683話 魔弾のユナ

「ふふん。腕が鳴るわね」


 ユナがそう言いながら、鼻歌交じりに弓を構える。

 ここは弓術大会の会場。

 王都近郊の森である。


「マリアもがんばるぞっ!」


 こちらもやる気十分だ。

 彼女は以前ミティにつくってもらった弓を持っている。

 ハーピィとして飛行能力を持つ彼女は、あまり重い武具を持たない。

 剣や槍を持てば、せっかくの機動力が失われてしまうからだ。


 また、弓についても普段の狩りではさほど有用ではない。

 火魔法や重力魔法を使えば離れた相手にも攻撃できるし、飛行能力を活かして接近すれば、武闘でも攻撃できるためである。

 とはいえ、剣や弓を練習しておいてまったくの無駄というわけでもない。

 半ば趣味として、ラーグの街にいる頃から定期的に練習していた。


「それでは皆さん、準備はよろしいでしょうか?」


 審判役の男がそう告げる。

 参加人数は10名を超える。

 それぞれが背を向け合い、円状に並んで立っていた。


「準備満タンだよっ!」


「ふふん。準備万端、よ。マリアちゃん」


「間違えた! 準備万端だよっ!」


 マリアが元気よくそう言う。


「うちもいつでもええで!」


 ユナの憧れの女性冒険者……『銀弓』のホーネスがそう返事をする。


「俺もいいぜ!」


「おう!」


「問題ない」


「同じくだ!」


 他の参加者たちも、それぞれそう返事をした。


「では、これより弓術大会を始めます。カウントダウンの後、私が『魔の角笛』を吹きますので。みなさんは、寄ってくる魔物を射抜いていってくださいね」


 魔の角笛。

 演奏者のMPを大量に消費し、魔物を興奮状態にさせる魔道具である。

 今大会では、魔石での補助を行い通常よりも出力を向上させた魔の角笛が使用される。


「いきますよ。3……2……1……」


 審判がカウントダウンを終える。

 ブオオオオォッ!!!

 その瞬間、辺り一面に大きな音が鳴り響いた。


「グルルル……!」


「ギイイッ……!」


 周囲から、様々な種類の魔物が現れる。

 ゴブリンやハウンドウルフなど、低級の魔物ばかりだが、数が多い。

 第一陣として、30匹は超えているだろう。

 参加者たちの奮戦具合を見て、獲物が足りなさそうであればまた審判が角笛を吹くことになる。


「ふふん、いくわよ! せいっ!」


「えいやー!」


 ユナとマリアがさっそく弓矢を放つ。


「もろたで!」


「おりゃああぁっ!」


「ふんっ!」


 ホーネスを始め、他の参加者たちも一斉に矢を放つ。

 腕自慢の弓士たちが同時に弓を放つその光景は、壮観だ。


「ふふん。まずは1匹目ね」


 ユナの矢はゴブリンの脳天に的中し、一撃で死に至らしめた。


「マリアの矢も当たったよっ! やったぁ!!」


 彼女の矢は別のゴブリンの足に当たり、確かなダメージを与えた。

 彼女は動植物を愛する優しい少女だが、さすがにゴブリンのような魔物に掛ける慈悲はないらしい。


 この世界には、多種多様な生物が生息している。

 ヒューマン、獣人、ドワーフ、エルフ、ハーピィ、オーガ、竜人、人魚などは、人種は違えど同じ人間としてお互いの尊厳を認めている。

 一方で、ゴブリンやオークなどの魔物は害獣として容赦なく討伐されている。

 これらもパッと見は人型であるにもかかわらず、同じ人間としてみなされないのはなぜか。

 その理由は3つ考えられる。


 1つは、知能水準の違い。

 ゴブリンやオークにも知能の高い者はいるが、ヒューマンや獣人を始めとする人間に比べるとかなり劣る。

 地球で言えば、ホモサピエンスとチンパンジーくらいの差があるのだ。


 次に、魔法適性の違い。

 魔物も魔力を持っているが、もっぱら自身の生命活動を補助する目的で使用されている。

 人間のように魔法を使用したり、ましてや魔道具を扱う個体など滅多に存在しない。


 最後に、種族としての排他性だ。

 この世界におけるマジョリティはヒューマンであるが、獣人、ドワーフ、エルフなどと友好関係を構築し、共存共栄している。

 タカシの活躍により、それまでは警戒されていたオーガやハーピィと友好関係を結んだのは記憶に新しいところだ。

 その一方で、ゴブリンやオークが人間と手を取り合うことはまずない。

 むしろ、奴らは人間を積極的に排除しようとしてくるのだ。


「ふふん。やるじゃない、マリアちゃん」


「ユナお姉ちゃんこそ、すごいねっ! あっという間に5匹も倒しちゃった!」


「ありがと。マリアちゃんも3回以上当てていて、すごいわよ!」


 2人は互いの健闘を称え合い、笑顔を見せる。

 今回の弓術大会による採点は、『討伐数』と『ヒット数』によって算出される。

 既に5匹を討伐しているユナはハイペースだ。


「ちっ! この女、うまいぞ!」


「こんな奴の隣でやってられるか! 俺は移動させてもらう!!」


 ユナの隣で弓を放っていた男は、白旗を上げて離れてしまった。

 今回のルールの特性上、強者の隣は不利だ。

 上位入賞程度が目的なら、優勝候補レベルであるユナの隣を避けるのは正しい。

 ただし、優勝が目的なら、逆に隣に位置取って真っ向から競争するのもありだ。


「やるやんけ! でもな、うちも負けてへんで!!」


 ホーネスは後者のタイプだったらしい。

 彼女はユナの隣に移動し、気合を入れて矢を構える。


「【七色の霧雨】」


 彼女が魔力を込めて放った矢は、見事に2体のハウンドウルフを仕留めた。


「ふふん。相変わらず素晴らしい腕ですね」


「せやろ? でもな、お前さんも何か奥の手を隠してるんとちゃうか?」


「バレましたか。では、出し渋らずにお見せしましょう」


 ユナの周囲に赤色のオーラのようなものが現れる。


「【トリプル・バースト】」


 彼女は器用に弓を操り、同時に3本の矢を放つ。

 それぞれが、別々の魔物の脳天に命中した。


「すごいやんか! ここまでやるとは、正直思ってなかったで! 見くびっとってすまんな、ユナちゃん」


「ふふん。あなたに憧れて、頑張ってきましたから」


 ユナが胸を張ってそう言う。

 彼女がこれほどの弓の技量を持つに至ったのは、タカシによる加護の影響も大きいが、それと同時に彼女自身の頑張りによるところも大きい。


「ぐっ! この2人、獲物を根こそぎ持っていきそうだぜ!」


「【銀弓】の二つ名は伊達じゃねえってことか……。だが、こっちの赤髪の嬢ちゃんは……?」


「知らねえのか? 【魔弾】のユナさんだぜ! ギルド貢献値7200万ガルのな!!」


 1人の男が訳知り顔でそう言う。

 彼はユナのファンであった。


「特別表彰者か。さすがにやるな」


「俺らも負けるわけにはいかねえぞ!! うおおぉっ!」


「おうっ!」


 ホーネスとユナに触発された他の参加者たちも、一層やる気を出して弓矢を放つ。

 こうして始まった弓術大会は、大いに盛り上がりながら進んでいったのだった。

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