602話 クリスティ&アラン vs リトルベア

 タカシがゴブリンを始末し、崖から降下を始めようとしていた頃……。

 クリスティは谷底で『紅蓮の刃』のリーダーであるアランと遭遇していた。

 タカシの正体がハイブリッジ騎士爵本人であることを告げようとしたとき、リトルベアが現れる。


「こ、こいつは……!?」


 クリスティは驚愕の声を上げる。


「リトルベアか。ちっ、厄介な魔物と出くわしたな……」


 アランが舌打ちをする。

 リトルベアは中級の魔物だ。

 Dランクのアランにとって荷が重い相手なのは間違いない。

 戦闘能力だけならCランク相当の実力を持つクリスティにとっても、少人数で戦うにはやや分が悪い敵だ。


 タカシはCランクの時点でもリトルベアを倒したことが何度もある。

 例えば、ハガ王国やゾルフ砦の一件を済ませラーグの街に帰還する際、当時はまだDランクであったミティやアイリスと3人で倒した。

 だが、ミティとアイリスは加護の恩恵により実質的にはCランク相当の戦闘能力を有していた上、その時はDランクパーティ『ラーグの守り手』の4人が予備戦力として待機していた。

 実際の戦闘能力や安全マージン分を全て考慮に入れれば、Cランク3人とDランク4人でリトルベアの討伐作戦に臨んだようなイメージとなる。


 ニルスとハンナは2人だけでリトルベアを倒したことがある。

 しかし、あれは小さめの個体だった。

 今回は通常程度の個体である上、クリスティとアランは落下ダメージにより万全の状態ではない。


「……おい、アラン。お前は逃げろ」


 クリスティが言う。


「ああ? 何を言ってやがる」


「お前はDランク冒険者のザコだ。足手まといになるから、さっさとここから消えてくれってことだ!」


「……てめえ! 俺をバカにしてんのか?」


「いいから早く行け! このリトルベアを相手にするのは無理だ! せめて、逃げる時間くらい稼いでやるよ。だから、とっとと……」


 クリスティの言葉の途中で、リトルベアが彼女に襲い掛かる。


「ガルルゥッ! ガウウウッ!!」


「くそっ!」


 クリスティはリトルベアの巨体に組み敷かれる。


「グルルル……。ギャウアッ!!」


「ぐっ! 重すぎる。振りほどけねえ……」


 クリスティが苦悶の表情を浮かべる。


「おらああぁっ! 裂空脚!!」


 ズドン!

 アランが放った回し蹴りが、リトルベアにヒットする。

 闘気を込めた一撃だ。

 それは巨体を吹き飛ばすほどではなかったが、確かなダメージを与えバランスを崩させた。

 そのスキに、クリスティがリトルベアの巨体から脱出する。


「アラン! なんで逃げねえ!?」


「お前を見捨てて逃げられるか! 俺は、いずれはBランクパーティになる『紅蓮の刃』のリーダーだぞ。目の前の奴を置いて、自分だけ逃げ出すなんてできっか!」


「……そうか」


 クリスティが微笑む。

 横暴でクソなイキリ冒険者だと思っていたが、意外にいいところもあるらしい。


 クリスティとアランが、リトルベアと対峙する。

 が、アランが不意にバランスを崩す。


「ぐっ。うっかり治ったばかりの足で蹴っちまった。失敗だぜ……」


 アランは右足を押さえている。

 タカシたちは抜群の治療魔法の腕を持つが、その効力の100パーセントをポーションに込められるわけではない。

 ポーションだけでは落下時のケガが全快せず、今の蹴りで再び脚を痛めてしまったようだ。


「ガアアァッ!」


 リトルベアが、アランに向かって爪を振り下ろす。

 弱った相手から仕留めていくぐらいの知能はあるらしい。


「させるかよっ! はああぁっ! 裂空脚!!!」


 クリスティが跳躍し、リトルベアの顔面に回し蹴りを放つ。


「ゴアアアッ!?」


 リトルベアが仰け反り、大きく体勢を崩す。

 身体能力、闘気、そして体の万全具合の差により、クリスティの一撃はアランのそれよりも遥かに大きな威力を発揮した。


「はあっ、はあ……」


 クリスティが息をつく。

 一方、アランは……。


「へへへ。やるじゃねえか。それにしても、裂空脚か。お前もアイリス様の無料講義を受けていたんだな」


「ああん? 無料講義だと?」


 クリスティが聞き返す。


「違うのか? ハイブリッジ騎士爵様の第二夫人であるアイリス様が、無料で冒険者や衛兵に武闘指導をしているんだよ。流派は聖ミリアリア流とか言ったか。俺たち『紅蓮の刃』は、みんなそれを受けていた」


「なるほどな」


 クリスティは、アイリスとの鍛錬を思い出す。

 ハイブリッジ邸の庭で、聖ミリアリア流という体系の武闘を教えてもらった。

 無料講義とやらは知らなかったが、おそらくクリスティが受けたような指導が、幅広く行われていたのだろう。


「ま、今は置いておくか。こいつを倒すのが先決だぜ」


「そうだな。いくぞっ!」


 クリスティが踏み込む。


「ガルル……ガウッ!」


 リトルベアが、クリスティに向けて前足を振るう。


「甘いぜっ!」


 クリスティは体を捻って回避すると、そのまま強烈な正拳を放った。

 ドゴオォン!!

 凄まじい衝撃音が響く。

 クリスティの正拳が、リトルベアの腹に命中したのだ。


「グオオオォッ!?」


「効いたみてえだな」


 クリスティはニヤリと笑うと、さらに攻撃を加えようと距離を詰める。


「ガウウゥ……! ギャオッ!!」


 だが、リトルベアは力強い瞳で睨んできた。

 そして、その腕をクリスティ目がけて振り下ろしてくる。


「ちっ!」


 クリスティは飛び退く。

 しかし、リトルベアの攻撃はそれでは終わらなかった。


「なに!? 速い!」


 クリスティが驚く。

 リトルベアはすぐに腕を戻し、今度はクリスティ目掛けて鋭い爪を突き出してきた。


「させるかよっ!」


 そこに、アランの攻撃が加わる。

 ズドン!

 クリスティに迫るリトルベアの腕が逸れ、地面をえぐる。


「ガルル……。ガウウッ!!」


 リトルベアは怒りの声をあげる。

 格下だと思っていた2匹の獲物が予想外の抵抗を見せ、苛立っているのだ。


「ちっ。もったいぶっている場合じゃねえな。リスクはあるが、あたいの奥の手を出すしかねえ」


「俺もとっておきを出してやるぜ。ハイブリッジ騎士爵様に憧れて練習していた、あの技をな」


 クリスティとアランが構える。

 2人対1匹の戦いは、佳境を迎えていたのだった。

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