752話 儚くともまた美しい

 ノノンが落ち込んでいる。

 自分がパンツを履いていないことを思い出したからだ。

 ここは気の利いたことを言って慰める必要がある。


「大丈夫。あなたはとても魅力的です」


「そ、そうでしょうか?」


「はい。パンツなど履いていなくとも、あなたは美しい」


 俺はキリッとした表情を作ってそう言う。


「うぅ……。でも、わたしは騎士様に相応しくありません」


「それはなぜ?」


「あの男たちにパンツを剥ぎ取られて、大切なところを見られてしまいましたから……。ううっ。誰にも見せたことがなかったのに……」


 ノノンが悲しげな声で言った。

 あの男とは、おそらく『闇蛇団』のことだろう。

 確かにあんな変態どもに見られてしまえば、トラウマになっても仕方がない。

 実際に手を出してはいないだけまだマシとも言えるが、この年頃の少女にとっては見られるだけでも十分過ぎる辱めだ。


「安心してください。私がついています」


 俺はノノンの肩に手を置き、微笑みかける。


「でも……」


「あなたの身も心も、これからはすべて守ってみせますよ」


 俺は自信満々に言い切った。


「…………」


 だが、ノノンの表情は晴れない。

 くそっ。

 がんばってキザなセリフを吐いたというのに、伝わらなかったのか……。

 ここは思い切って方向性を変えてみるか……。

 キザでダメなら、お笑い方面か?


「パ、パンツは……」


「……?」


 ノノンが首を傾げる。


「…………」


 俺は言葉に詰まる。

 やはりダメだ。

 俺にはセンスがない。

 ギャグ方面で気が利いたセリフが思いつかない。


「……」


 俺が悩んでいる間にも、ノノンはじっとこちらの顔を見つめていた。

 そして、その顔はますます暗くなっていく。

 マズい!

 なんでもいいから捻り出すんだ!

 がんばれ、俺の灰色の脳細胞!


「パンツは人生と同じだ。履かなくともまた美しい」


 俺は必死になって考えた結果、こんな言葉を口にした。

 しかし、これではあまりにも意味不明すぎる。

 ノノンはきょとんとしている。

 そりゃそうだ。


「ふふっ」


 だが、ノノンは少し笑った。

 よし!

 うまくいったぞ!!

 ここで畳み掛けよう。


「ちなみに今の言葉ですが。『人生は儚くとも美しい』と『パンツは履かなくとも美しい』とを掛け合わせて作った言葉なのです」


 俺は得意げに語る。

 我ながら完璧なダジャレである。


「……」


「……」


 沈黙が流れる。

 あれ?

 一度はウケたのにな……。

 自分で自分のギャグを解説するのはマズかったか?


「……」


「……」


「……あはっ!」


 ノノンが吹き出した。


「あはははははっ! 騎士様、面白いですね!」


 ノノンは笑い続ける。

 よかった。

 なんとか危機を乗り越えたみたいだ。


「はぁ~。おかしい……。騎士様のお名前はなんとおっしゃるんですか?」


「私の名前はタカシ=ハイブリッジと言います」


「ハイブリッジ様ですか……。あはははは……」


 ノノンはまだ笑ってる。

 どうやらツボに入ったらしい。


「ところで、お姫様はどうしてこのようなところに?」


 俺はノノンに尋ねる。


「ええと、わたしがここにいる理由は……」


 ノノンが事情を説明していく。

 やはり、彼女が例の『奴隷少女』であり、『飛び切りの宝』で間違いなさそうだ。

 両親の治療や生活費のためにギャンブルに手を出し、それなりの額を稼いだまでは良かったものの、気がつけば負けが込んでしまって逆に多額の借金を背負わされたようだ。


(ふうむ。欲張った少女の自業自得、とは言えまい)


 現代日本でもたまにある手口だな。

 初心者を勧誘して最初だけは勝たせる。

 調子に乗った初心者をそそのかし、レートを吊り上げていく。

 そして頃合いを見計らって、逆襲を始めるのだ。


 自らを過大評価している初心者は『今は一時的に調子が悪いだけ』などと考え、途中撤退を選択しない。

 そして気がつけば最初の勝ち分を溶かし、借金漬けとなるわけである。


「事情はわかりました。それでは、お家に帰りましょうか」


「え? で、でも……。あの怖い人たちが……」


「怖い人たち? ああ、ここの連中は全員を拘束済みです。向こうの部屋で、私の仲間や配下たちが見張っています」


「そうなのですか!? あのロッシュさんとかも……?」


 ノノンが目を丸くする。


「はい。だから安心してください」


 俺は笑顔を浮かべ、彼女にそう言った。


「ふぇええ……。騎士様はすごい人なんですね……」


 ノノンが憧れるような視線を送ってくる。


「いえ、大したことではありませんよ」


 俺は謙遜しながら言う。

 ノノンの忠義度はいい感じで上がっているな。

 やはり、年下の女性は忠義度が上がりやすい。

 この調子で稼いでいきたい。


「さあ、それでは改めて戻ることにしましょうか」


「あ、あの、その前に……。その……」


 ノノンが顔を赤らめる。


「ん? どうかしましたか?」


「ううっ……。ごめんなさい……。下着を履きたくて……」


 恥ずかしげにノノンが口にした。


「しかしそう都合よく姫様に合う下着は……。いや、待てよ……」


 俺はアイテムルーム内を探す。


「ありました! これでどうですか?」


 俺は少女用のパンツをノノンに差し出す。


「こ、これなら大丈夫かもしれません。でも、なぜ騎士様がこのようなものを……?」


「ふふふ。こんなこともあろうかと、下着類は常備しているのです」


「な、なるほど。さすがは騎士様。どんな人も助けられるよう、いろんな下着をお持ちなのですね」


「え?」


「え?」


 俺とノノンは顔を見合わせる。

 なんか話が食い違っているような……。

 俺は常備しているのは、もちろん年頃の少女用のパンツだけだ。

 後は自分用の着替えも入れているが。

 自分以外用の男もののパンツなど、常備してはいない。


「そ、そういうことですね。ははは。私はいろんな人を助けられるように万全を期しているのです」


「さ、流石は騎士様! 凄すぎます!!」


 ノノンは尊敬の目を向ける。

 ふう。

 何とか切り抜けられたな。

 がんばって稼いだ忠義度がパアになるところだったぜ。

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