819話 そんな変態集団、俺は知らない

 俺は騎士団の隊長室を訪れた。

 イリーナとレティシアが出迎えてくれたのだが、俺の失言を追及されている。


「お、オパンツ戦隊だって? き、聞いたことないなぁ……。あはは……」


 俺は誤魔化すように笑った。


「ふぅん……」


「なるほど」


 二人がジトッとした目を向けてくる。


「そっかそっか。知らないのか~」


「ああ。そんな変態集団、俺は知らない」


「変態集団?」


「だってそうだろ? 頭に女性用の下着を被るなんて、どう考えてもおかしいだろ?」


 俺は敢えて侮蔑的にそう言う。

 実際には俺自身のことなので侮蔑するのはおかしいのだが、こうした態度を取ることで『オパンツ戦隊とタカシは無関係である』とアピールしたいのだ。

 我ながら完璧な作戦である。


「「…………」」


 イリーナとレティシアが何とも言えない表情で顔を見合わせる。


「ねぇ、レティシアちゃん……」


「そうですね。イリーナ大隊長。これはあれですね……」


「あれって?」


 俺は二人の会話に割り込んでそう問う。

 だが、その問いに対する答えはなかった。

 代わりに、イリーナとレティシアが距離を詰めてくる。


「お、おいおい。どうしたんだよ? 二人とも」


「「…………」」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。何だよこの雰囲気。まるで俺が襲われそうな感じじゃないか。待て待て。落ち着いて話し合おう」


「もうそんな段階ではないよ」


「そうですよ、ハイブリッジ男爵――いえ、レッド仮面さん?」


「くっ……」


 おかしい。

 どうしてオパンツ戦隊・レッド仮面の正体が俺だとバレた?

 俺は後ずさるが、すぐに壁にぶつかった。

 逃げられない。


「オパンツ戦隊のことを知らないのは分かるよ? むしろ、まだ知らない人の方が多いだろうし」


「もちろん、知っていても不思議はありません。こうして指名手配しているのですから」


「だ、だろ? 俺に何も不自然な点はない」


 ジリジリと距離を詰めてくるイリーナとレティシアに対して、俺はそう主張する。


「でもね。オパンツ戦隊を聞いたことがないと言いつつ、彼らが変態集団であることは知っている。これは、どう考えてもおかしいよね?」


「しかも、最初に『オパンツ戦隊・レッド仮面』と名乗ってましたし……」


 くっ……。

 そういうことか。

 うっかりしていたぜ。


「ま、待ってくれ! これには山よりも高く谷よりも深い事情があるんだ!」


「問答無用だよ! 話なら拘束後に聞くから」


 イリーナが冷たく言い放つ。

 くそっ!

 ミリオンズの面々、あるいは花や雪であれば、理由くらいは聞いてくれたはずだ。

 仲は深めているとはいえ、イリーナやレティシアは加護(微)にとどまる。

 忠義度の差が、こうした有事の際の対応に差が出るというわけか……。


「観念してください、ハイブリッジ男爵」


「ちっ! 黙って捕まってたまるか! はあぁっ! 【聖闘気・四聖の――」


「遅いっ! 【クロック・ダウン】!!」


 イリーナが俺に向けて魔法を発動する。

 すると、世界が止まった。

 ……ように一瞬錯覚した。


「な、なんだこれはっ!?」


 俺は動揺する。

 何だかおかしい。

 何かがおかしい。


 これは……。

 時の流れが乱れているのか?

 思考速度を基準として、体の動きや闘気の操作の速度が一回り落ちている気がする。

 せっかく発動しかけた聖闘気も、制御ミスにより霧散してしまった。


「へえ……。さすがはタカシちゃんだね。一般人なら5割、騎士団のみんなでも3割くらいは速度を落とすことができるのに、まさか1割程度の低下に抑えるなんてね」


 イリーナが得意げに言う。


「お、俺に何をしたんだっ!?」


 俺はそう叫ぶ。

 自分では普通に発音したつもりだったのだが、声帯の操作がやや覚束ない。

 本来の発言速度よりも、1割ほど遅くなっているようだ。


「アタシの時魔法『クロック・ダウン』で、タカシちゃんの時間を遅らせたんだよ」


「そ、そんな魔法があったのか……?」


 そう言えば、オパンツ戦隊として彼女たちと遭遇した際にも同じ魔法を使われた気がする。

 あの時はギリギリ避けることができたが。

 今回は至近距離かつ密室だったので、逃げられなかった。


「うん。自分で言うのも何だけど、激レアな魔法だからね。タカシちゃんが知らないのも無理ないかも。空間魔法、重力魔法、磁力魔法、治療魔法あたりよりもさらに珍しいから」


「な、なるほど……」


 俺は納得してうなずく。

 それほど珍しい魔法なら、これまで使い手に遭遇しなかったのも無理はない。


 空間魔法や重力魔法はステータス操作で習得できるのだが、時魔法というのはスキルの取得候補として存在していなかったと思う。

 おそらく、取得だけは自力でする必要があるか、そもそも才能や種族特性により取得の可否が決まっているタイプのスキルだろう。

 『闘気術』『聖魔法』『獣化』『竜化』あたりと同じようなイメージかな。

 ……って、こんなことを考えてる場合じゃないな。


「それで、俺をどうするつもりだ?」


 俺は警戒しながらそう尋ねる。

 速度の1割減――。

 格下相手であれば、特に問題のないデバフだ。

 しかし、素の戦闘能力が俺と同程度のイリーナを相手にするにはキツイ。


 さらに、この場にはレティシア中隊長もいる。

 俺やイリーナに比べればやや格下とはいえ、彼女もかなり強い。

 その上、いざとなれば向こうはいくらでも援軍を呼べる。

 この隊長室から少しだけ歩いたところでは、今も小隊長を含めた大勢の騎士が鍛錬中だからな。


「もちろん、捕まえさせていただきます」


 レティシアはそう言って微笑むと、俺の腕を掴んだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


「待たないってば。大人しくしてなよ。罪状は猥褻物陳列罪だから、大した罪にはならないよ。騎士団としても、陛下のお気に入りの男爵さんに汚名を着せたくはないし……」


「そ、そうなのか?」


 ある意味、男爵という身分で事件をもみ消すようなイメージだろうか?

 あまり風聞は良くないが、致し方あるまい。


「ふふっ。じゃあ、手錠をガチャンっと……」


「うっ!? ち、力が……」


「これは『魔封じの枷』といってね。いくらタカシちゃんの魔力が強大でも、専用の高級魔道具には抵抗しきれないでしょ?」


「そ、そんなものまで用意しているのか……。くそっ!」


 俺は必死に抵抗するが、そもそも力が入らない。


「さて、レティシアちゃん。この部屋に誰も入ってこれないように結界モードをオンにしてくれる?」


「はい! では……ポチッとな」


 レティシアが部屋の隅にあったボタンを押す。

 すると、特殊な魔力が部屋を覆ったような感覚を覚えた。

 それと同時に、外の音が聞こえなくなった。

 聴覚強化を持つ俺でも外の音が聞こえないとはな。

 相当な遮音性能だ。


「これでもう大丈夫です」


「よし! それじゃ、楽しい尋問の始まりだねっ!」


「了解しました。ハイブリッジ男爵に情報を吐いてもらいましょう」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! まだ心の準備が――」


 俺はそう叫ぶが、イリーナとレティシアに止まる気配はない。

 いったいどうなってしまうんだ……。

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