519話 トリスタとヒナ

 ハイブリッジ家のトーナメントの表彰式が行われようとしている。


「これより表彰式を始めます! 参加された16名の選手の方々は、ステージ上へどうぞ!」


 司会のネリーがそう言う。

 参加者たちがステージに上がる。


「まずは、惜しくも一回戦負けとなってしまった方々に参加賞をお渡し致します! 今回の結果は残念でしたが、その実力はハイブリッジ騎士爵様も認められるところです! 会場の皆さまも、実際に目にされてわかりましたよね!?」


「「「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」」」


 ネリーの呼びかけに応じて、観客が大きな歓声を上げる。


「ツキさーん! 影魔法、すごかったですよー!」


「ヒナちゃんの天眼もすごかったぜ! トリスタの坊主とお幸せになー!」


 観客たちがそう称賛の声を贈ってくれる。

 その他、レイン、ネスター、セバス、トミー、オリビア、ユキにもそれぞれ称賛の声が贈られている。

 ありがたいことだ。


 8人が俺の前まで来た。

 順番に労いの声を掛けていくことにしよう。

 まずはツキだ。


「ハイブリッジ騎士爵。私の影魔法はどうだったかしら?」


 彼女の方から声を掛けてきた。


「ああ。なかなかのものだったと思うぞ」


 俺はそう返答する。

 ちなみにこの声量は、普通ぐらいの大きさだ。

 特に小声というわけではないが、観客席からは距離があるし、歓声も飛び交っている。

 極端に耳がいい者以外は、俺たちの会話内容は聞き取れないと思われる。


「それなら、私を妻に迎えてもらう件は……」


「本気でそれを言っているんだな? ……うーん。今はない。しかし、今後の可能性がゼロではないということだけは言っておこう」


 ツキの忠義度は、ようやく30台に乗った。

 このラーグの街に来てから多少の口利きをしてやったし、たまに接する機会もあったからな。

 彼女の目当ては俺の地位や金だろうが、少しずつ好感度も高まってきている感じだろう。


「そう。今はそれでいいわ。ならせめて、配下として登用しなさい。それなら、今後もこの街で活動してあげる」


「そうだな……。わかった。他の者とも合わせて、もう少し後で発表しよう」


 俺はそう返答する。

 そして、彼女はネリーから参加賞を受け取り、下がっていった。



 次はヒナだ。

 彼女が俺の前まで来る。

 ……ん?

 何だか少し暗い顔をしているな?


「ハイブリッジ騎士爵様。警備兵として張り切って出場しておきながら、一回戦負けを喫してしまい申し訳ありませんでした……」


「そんなことか。別に構わんよ」


「えっ……!?」


「この大会の参加レベルは相当に高いし、一回戦負けだからといって気に病む必要はない。そもそも、ヒナの一回戦の相手はあのニムじゃないか。万全の状態の彼女に勝てる者など、この大会どころかミリオンズ内でも限られている。ヒナはよく戦ったよ」


「あ……ありがとうございます!!」


 俺の言葉を聞いたヒナは嬉しそうな顔になった。


「それはそれとして、戦いの後にはトリスタといい雰囲気になっていたな。少しぐらい仲は進展しつつあるのか?」


「ええっと。彼は本の虫で、あまり女性に興味がないようで……」


「そうか。前途多難だな」


「それでも、”結婚するならヒナみたいな人がいいなあ。本ばっかり読んでいても怒らないし”とは言ってくれたのですが……。それからの進展はなく……」


 ヒナの顔が赤くなる。

 結構進展しているじゃないか。

 まさかそんなセリフまで引き出せているとは。

 よし。

 ここは一肌脱いでやるか。


「おおい! トリスタはいるか!?」


 俺は観客席に向かってそう叫ぶ。


「なんだい? ハイブリッジ騎士爵様」


 観客席の中からトリスタが前に出る。


「お前とヒナの結婚を認める! ハイブリッジ騎士爵の名において祝福しよう!」


「「おおお!!」」


 観客たちが一斉にどよめく。


「「きゃああ! おめでとう!」」


 女性陣から、盛大な拍手が送られる。


「ええっ!?」


 当の本人であるトリスタは、驚いて固まってしまっている。


「おい! 返事はどうした? 別に嫌ではないのだろう?」


 日頃の態度を見た感じ、トリスタもヒナのことを憎からず思っているはずだ。

 一回戦の後には、結構いい雰囲気になっていた。

 その上、先ほどのヒナからの情報を信じるなら、結婚してもいいという主旨の発言までしている。

 多少強引に進めてしまっても問題ないだろう。


「は、はい!」


「よろしい。では、2人ともここに並べ。せっかくだし、簡易的な結婚式を挙げてやろう。後日正式なものも開くといい」


「「は、はいっ!」」


 2人が緊張した面持ちで俺の前に並ぶ。


「皆のもの! ここにいる警備兵ヒナと文官トリスタが結婚することになった! この場で簡単な式を行うので、盛大に祝ってやってほしい!!」


 俺は観客席に向かってそう叫ぶ。


「「うおおおお!!!」」


「「お幸せにー!」」


 観客たちが大きな歓声を上げ、暖かい声援を送ってくれる。


「アイリス! 来てくれるか?」


 俺は彼女を呼ぶ。

 ここは神官である彼女の出番だ。

 身重の彼女を働かせるのは気が引けるが、まだ妊娠初期だし大きな問題はないだろう。


「そうくると思っていたよー」


 アイリスがすぐさま俺の隣に来た。

 神妙な面持ちで、トリスタとヒナの方を見る。


「新郎トリスタ。あなたはここにいるヒナを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


「ち、誓います」


「新婦ヒナ。あなたはここにいるトリスタを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


「誓います」


 彼らの誓いの言葉に、アイリスが満足気にうなずく。


「では、誓いの口づけを」


 トリスタとヒナの顔が一気に真っ赤になる。

 そして、そのまま固まった。


「2人とも。こういうのは勢いだ。早くしろ」


 俺がそう言うと、トリスタが意を決したように、ヒナの両肩に手を置く。

 そして、そっと唇を重ねた。


「わあああ!」


「「いいぞー!」」


 観客たちから、再び拍手が起こる。


「おめでとう! これで2人は夫婦となった! 末永く仲良く暮らすがよい!」


 俺が宣言すると、観客席からは再度拍手が巻き起こった。


「「「「「パチパチパチパチ!!」」」」」


「ヒナ。こんな僕だけど、僕なりにがんばっていくよ。働くのは嫌いだけど……」


「もうっ、締まらないなあ。……でも、そんなトリスタが私は好きだよ。夢みたい。幸せだなあ……」


 ヒナは嬉しさで泣き出してしまった。

 トリスタもどこか満足気な表情をしている。

 人の幸せを見ると、自分も幸せになるな。

 多少強引だったが、やってよかった。


 …………むっ!?

 トリスタとヒナの忠義度が一気に上がっている。

 加護(小)の条件を満たした。


 さっそく付与を……。

 いや、今はいろいろと忙しい。

 表彰式が無事に終わってから落ち着いて付与することにしよう。

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