663話 国王ネルエラと誓約の五騎士

 タカシが王都の入口で足止めされている頃……。

 王城の会議室では、サザリアナ王国の重鎮たちによる会議が行われていた。


「何……? ミネア聖国が……?」


「ええ……。不穏な動きをしているとの情報があります」


 怪訝な表情を浮かべる国王ネルエラに対し、宰相がそう報告する。


「だが、別に聖王自らが動いたわけではあるまい」


「はい……。使者を用いた間接的なものではあります。しかし、”聖王”と”食王”との接触はあまりにも危険です!!」


 宰相はそう訴える。


「ふむ。それは確かにな。やれやれ、大人しくしておればよいものを……」


 ネルエラは目を閉じ、考えを巡らせる。


「……して、お前たちはどう思う?」


 彼は、この場にいる五人の騎士に話を振った。


「……”食王”は暴れさせればこそ手に負えませんが……」


「自分から他国をどうこうしようという野心は持っていないかと思われますわ」


「……ここは静観すべきと某は考える」


 無骨な大男、妖艶な女騎士、黒のマントを羽織った青年がそれぞれそう答える。


「……それより、今はヤマト連邦の件ですなぁ」


「女王派と将軍派。争いは落ち着いているように見えるけど、水面下では激化しているらしいよん」


 好々爺、そして快活そうな少女騎士がそう述べた。

 彼らは国王ネルエラから最も信を置かれている騎士たちであり、”誓約の五騎士”と呼ばれる者たちである。


「ふむ。我の考えと一致するな。まずはヤマト連邦への対処方針を決める。その後、ゆるりと他の問題に目を向ければよかろう」


「はっ! その件ですが、つい先ほどベアトリクス殿下がお戻りになりました」


「おお、そうであったな。例の女も連れてきているようだ。話を聞かせてもらうことにしようか」


 国王ネルエラ、誓約の五騎士、宰相、その他の高位貴族たちは、ベアトリクスと千が到着するまでしばしの時間を待つ。

 そんな中、ネルエラは手元の資料に目を通していた。


(ヤマト連邦の千か……。何を企んでおる? ハガ王国の紛争幇助、ガロル村での霧蛇竜ヘルザムの捕獲、ウォルフ村とディルム子爵領の衝突の画策、極めつけはラスターレイン伯爵領でのファイアードラゴンの抹殺計画……。これらから導き出される目的は……)


 ネルエラが思考に没頭する。


(そして、これらの企みを全て阻止したこの男……。戯れに騎士爵を授けてやったが、内政や配下統制の才能まであったとはな……。もはや今の地位ですら不足であろう……。タカシ=ハイブリッジか……。……………………)


 彼はさらに深く考える。

 そのときだった。

 会議室に備え付けられている通話の魔道具が光り始めた。


「王都南門警備統括より王城へ連絡致します」


 魔道具からそんな声が聞こえてくる。


「はーい。続けていいよん」


 誓約の五騎士の1人がそう答えた。


「ははっ! …………”聖騎士”シュタイン=ソーマ騎士爵。次いで……”紅剣”のタカシ=ハイブリッジ騎士爵がお着きになられました! 街の中央部へ向かわれております!」


(ほう。奴らが到着したか。いや、そう言えばベアトリクスの奴にはハイブリッジの領を経由させたのだったな)


 ネルエラは、満足げに微笑む。


「噂のハイブリッジですか。どれ、私が実力を見てきてやりましょう」


 大男が立ち上がり、そう言う。


「あっ、ずるーい! アタシもいきたいんだけどっ!」


 少女騎士が対抗するかのように立ち上がる。

 だが、それを制止したのはネルエラだった。


「お前たちが離席することは許さん。腕試しなら後日にしろ。叙爵式まではまだ時間がある」


「ははっ! 陛下がそう仰るのであれば……」


「仕方ないなー。じゃあ、アタシの部下からちょっかい掛けさせておこうっと。ええと、レティシアちゃんでいいかな……」


 少女騎士は、懐の魔道具で何やら部下に指示を出す。

 それが終わった頃だった。


「失礼します! この我ベアトリクス=サザリアナ=ルムガンド、ただいま参上しました!!」


 会議室の扉が開かれ、ベアトリクスが入室してきたのだ。


「おお。ベアトリクス殿下、ご帰還おめでとうございます」


「ご無事で何よりですなぁ」


「うむ。よくぞ戻った。我が娘ベアトリクスよ」


「ははっ! ネルエラ陛下も変わらずのご健勝ぶりで何よりでございます!」


 ベアトリクスが恭しく頭を下げる。

 その様子は、一国の王であるネルエラと、第三王女に過ぎないベアトリクスの距離感を如実に表していた。

 ……ように見えたのだが。


「うーん。ベアトちゃん、相変わらず固いねえ」


「確かにそうですわね。昔はもっと陛下に甘えておいででしたし、妾にも随分懐いてくださって……」


「懐かしいですなぁ。陛下やステファニー殿の後ろをトコトコとついて回って……」


「はははっ! そんなこともあったな!」


 少女騎士、妖艶な女騎士、好々爺の言葉を受け、ネルエラが豪快に笑う。


「なっ!? そ、それは昔の話です! 分別が付かない子どもの頃の話ではありませんか!!」


 ベアトリクスの顔が真っ赤に染まる。


「つれないではないか。昔のように我を”パパ”とでも呼んでくれてもいいんだがな」


「だ、誰が呼ぶものですか!! あ、あれは子どもの頃の!!」


 ベアトリクスは、ぷいっと顔を背けた。

 その様子を見た誓約の五騎士たちは、くつくつと笑っている。


「……相変わらずだ」


「殿下の魅力は昔から変わっておられませんなぁ」


「でも、そんな態度を取ってたら普通の男は逃げてしまいますわよ? 殿下はお強いのですから」


 騎士たちが口々にベアトリクスをからかい始める。


「ふんっ! 余計なお世話です! それより、本題に入りましょう。この女を連れて参りました」


 ベアトリクスが不機嫌そうな顔をしながら、話題を変えた。


「ふむ。そいつが例の女か」


 ネルエラが千に視線を向ける。


「うふふ。初めまして、千と申しますわ」


 ネルエラや誓約の五騎士たちが興味深げに千を観察する。


「ああ、こんなに高貴でお強い方々に睨まれると、か弱いわたくしは震えが止まらなくなってしまいそうですわ。どうぞお手柔らかに……」


 言葉とは裏腹に、千が余裕を持った表情を浮かべる。

 こうして、サザリアナ王国重鎮たちと千は接触したのだった。

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