1436話 オレを楽にしてくれ
「う……。あ、ああぁ……」
俺は頭を掻きむしる。
どうして俺は……流華を侍たちに引き渡したんだ?
いや、そもそもスリなんて見逃せばよかったんじゃないのか?
ヤマト連邦の実情からズレている、俺の倫理観や正義感。
それらを振りかざすことによって、流華をさらに転落させてしまった。
「クソッ!!」
俺は地団駄を踏む。
後悔してももう遅い。
そんな俺に、紅葉はおずおずと声をかけてきた。
「高志様……。その、流華さんを……」
「……ああ、そうだったな」
俺の愚行自体は、今はどうでもいい。
反省は後でもできる。
それよりも今は、愚行の結果の方をなんとかしなければならない。
俺は流華に向き直る。
彼は全てを諦めたような、力のない笑みを浮かべていた。
「見ての通りだ。オレみたいなスリは……死ぬしかないのさ」
「そんな……」
紅葉が絶句する。
彼女も、村では困窮していた。
他人事には思えないのだろう。
流華は言葉を続ける。
「どうした? てめぇがオレにトドメを刺してくれるのか?」
「違う。俺は……その……」
「ふん……。こうなっちゃ、もうオレはおしまいだ。煮るなり焼くなり好きにしやがれ」
「いや……そうじゃなくて……」
俺は何を言えばいい?
彼を救うためには……。
「ひ、左手はまだ無事だろ? ちゃんと働けば……」
「無理だな」
「なんでだ?」
「この手じゃまともな仕事なんてねぇよ。そもそも、前から仕事なんてなかったぐらいだからな」
「それは……」
流華はまだ子どもだ。
年齢は紅葉と同じく、12歳ぐらいだろう。
いや、それよりも少し下か?
現代日本なら、ヤンチャボウズとして小学校の先生を悩ませていそうな年齢だ。
環境次第ではそんな彼にできる仕事も少しはあっただろう。
だが、今のこの街にはないらしい。
「街の連中にも目を付けられてるしな。オレを雇うなんてあり得ねぇよ」
「…………」
彼はスリの常習犯だった。
取り締まる側の侍たちには警戒されているし、一般住民からも顔を覚えられているらしい。
「もう、オレを楽にしてくれ……。その握り飯は返すよ……」
流華が目をつむる。
もう彼は生きるのを諦めていた。
そんな彼を見ながら、俺は思う。
俺に何ができる? と……。
「……」
俺は流華を見る。
彼はやせ細り、明らかに栄養不足だった。
侍連中に制裁されたのか、全身がアザだらけ。
そんな彼に、俺は……。
「俺がなんとかする」
「え?」
流華が目を開く。
そして、俺に聞いた。
「なんとかするって……どうするんだ?」
「まずは治療だ。俺についてこい」
「治療……? ああ、医者にでも見せようってのか?」
「いや、そうじゃない。俺は治療魔法が使えるんだ。それで治療してやる」
「え?」
流華はぽかんとした顔になる。
そんな彼に、紅葉が言った。
「高志様はすごいんですよ! とってもお強いし、いろんなことができて……。流華さん、きっと元気になれますよ!」
「え? あ……?」
流華が助けを求めるように俺を見る。
そんな彼に、俺は言った。
「頼む、俺といっしょに来てくれ。考えなしの愚行の……罪滅ぼしをさせてくれ」
「あ、ああ……。分かったよ……」
流華が頷く。
こうして俺は、彼を治療することにしたのだった。
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