは朝比奈さんの服に手をかけ、着替えをおっぱじめやがった。せめて更衣室があるんだからそっち使えばいいだろうが。そう言うとハルヒは回りの先生たちの所在を確認すると「確かにそうね」と言い残し朝比奈さんの腕を掴んで更衣室の方向へと向かっていった。


「ねえ、涼宮さんとても楽しそうでしょう」


古泉は口を開いた。

ああそうだな。


「あんなに楽しそうでしたら僕のアルバイトもしばらくしなくてすみますよ」


含みのあるような言い方をするな。でも、確かに今のあいつであれば、世界をどうこうといったことはおきんだろう。前の鍋パーティにしろ、今回の児童クリスマス会にしろあいつの思惑通りに進んでいるのだからお前んところでいう閉鎖空間なんて発生はしないだろう。その代わりに俺らが骨を折ることは避けたいものなのだが。


「何にしろ、今の涼宮さんでしたら安心ですね」


古泉はいつもの屈託のない笑みをこちらに見せる。俺は長門の方へ逃げるように視線を移す。


「……」


笑わない宇宙人もどきはまた椅子に座って読書にいそしんでいた。読書をする以外に何か時間つぶしの方法をインプットさせられなかったのかこいつは。せめて、能力はあるのだから、もう少しアクティブな趣味を持っても悪くはないと思うのだがな。こいつの身体能力自体は群を抜くものを持っているからな。マラソン大会や百人一首の大会があれば、上位をとることができるだろう。運動すれば有り余ったストレスを少しは減らすことはできるだろうに。

そうこう言っているうちに最初の出し物が始まった。司会の団長様の横にはサンタ衣装に着替えなさった朝比奈さんが膝を軽く震わせながら立っており、俺たちにとっちゃ慣れた光景であったが、小学生にはこの朝比奈スーパー魅惑ボディのせいか、物珍しさか特に男子が目を見張っていて司会の話を聞いているようにも見える。

このクリスマス会はどうやら学年ごとに何かやることを決めているようであり、最初は四年生の喜劇であった。高校生の自分が見るものながら、別に出来は悪くはないものであった。ストーリーの流れは分かりやすく、クスリと笑ってしまうようなネタまで組み込まれおり、我らが文化祭の映画のレベルの程度を知らしめられたような気分だ。まあ実際にそうなのだが。俺はステージ裏で軽食として出されていたサンドイッチをちみちみと食べながら小学生の出し物を眺めていた。サンドイッチを五つほど食べ終わると、小学生の出し物はすべて終了していた。流石に時間的な余裕もないため、それほどまでに大々的な代物をつくることはできなかったようだ。さてこれからが、SOS団による出し物である。色々な意味でカオスをごちゃまぜにし、それをひっくり返したようなものになることは目に見えて明らかだが、小学生らはこんな変な連中が何をしでかすもんかと疑いの目をステージに向けている。明らかにこれから何が始まるのかと胸をドキドキワクワクとさせてる奴など妹くらいしかいないかった。

さて、まずはエスパー青年の古泉樹の出し物である。俺らはそれぞれ、一人一人出し物を考えろと団長から命令をされたのだ。だからと言って絶対に一人でやらないというわけではなく、団員内での協力はオッケーとのことだったので俺は即座に朝比奈さんに一声かけるも、それは団長様が悪即斬の勢いの如くNGを出したのは非常に困惑した。


「なんでダメなんだよ」


「あんたはトナカイの被り物をして一発芸をするんでしょ。滑ったときにみくるちゃんが横にいたらみくるちゃんも滑っちゃってることになるじゃない。あんたは他の人と協力したらだめだからね」


などというハルヒの自分を悪と認めずに行われる悪行に俺は何一つ反論できることもなく、苦汁を飲まされたということである。そのことが夢ではない証拠にハルヒの持つ紙袋の中からトナカイの被り物の頭が飛び出ている。部室でのパーティの際に一度つけているからそのトナカイ頭がジャストフィットすることは残念ながら俺は知ってしまっている。突然変異であのトナカイの被り物の大きさが小さくなったりはしないだろうか。純真無垢に超常現象の発生を切に願っていると、別のBGMに切り替わり、古泉の出し物が始まった。古泉が行おうとしているのはどうやらマジック的なものであった。元々の属性を考えても、エスパー少年がマジックを行うというのは疑問も浮かばせないような組み合わせであるがこいつの場合詐欺師にしか見えん。しかし、古泉なりにかなり練習をしてきたようでその努力すら感じ取らせないほど、スムーズに円滑にマジックは進んでいった。エスパー少年古泉のトリックショーは恙なくも終わり、次に出し物を披露したのはハルヒと長門であった。こいつらは、文化祭でのバンドをここでまた再現するようである。どうやら長門はハルヒに誘われたようだが、どうせなら俺も合いの手を入れる役とかで参加させてほしかった。それでトナカイ芸がなくなれば、安いもんだろ。というか今更だが、このバンドに朝比奈さんが参加してないことが驚きだ。ハルヒなら長門にギター、朝比奈さんにはタンバリンでも持たせるもんだと思ってたんだがな。何かまたハルヒはよからぬこと考えてるんではないか。確信めいた予想が現実になりつつあるのを俺は何もできず見守ることしかどうせできないだろうけどな。

 なるほど、と。俺はそう納得した。中学時代からのハルヒの奇行は谷口から耳にタコができるほどに聞かせられたが、俺は未だハルヒ学の入門の書を読了できていないらしい。朝比奈さんがロリキャラで胸が大きいというだけで部活に強制加入させるようなそんな野郎なぞ俺にだって図れるわけではないのだ。全体的に暗い体育館。ステージの中心に集まるライト。その中心に立つ、先ほどとは違うタイプのサンタドレスを着た朝比奈さんがクリスマスソングらしい洋楽に手足をオドオドと動かしている。その動きは糸が切れたマリオネットのようにぎこちなく、クリスマスをお祝いするダンスというよりは、隠れた土地に住む民族が雨乞いをしているように見え、こちらに悲壮感を漂わせている。ハルヒが朝比奈さんに対し、いらん悪知恵を吹き込み、強要されたのは白日の下にさらされたも等しく、それはいつもの如く、キリストの生誕祭なぞ一ミクロンとも祝おうとする気がなく、ただハルヒがやらせたいことをやっている、いつものSOS団の活動と相違なかったのである。教師どもは朝比奈さんのサンタドレス姿について何やら協議をしているようで、どうやら朝比奈さんをステージから引っ張り出すかどうかの話し合いをしているようだった。しかし、さっきの凛々しいバニーガール姿に比べればまだましで、クリスマス会という企画にも沿っているということから、止める必要はないという結論に至ったらしい。小学生男子の目線は教師の心配を如実に表している。クリスマスの衣装に外国のクリスマスソングに合わせて、ダンスもどきをステージ上でスポットライトを受けながら舞う朝比奈さんは何とも可憐で、そして、かわいそうであった。ステージ裏に帰ってきた朝比奈さんは少し涙を目に含ませていた。


「朝比奈さん大丈夫ですか?」


「大丈夫ぅ……ぐすっ、じゃあ着替えてくるね……」


俺の一声など耳を通りすぎているかのようで、薄い反応をこちらに見せ、朝比奈さんはそのままの足で更衣室へと向かった。就活に失敗した大学生のような哀愁を漂わせつつ、俺の視界から朝比奈さんは消えていった。


「さて、最後はトナカイ頭のキョンの登場よ! すっごい一発芸でみんなを爆笑の渦に叩き込んであげるから期待しなさい」


ハルヒの意気揚々としたなんら書いた覚えのない自分の出し物の紹介文を小耳に挟みながら、俺は壇上に上がった。トナカイの被り物を被って登場した俺をクスクスと笑うガキども。教師どもまで顔に手を当てて笑ってやがる。ガキどもはともかく、教師どもにはこのトナカイの被り物が被害者の証であることくらい察していただきたい。中にクスクスと笑い声を漏らしてるやつもいる。確かに、こんなカッコで公衆の面前に出ているだけで笑いを誘うのは仕方のないことかもしれないが、どうせなら我慢せずに大笑いしてほしい。その方がハルヒの言う紹介文に嘘がないことになるし、出し物を出すこっちの気持ちも楽になる。


「えーえー、あーあー」


はじめに補足しておくが、これほどの人の前で何かを一人で披露するというのは初めての経験である。長めのマイクテストも当然の行為であった。


「俺たちはSOS団として活動しており――――」


なーんて話をしながら、ステージ横に目を移す。ハルヒはさっさと芸をはじめろよ的な目で俺を睨みつけており、長門、朝比奈さん、古泉はいつも通りであった。ハルヒの目がいうには俺はすぐにでも会場を沸かせるような一発芸を披露せにゃならんようだが、俺は今日、そんな一発芸を一つも用意していない。別に思いつかなかったわけではない。一発芸をやりにここに立っているわけではないということである。まあこんなことを直談判しようもんなら、無理矢理にでも一発芸をやらせることだろうよ。ハルヒが自分で一発芸を考えそれをやらせる、なんてことも考えにくくはない。オールマイティな団長様がどんなネタを考えるのか。それはそれで見てみたい気もする。


「えーっと、俺は一発芸をやることになっていた。……のだが。急に別のことがやりたくなったので別のことをやることにする」


俺は、こう、意を決して発言したのである。案の定、急に会場がざわつきはじめた。ざわつきを通り越し、煩い声を上げる奴が現れることは当然予測できていた。


「こっらーキョン! 何勝手なことやってんのよ。団長の命令は絶対なのよ。逆らうなんて許されないんだからっ」


破竹の勢いでの俺に対する批判を浴びせるこの声はあのハルヒ以外に誰もいないのである。しかし、普段ならなだめるなり甘やかすなり対応していたが、俺はこの批判は無視すると最初から決めていた。


「俺が今しがたやりたいと思ったことをここにいるみんなでやりたいと思う。それは……」


その瞬間、温まっていた会場の空気は打ち水を急にされたかのような静まり返りを見せる。昨日見たクイズ番組で最終問題の正解発表もこんな雰囲気だった気がする。それだけ重荷が俺の双肩にかかっているわけだが、俺が次に発した発言は別に出し物としては申し分ない意外性も全くないノーマルなイベントであった。


「宝探しだ」


なあ、普通だろ。クリスマスにぴったりかと聞かれればそれは返答に困るのだが、立派に盛り上がりそうなイベントだろうよ。その証拠にガキどももまたざわつきはじめる。いい意味でのざわつきだ。俺もガキの頃、宝地図だの隠された宝だのに興味関心をよくそそられたものだ。そうなる気持ちは分からなくもない。ガキどもが騒ぎ始めると同時にステージ横もまたうるさくなってきた。


「ルールはシンプルだ。この宝地図に書いてある謎を解いて、学校のどこかにおいてあるお宝引換券を手に入れて、ここまで戻ってくるんだ。ちなみに学年ごとに問題と引換券のある場所は違うからな。あとは……あっ、そうだな。早く見つけたたいからって走るのはだめだぞ。隠しカメラで走ってないかチェックしてやるからな。……まぁこれくらいか。じゃあ参加したい奴は俺のとこに来て何年生か言ってくれ」


俺はそう言ってマイクのスイッチを切った。と、同時に我先にと低学年の子がステージに殺到し始める。それを見た中、高学年の子らも徐々にステージに集まり、そしてまた徐々に学校中へ散っていく。俺は恐れながら、ステージ横に目を配ると、ハルヒは不思議にもなんだか、羨ましそうな目で小学生たちが体育館から出ていくのを俺は確かに見た。そう見えていても、実は後で相当ケチつけられることは変わらんだろう。どのくらいのお宝を貢げば許してもらえるだろうか。お宝として用意したお菓子のあまりでは許してもらえないだろうか。小学生との対応の端で俺はそんなことを考えていた。




 聖なるクリスマス会の次の日の二十六日。俺は、目が覚めると早速、昨日の出し物の思い出に浸っていた。みんな笑っていたことだし、ベクトルは違えど、笑わせたことに違いはない。それに自分の中で達成感と喜びが生まれたことも事実だ。石器道具を始めて作った昔の人も俺と同じような気持ちになっていたことだろう。などと感慨に耽っている俺を遮る人が現れたのである。

予定というのは前々から参加する人たち全員で話し合いながら決めていくべきだと思うのだが、こいつの常識は俺の常識と同じものではないと再確認させるものになったのである。


「反省会をするわよ」


なんなんだろうな。この発言を聞いたのは反省会当日、クリスマス会の次の日のことである。俺の空っぽのスケジュール帳のことを把握していることを忌々しく思う。一日ぐらいインターバルを挟んだところでサンタの野郎は怒ったりしないと思うんだがな。反省会をしないで次回開催をしないことこそが、サンタの意思じゃないかと俺は思うがね。予定が急に決まるのはいつものことながら、慣れることなんてできないし、慣れたくもない。しかし、蓋を開けてみれば、ただのおしゃべり会のようなもので、反省というべき事柄がなかったことは報告せねばなるまい。昨日の俺の勝手な振る舞いについては特段触れられなかったし、相手から振ってこない以上、自分からも別に振る必要はないと感じていた。反応がないのもそれはそれでかなり怖いものがあると思ったが、それはもう許されたという好意的ポジティブ解釈でお茶を濁すことにする。いつもこんな平和的な会合をずっとやっていればいいのにという願いを俺はうっすらと願っていた。俺が平和を噛みしめていると、ハルヒ消失事故の体力、精神力が回復したとどっかの誰かが思ったのが悪いか、新たな問題が俺の元へと運ばれてくるのである。まだ、一週間しかあの事故から経ってないんだぞ。もうちょい平和を噛みしめたかった。そう、俺のこの日の夜思うことになる。

既に日は沈み、俺はいつも通り冬季に出された課題の術により頭がおかしくなりそうになり、昔読んだ漫画に手を出し、休憩という名の現実逃避をしていた。もちろん課題は全くと言っていいほど進んでいない。今度あいつらにみせてもらおう。


「キョン君これポストに入ってたんだって」


毎回ノックもせずに入ってくる妹への叱責はいつになったらやらなくてすむのだろう。しかし、それ以上の謎が俺の頭を混乱させていた。はて? こんな時間に郵便物か。早朝の分が遅刻をしてきやがったのか? なんにしても俺は文通をしている相手なんていないし、変な迷惑セールスにかかった覚えもないぞ。差出人の名前のなけりゃ、俺の名前も書いているわけじゃない。一体郵便局員はなんでこの家に届けたんだ。俺は様々な疑問を浮かばせつつ、封筒の外装を剥ごうとする。


「なぜお前はまだここにいるんだ?」


「だってー女の子からのラブレターかなって」


俺は妹を部屋から追い出した。そんな喜々とするような内容が俺に送られてくるわけがないだろう。もう少しやるにしてもやり方を再思考すべきだ。何故に家族に見られる可能性があるのに、夜にポストに入れるんだ。という疑問が出てくる時点でラブレター説は却下だ。こんな思い立ったら即行動するようなことをする奴はハルヒ以外にはあと一人しかしらん。俺は恐喝や殺害予告ではないことを祈りながら封を切った。


「なんだ、これ……?」


そこに書いてあったのは日本語でなけりゃ、英語でもない。恐らくどこかの北国の言語でもないだろう。何かの記号の羅列のようであった。まだ間に合うか? 古泉にでも押し付ければ、呪われるのはあいつになるのだろうか。それにしても、国語と外国語の学力が平均より下の俺に意味の分からん記号羅列を日本語訳しろというのは荷が重いし、もう眠気が襲ってくる時間帯にそれをぶつけてくるのもまた、いやらしい。しかし、俺はこの文字羅列にどこか見覚えがあった。


「あっ、あの時のか」


三年前に時間遡行した際に中学時代の涼宮ハルヒに命令され、俺が書いたあの文章――――私はここにいる。その記号羅列の文字に非常にこの手紙の文字が似ているのだ。完璧に同じだとは言えないため恐らく違う内容だとは思うのだが、明らかにその類の文章であった。だとしたら、頼れるのはあいつしかいないじゃないか。しかし、もう夜は遅い。夜の十時を回っている。今から行っても長門は普通に対応してくれるだろうが、さすがに今の時間から女子高校生の家を訪問するのは俺の持つ勇気の量では実現するのは無理そうだ。それにたくさん歩き回ったせいかもう眠い。明日は今のところSOS団の活動もないようだしちょうどいい。明日長門に聞きに行こう。そう思ったのを最後に俺は布団の中に潜り込み、睡眠欲の発散に努めた。




次の二十七日。俺は目覚ましをかけずとも規則正しい時間に起きることができるなんて言ってみれば理想的な生活習慣を維持できていることになると思うのだが、俺の場合は少し違っていた。


「キョン君起きてー」


まだ十一の小学五年生の妹はできの悪い弟を起こすように毎朝起こしに来るのである。忌々しいたりゃありゃしねえ。俺が十一の頃なんてまだ枕に涎たらしながら昼まで寝ていたというのに。俺と同じ遺伝子を持ちながらこの妹はどうやってできあがったのだろうか。珍しく俺は布団の温もりをさっさと脱ぎ捨て、冬の冷たい空気に身をやった。妹は非常に驚いていた。朝食と身支度を済ませると、冷えたチャリンコに乗り込み、あのマンションに向かい飛び出した。こう急ぐのも、手遅れになってまた何かを失うのが怖かったからだ。


「すまんな、長門。あんなことがあった後にもうお前に頼ってしまうなんて」


「別にいい」


勢いでこの部屋までやってきたが、部屋に通され、腰を下ろすと冷静に思考することができた。これじゃ今までとまるで一緒じゃないか。何かが起きて、長門をとりあえず頼って。それで解決して。俺はそれで満足していた。それじゃダメだって昨日分かったばかりじゃないか。俺は長門を何でもできる万能宇宙人だと思っていた。確かに万能ではある。しかし、俺は万能であるが故の欠点に気づいていなかったのだ。高次元の存在がつくったアンドロイドとはいえど、万能であっても理想である完璧な個体は究極の個体はそれでもつくれなかったのだ。それともこんな人間じみたことを、エラーを蓄積し始めたのもハルヒがそう願ったかもしれない。自己表現のない長門に変わってほしいとあいつが願ったからではないのか。俺もまた、多分、古泉や朝比奈さんもそう願ってきたことだったから。言われたことにしか反応しない無表情ロボットが、堪忍袋が切れ世界を変えた時、確かに俺は絶望した。だが、堪忍袋が切れたお前はそんな中でもこのSOS団普通代表のこの俺に全てを委ねたのだ。俺に選択権を与えることなく世界を変えることだって長門ならできたろうに。絶望の中で俺は選択使を二つ見つけ、そして、エンターキーを押した。俺はまた長門にもっと苦しめと間接的ではあるが言ってしまったようなものだ。やはりもっと自分で考えるべきだろう。何か自分の部屋にヒントくらいならあるかもしれない。それを一つでも見つけてから長門の部屋に来るべきだった。


「私を気にする必要はない」


そう言ったのは長門だった。


「私のエラー動作を懸念しては、あなたのもつ問題は解決できない。私なら大丈夫」


「いや、そうはいってもだな……」


「大丈夫」


こういう我慢比べをすると負けるのはどうせ俺だ。そもそも、俺の薄っぺらい頭のみで問題を解決するなんてそもそもの話無理だろう。俺は未だに回転を続け、オーバーヒートを起こしそうな頭に冷や水をかけようと長門の淹れてくれた熱い茶を口に注いだ。

俺は長門に事の経緯を説明し、ポケットから少しよれよれになった手紙を取り出し、長門に見せた。


「解読不能」


そう言ったのも、また長門だった。そう、淡々と言い放った。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ」


俺は焦りだした。あまりにも大きい衝撃に俺は立ち上がった。この焦燥感こそが今までの長門への態度を物語るものだというのに。


「どうしてなんだ」


「この書いてある内容自体に特別なプロテクトコードが組み込まれている。そのコードを解くに必要なものを私は持ち合わせてはいない。用意することができるようなものではない。恐らく、古泉樹や朝比奈みくるを頼っても意味はないだろう」


じゃあどうしろと。


「コードを解くに必要なものを持った人間を探すことが必要。それ以外に方法はない」


なんで俺が読めないものを俺んちに入れていきやがったんだどこかの誰かさんはよ。どうせなら日本語訳をつけて、差出人くらいは書いててほしかったぜ。そいつんとこに押しかければ答えは分かるはずだからな。もしかして宛先が間違っているということはありえないだろうか。


「これは間違いなくあなたに送られたもの。ただ……」


「ただ……?」


「あなたがこの謎を解けば、涼宮ハルヒの心の安定に繋がるだろう。またこの手紙自体が、私が前行ったようなエラー動作のトリガーとなることはなく、世界に影響を直接与えるものではない」


またハルヒか。結局、不思議な出来事はなんだかんだいって全部アイツのせいなのだ。この紙切れの問題を解決したところでハルヒの心の安定はしたとしても、それによって俺の心と体力がどれだけすり減ることになるのか、考えたくもない。不安な要素がないならなおさらだ。なーんて今までなら逃げ腰だった俺だが今回はそうもいってはいられない。どうだろう。今まで長門に頼りきりだった俺がよちよち赤子レベルに自立するにはいい機会だろう。


「ありがとな、こっちで何とか頑張ってみるよ」


そう、さっきまで人を頼ろうとした言うやつのセリフとは程遠いが、それぐらいの格好をつけないとすぐに長門に泣きつきそうになるからな。俺は長門の出してくれた茶を急いで残り全て口に流し込むと、長門宅を後にした。


「頑張って」


彼女がドアの閉まり際にそう小さく呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

さて、ああ言って自宅に帰ってきたはいいものの、どうすればいいのか皆目検討もつかない。不思議現象の解明に相応しいあいつらもあてにならないのだとすれば、正直俺は何にまず手をつけるべきなのか分からなかった。俺にこの手紙について分かるのは厚紙のような素材が使われていることと、赤く縁取りがされてあることが分かる程度である。外装には何もかかれていない。バッグの中を一応漁ってはみたり、部屋をくまなく調べてはみたものの、ヒントとなるようなものは微塵も見つかりはしなかった。あの時と違い、問題にタイムリミットが設定されていないのは唯一の良かった点だろう。自分が知らないだけかもしれないが。このカードによって何かを失うことがないというのは長門のお墨付きだ。俺の頭程度で考えられる問題ならそう難しいものをあちらさんは出したりはしてこないだろう……と願いたい。自分なりに頑張ってみるか。と、意気込む健気なる俺を止める奴がいたことはここで触れておくべきだろう。誰であろう、あのSOS団団長様の涼宮ハルヒである。

それは昼過ぎにやってきた。昼飯を食い終わり、カードについて考えようと思考を巡らせるも、炬燵の温もりによって睡魔を大量に召喚しきった時、携帯のバイブレーション機能が作動し、涼宮ハルヒの文字を見たとき。あの時、睡魔がみるみる浄化していくのを身に染みて感じた。


「アンタ、明日暇でしょ。明日正月の用意するから十時に部室集合ね」


その一言を言ったきりすぐに電話は切れてしまった。さて思い出していただきたいが、俺は昨日の正月のSOS団の会合のハルヒの誘いに対し、ウンともスンとも言っていないのである。そういうことを直接ハルヒに言おうもんなら「アンタどうせ暇でしょ」と言われるだけである。事実に変わりなく、言い返せないことに行き場のないものを感じてしまう。返事の一言くらい聞くことくらい容易かろうに。まあアイツからすれば参加することに変わりはないのだろうが。俺は結局手紙について何一つ妙案が浮かぶことなく、今日を終えた。

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