498話 再び孤児院へ

 予定通り、孤児院を訪れた。

 同行メンバーは、俺、ミティ、ニム、サリエ。

 アイリスとクリスティ。

 そしてロロだ。


 俺は孤児院の扉を開け、中に入る。

 ここには何度か来ているのだが、それでも少し緊張してきた。

 大人数の前に立つのは苦手なのだ。

 しかし領主として、舐められないように威厳のある態度で接する必要がある。


「ゴキゲン麗しゅうくだらねえクソガキどもよ!!! 今この瞬間から!!! この孤児院、いやこの街を、俺たちの支配下とする!!!」


 やべ。

 また失言だ。


 緊張したり気負ったりしているとき、俺はどうにも言動が狂う。

 初回の孤児院訪問時や、第三王女であるベアトリクスと接する時、それにリンの両親を迎えにいった時など……。

 いずれも、結構マズイ言動だった。

 別に誰かに乗っ取られているとか闇魔法をかけられているとかではなく、俺自身の精神力の問題である。


「ひい……。って、タカシの兄貴だ!」


「わあい! アイリスお姉ちゃんもいるよ!」


「ゴリラのお姉ちゃんだ! また”あれ”やって~」


 孤児院の子どもたちがこちらに向かってくる。

 初回の訪問後にも、数回程度はここに訪れてきた。

 初回でいろいろと援助して心証をよくした上で、その後も少しずつ信頼関係を構築していったのだ。

 もう、ずいぶんと慣れて遠慮がなくなってきている。

 多少の失言程度では、俺たちの絆はビクともしない。


 …………子どもたちでさえ慣れて順応しているのに、俺ときたら……。

 高ランク冒険者として、それに貴族として、もっと精神力を鍛えないとな。

 あるいは、あえて素の自分を曝け出していくというのもありか?

 今はBランク冒険者で騎士爵だが、チートを持つ俺ならもっと上を目指せるだろう。

 当面の目標はAランク冒険者、そして男爵位を授かることだ。


「おはようございます、ハイブリッジ騎士爵様」


 シスターがそう挨拶をしてくる。

 彼女の名前はアンヌ。

 献身的にこの孤児院を支えている立派な女性だ。


「おう。予定通りに来たぞ。何か困っていることはないだろうか?」


「度重なるご配慮のおかげで、特に困っていることはありません。いつもありがとうございます」


 アンヌが頭を下げる。

 困っていることはない。

 それ自体はいいことだ。

 しかしそれは同時に、忠義度を稼ぐチャンスがないということでもある。


 彼女の忠義度は20台。

 低くはないが、さほど高くもない。

 おそらくだが、彼女の関心事は子どもたちに向いているのだろう。

 その子どもたちの生活環境を整えた俺に感謝する気持ちはあるだろうが、加護の条件を満たすほどの忠義はまだまだ得られそうにない。


「タカシの兄貴! また冒険の話を聞かせてくれよ!」


「ん? ああ、そうだな。今回はダンジョンに挑戦した話をしようか……」


 困りごとがないのであれば、子どもたちの相手をするぐらいしかすることがない。

 子どもたちの忠義度をコツコツ上げていくのがいいだろう。

 ミティ、ニム、サリエ、アイリス、クリスティたちも、それぞれ寄ってくる子どもの相手を始めた。


 俺を”兄貴”と慕うこの少年は、孤児たちのリーダー格だ。

 名前はロディ。

 年齢は9歳ほど。

 それより上の年代は、既に孤児院を卒業して独り立ちしている者が多いらしい。


 ロディは、冒険者に興味を持っているようだ。

 冒険者の登録可能年齢は10歳からなので、彼ももうすぐで冒険者として活動できるようになる。

 その他、数人の少年少女が俺のもとに集まる。


「…………ジャイアントゴーレムの豪腕が俺に迫る! 俺はヒラリとそれを避ける!」


「おお!」


「そこで俺の”紅剣”の出番だ! ザシュッ! 俺の燃え上がる剣の一閃を受けて、ジャイアントゴーレムはあっさりと崩れ落ちた!」


「すげえ!」


「ほんとかよ!?」


 ロディたち少年少女が、感嘆の声を上げる。

 今までの訪問の成果により、彼らの忠義度も微増傾向だ。

 俺たちから少し離れたところでは……


「い、いいですか? 土魔法を使うには、大地に対する理解度が大切なのです。まず……」


 ニムがまた別の少年少女に魔法の講義を行なっている。

 彼女は、俺のステータス操作により土魔法をした。

 自力で取得したわけではない。

 知識や経験不足により魔法の講義はできないように思えるかもしれないが、これが意外と問題ない。


「へえ。そんな方法が……」


「なるほどだぜ!」


 ニムの説明に少年少女たちが聞き入っている。

 彼女の説明はなかなかわかりやすい。

 スキルをステータス操作によって取得した場合の効力は、単に技量が向上するだけにとどまらない。

 知識や感覚、人を見る目もある程度向上するのだ。

 俺もかつて、マリアに火魔法を教えたり、蓮華に剣術のアドバイスを行ったことがある。


「ゴリラのお姉ちゃん! また力を見せてくれよ!」


「誰がゴリラですか! ぶん投げますよ!」


「うわああぁ! 逃っげろ~」


 凄むミティを見て、悪ガキが逃げていく。

 彼女が豪腕なのは間違いないが、ゴリラはないだろう。

 俺の天使のミティを侮辱した罪は、死を以って償ってもらおう。


「捕まえましたよ! そりゃあっ!!」


「ひいいいぃ!!!」


 ミティの豪腕により、少年が空高く投げ飛ばされる。

 一般人がこの距離から落ちたら、死は免れられない。

 ミティを侮辱した罰である。


 ……というのはもちろん冗談だ。

 さすがに子どもの戯言程度で罰を与えるのはあり得ない。

 ミティが少年を上へ投げ飛ばしたことまでは事実だが、その距離はせいぜい地上から2~3メートル程度である。

 まあこの距離でも打ちどころが悪ければ普通に死ぬのだが……。


「キャッチです!」


 ミティが少年を受け止める。

 放り投げてそのまま放置するというような暴力的なことはしない。

 また、この世界の人は全体的に頑丈だ。

 魔力や闘気を操る上級冒険者は特に頑丈だが、一般民衆でも地球人より一回り上の強度があると思う。

 こんな子どもでも、数メートル上空から落ちただけで死ぬようなことはないだろう。


「はあ、はあ……。楽しかったぜ! もう一度やってくれ! ゴリラの姉ちゃん!!」


「だから、誰がゴリラですか! 順番です!!」


 ミティがその怒鳴る。

 あくまで怒ったフリをして遊んでいるだけだろう。

 まあ内心で少し傷ついている可能性はあるので、目に余るようであれば対応する必要はあるだろうが。

 そんな感じで、孤児院での平和な時間が過ぎていく。

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