731話 薄幸の少女ノノン

 時を遡ること数年……。

 サザリアナ王国王都にて。


「お母さん、見て! お星様!」


「本当ね。綺麗……」


 とある少女が夜空を見上げていた。

 満天の星々が輝いている。


「ねぇ、お母さん」


「どうしたの?」


「お母さんってどうしてお父さんと結婚したの?」


「えっと……それは……運命かな?」


 少女の母親はやや照れたように言う。


「ふーん。そうなんだ。あー、わたしもいつか運命の人と出会えるのかなぁ……」


「そうよ。きっと素敵な男性に出会えるわ」


「うん!」


 少女は元気よく返事をした。

 この時点では、彼女の未来は明るいものになるように思われた。


*****


 少女は両親に愛され、安全で豊かな王都で幸せな生活を送っていく。

 そんなある日のこと……。

 少女が日課に水汲みから帰って来ると、家の中に暗い雰囲気を感じた。

 見ると、母親が顔色を蒼白にしている。


「何かあったの?」


 少女が不安げな表情で尋ねる。


「ノノン……。大変なの。お父さんが魔物狩りで失敗して大怪我をしちゃって……」


「え!? お父さんが!?」


 少女……ノノンは慌てて父親の部屋へと駆け込んだ。

 そこには、ベッドの上で苦しむ父親の姿があった。

 右足と左手がない。

 今は眠っているようだ。


「治療費と生活費を何とか工面しないと……。このままじゃ家が潰れてしまう……。ああ、なんてことなの……。この子まで路頭に迷ってしまうわ……」


 母親は頭を抱えて震える。

 彼女の夫は冒険者としてそれなりに有名だった。

 だが、蓄えは今回の治療で消え失せるだろう。


 しかも、治療とはいえ完治するわけではない。

 この大怪我では、冒険者として再起することは不可能。

 一家は大黒柱を失ったのだ。


「わたしが働いてお金を稼ぐよ! だから安心して」


「ダメ!  あなたはまだ子供じゃない」


「だいじょうぶだよ! ちゃんと稼げるから!」


「でも、あなたにもしものことがあったら……」


「平気だってば!」


「……わかった。それなら、まずは私の知り合いに話をつけてあげる。だけど、絶対に無茶はしないでちょうだい。危ないことはしてはいけないわ。いい?」


「うん!」


 こうして、ノノンは働きに出ることになった。

 もちろん母親も、夫の看病をしつつ働く。

 父親も、右足と左手がない体で、できることを頑張っていた。


 そして、しばらくは生活費と医療費を捻出することができた。

 しかし、それも長くは続かない。

 どうしても足りない分を借金という形で借りることになったのだ。


 利息が少しずつ膨らんでいき、遂には利子を払うだけで精一杯になってしまった。

 やがて、母親の体調までもが悪化していく。


「ごめんなさい……。もう限界みたい……」


「すまん。俺が不甲斐ないばっかりに……」


「お母さん、お父さん……。わたし、どうすれば……」


 母親は過労による体調不良、父親は右足と左手がない。

 残ったのは多額の借金だけ。


 そして、タカシが王都を訪問している現在に至る。


 ノノンは途方に暮れ、街を当てもなく歩いた。

 すると、そこへ1人の男が近づいてきた。

 腕に闇のように黒い蛇の入れ墨を彫っている男だ。

 男はニヤリと笑うと、こう言った。


「嬢ちゃん、困っているみたいだな?」


「…………」


 明らかに怪しく、コワモテの男である。

 ノノンは警戒した。


「おいおい、そんなに睨むなって。俺は別に怪しい者じゃねぇ。お前さんたちを助けてやろうと思って来たんだよ」


「助ける……? どういう意味ですか?」


「言葉通りの意味さ。金を貸してやる。借金の返済に困っているんだろ?」


「…………」


 ノノンたち一家は、確かに借金をしている。

 だが、それは王都に店を構える真っ当な商人からのものだ。

 闇金の類ではない。

 こんな怪しげな男が事情を知っている道理はない。


「その様子だと、信用できないって感じか……。まぁ、仕方ないか」


「……」


「じゃあ、これはお近づきのプレゼントだ。貸すんじゃなくて、くれてやる」


 そう言って、男は金貨の入った袋を渡してきた。


「えっ!?」


「これだけあれば、しばらくの生活費ぐらいにはなるだろ?」


「あ、ありがとうございます!」


 警戒していた怪しげな男から、無償のプレゼントをもらった。

 それも、ノノンが稼ごうとすれば1か月以上は掛かるほどの大金だ。

 疑っていた申し訳無さも相まって、彼女は男への警戒心を完全に解いた。


 それがマズかった。

 男は闇ギルド『闇蛇団』のメンバー。

 警戒する少女を騙すことはお手の物だ。


「いや、そこまでありがたがられるほどの額じゃねえよ。お前さんたちの借金はそれだけじゃ返せねえだろ? あくまで生活費の足しにできるっていう程度だ」


「そ、それはそうですけど……」


「そこで提案がある」


「何でしょうか?」


「いい儲け話があるんだよ。その金を元手にして、稼ぐ方法がな」


「えっと……」


「うまくいけば、借金を完済できるどころか、さらに大金が手に入る」


「ほ、本当ですか!? でも、危ないんじゃ……」


 唐突に湧いたうまい話に、ノノンに再び警戒心が生まれる。


「問題ない。ただのギャンブルだからな。最悪でも、元手を失うだけだ。死んだり怪我をしたりすることは無い」


「……」


「悪い話じゃねえと思うぜ? その元手も、今俺がただであげたやつだからな。負けてもお嬢ちゃんが失うことは何もない」


「わ、わかりました! よろしくお願いします!」


「よし、任せな。案内しよう」


 闇ギルド『闇蛇団』のメンバーにとって、少女はカモだ。

 うまく事を運んだときの儲けに比べれば、今渡した程度の金は端金である。


(くくく……。楽だねえ、ガキをたぶらかすのは……)


 男はほくそ笑みながら、少女を闇カジノへと連れて行ったのだった。

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