632話 合同結婚式 バージンロード ニム、ユナ

「さて……。いよいよ結婚式の開幕か……」


 俺は、会場の扉の前で呟く。

 今回の結婚式は、半野外の会場で行われる。

 この扉は、建物内から外へ出るための扉である。

 結婚式は、なんとこれで4度目だ。

 だが、何度やってもこの緊張感には慣れない。


 特に今回は、5人もの女性と結婚することになる。

 それぞれの親族や関係者、さらにはサザリアナ王国、ハガ王国、ウェンティア王国それぞれの王侯貴族の姿もある。

 新婦たちの大切な思い出にもなるだろうし、絶対に失敗するわけにはいかない。


「新郎タカシ様の入場です!」


 司会を務めるのは冒険者ギルドの受付嬢ネリーだ。

 本来の業務とはもちろん異なるのだが、彼女の司会能力は高い。

 ハイブリッジ杯に続いて、俺から頼み込んだのだ。

 もちろん報酬も渡している。


 彼女の声に合わせて、俺は式場に入る。

 すると、一斉に拍手が巻き起こった。

 バックでは入場曲が大音量で演奏されている。


(これは……すごいな)


 俺は思わず声を上げる。

 というのも、参列者が想像以上に多く見えたからだ。

 もちろん人数自体は事前に確認していたのだが、実際に目の当たりにする光景は圧巻だった。

 新婦の親族や友人だけでも、30人ほどいる。

 その他の王侯貴族を含めると、50人以上は確実だ。


 ニムの母マム。

 兄のサムに、ペット犬のリック。

 義理の両親であるナーティアとダリウス。


 ユナの母親。

 兄のドレッドとジーク。

 故郷の友人であるシトニとクトナ。

 シトニの夫であるディルム子爵。

 領軍の隊長たち。


 マリアの母親であり、ハガ王国の王妃でもあるナスタシア。

 王子バルザック。

 六武衆のディークとフェイ。


 サリエの母親と姉。

 執事セルバス。

 お付きのメイドたち。


 リーゼロッテの母マルセラ。

 その兄リカルロイゼとリルクヴィスト。

 妹シャルレーヌ。

 護衛騎士コーバッツ。


 当事者の親族や友人以外にも、多くの参加者が来てくれている。

 その筆頭は、ベアトリクス第三王女だ。

 サザリアナ王国王家の代表として参加してくれている。

 俺の盟友シュタイン=ソーマ騎士爵と、その第一夫人であるミサの姿もある。

 いずれも、俺たちの新たな門出を祝福してくれている。


「キャー! ハイブリッジ騎士爵様よ!!」


「素敵……」


 その上、遠巻きに見守る一般民衆の女性たちからは黄色い悲鳴が上がっている。

 今回の結婚式を広く祝福してもらうため、会場の周囲から遠巻きに見ることは許可してある。

 さすがに王侯貴族がたくさんいる会場への入ることは許していないが。

 そこは、キリヤやクリスティたちがしっかりと対応してくれているはずだ。


(人数が多すぎる……。落ち着け……。俺はやればできる男だ……。ゆっくり……。ゆっくり足を進めるんだ……)


 俺は震えそうになる足に力を込めて、何とか壇上まで上がることができた。


「新婦ニム様のご入場です!」


 司会のネリーの合図とともに、扉が開かれる。

 そこから現れたのは、純白のドレスに身を包んだニムだった。

 可愛らしい。

 それと同時に、凛々しさも感じる。


 1年と少し前に、俺は彼女と婚約した。

 あの時点では少女から大人に成長している途中という印象だったが、今ではすっかり女性らしくなっている。

 彼女が父親のパームスと共に歩いてくる姿を目にしたとき、俺は胸の奥から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。


 俺は、彼女に惹かれている。

 この感情に気づいたとき、最初は戸惑いもあった。

 なにせ、日本の感覚で言えばまだまだ子どもと言ってもいい年頃だったからだ。


 しかし、今は違う。

 彼女と一緒に歩んでいきたい。

 そう思えるほどに、彼女のことを1人の大人の女性として愛しく感じていたのだ。

 彼女が父パームスと共にこちらへ歩いてくる。


「タカシ君。どうか、娘のことをよろしくお願いします」


 パームスが深々と頭を下げる。

 彼もまた、娘の幸せを願ってくれているようだ。


「はい。必ず、彼女を幸せにしてみせます」


 俺は、父親に負けないくらい深く頭を下げた。

 彼は満足げな様子で、客席へと戻っていった。


「えへへ……。ドキドキしてきました……」


 ニムは嬉しそうにその場に残る。

 俺も嬉しい。

 しかし、少し申し訳ないことに、彼女にはしばらく待ってもらうことになる。


「続きまして、新婦ユナ様のご入場です!」


 ネリーがそう告げる。

 そして、また改めて扉が開かれた。

 会場にいる全員が息を呑むのがわかった。

 俺は、現れたユナを見て、思わず言葉を失ってしまった。


「すごい……」


 誰かが呟いた声が聞こえてきた。

 俺も同じ気持ちだ。

 彼女の赤いドレス姿はとても綺麗で、どこか神々しかった。

 まるで、精霊のように美しい。


 そして、適度な露出の多さが結婚式という固い場の空気を若干乱し、人々を魅了しているのを感じ取れた。

 彼女は父親と共に、ゆっくりとこちらに向かって歩みを進める。

 ただ歩いているだけなのに、なぜこんなにも惹きつけられるのか。

 それは、きっと彼女の燃えるような瞳にあるのだろう。


 ユナは、まっすぐに前を見据えて歩き続ける。

 その先に待っているのは、俺だ。

 彼女はやがて、壇上までやってきた。

 隣に立つ父親が口を開く。


「タカシ君。娘は君のことが大好きなんだ。君はもう知っているかもしれないけど、娘は素直じゃないところがある。どうか仲良くしてやってほしい」


「はい。わかっております」


 俺は、しっかりと返事をする。

 すると、ユナが頬を膨らませた。


「お父さん! 余計なこと言わなくていいの!」


 どうやら照れ隠しのようだ。

 俺はユナの父親と目が合うと、お互いに笑い合ったのだった。

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