476話 風魔法と治療魔法で移動速度アップ!

 ルクアージュを出発して1週間ほどが経過した。

 馬車に揺られつつ、のんびりと進んでいる。

 たまにゴブリンの近くを通るが、ユナやリーゼロッテにより撃破されている。


 一度だけリトルベアと遭遇したが、アイリスとニムにより簡単に撃破された。

 今の俺たちなら、ゴブリンキングやミドルベアですら一蹴できる。

 こんなただの街道でピンチに陥ることはまずない。


「ふあぁ…………。平和に馬車に揺られているのもいいが、少し飽きてきたなあ……」


 俺はそうつぶやく。

 見知らぬ土地を馬車で移動するのは、なかなか興味深い体験だ。

 この異世界を十分に満喫させてもらっている。

 とはいえ、さすがに一週間ずっと馬車の上では飽きる。


「そうですね。馬車の上では、できる筋トレも限られていますし……」


 ミティがそうつぶやく。

 彼女は暇つぶしとして筋トレをときどきしている。


「今のペースだと、あと2週間ぐらいかなー。先は長いね」


 アイリスがそう言う。

 この世界は食文化や法体制は整っているのだが、交通機関だけはなぜか発展していない。

 馬車や徒歩に限られる。

 街から街への移動に時間がかかってしまうのが悩みどころだ。


 今さらだが、俺の転移魔法陣を使えばラーグの街への移動時間を短縮できただろうな。

 ルクアージュからラーグの街まで、今の俺のMPと魔力なら3~4人ぐらいは同時に転移できるはずだ。

 ミリオンズの構成員はティーナとドラちゃんを入れて12人なので、4~6回往復ほどすれば転移魔法のみで全員がラーグの街に帰還できる。

 MPの自然回復に2日かかるとしても、最大で12日程度あれば全員が帰還できる計算になる。


「へへっ。暇ですかい? なら、あっしが一発芸をしやしょうか?」


 隣の馬車に乗っているトミーがそう言う。


「そんなのいらないわよ!」


「……ボクも興味ない……」


「ハナちゃんはゆっくりするだけで幸せだよ~」


 ツキ、ユキ、ハナがそう言う。

 俺が転移魔法陣で帰還する手段を取らなかったのは、彼らの存在が大きい。

 転移魔法陣のことを彼らに話すのは、まだ時期尚早だと判断したのだ。


 俺たちミリオンズだけがこっそりと転移魔法陣で帰還し、彼らには自前の馬車でラーグの街に向かってもらうという選択肢もあった。

 しかしその場合、彼らの気が途中で変わってしまうリスクがある。

 せっかく有能な人材をラーグの街に招待することに成功したのだから、俺が直々に案内して逃さないようにすることに意味はあるだろう。


「ふむ。速度向上でござるか。拙者に考えがある。ここは任されよ」


 蓮華がそう言って、馬車の後方に立つ。

 何をする気だ?

 彼女が魔力を練り始める。


「風の精霊よ。拙者の呼びかけに応じて、突風を起こし給え。神風!」


 ブオンッ!

 馬車の後方から、強烈な突風が吹く。


「おお?」


 馬車の速度が気持ち程度速くなった気がする。

 追い風による速度アップだ。


「なるほど……。風魔法にはこういう使い方もありましたか。思いつきませんでした」


 ミティがそう言う。

 彼女の風魔法も、レベル3にまでは伸ばしている。

 これまでの旅でこの技を使っていれば、移動時間を短縮できていたかもしれない。


「……弾けろ。エアバースト!」


 ミティが発動したのは最初級の風魔法だ。

 風魔法レベル2の”エアリアルスラッシュ”は斬撃系の攻撃魔法だし、レベル3の”ジェットストーム”は竜巻状に風を発生させる魔法である。

 馬車に追い風を起こす目的は達成できない。

 レベル1のエアバーストを選択したミティの判断は間違っていない。


「おお~! いいねー」


「は、速いですね」


 モニカとニムがそう言う。

 馬車の速度アップに、彼女たちもご満悦だ。

 しかし、しばらくしてまた馬車の速度はもとに戻った。


「風が止んだでござる。もう一度……」


「ちょっと待って、蓮華さん。スピードダウンはそれだけが理由じゃないよ」


 アイリスがそう言う。


「ふむ。いったいどうしたでござる」


「見てください。馬が少し疲弊気味のようです。3匹に増やしたとはいえ、この人数は少し厳しいようですね」


 サリエがそう言う。

 この馬車の乗車人数は15人だ。

 俺、ミティ、アイリス、モニカ、ニム。

 ユナ、マリア、サリエ、リーゼロッテ、蓮華。

 ティーナとドラちゃん。

 そして、ユキ、ツキ、ハナである。


 それに対して、馬車を引く馬は3頭。

 確かに、やや厳しいか。

 体力に自信のありそうな馬を選定していたのだが……。


「ピピッ! 当機の重量が負担になっていると推測します」


 ティーナが無機質な声でそう言う。

 そうだ。

 彼女の重量を忘れていた。


 彼女の外見は10歳前後の少女である。

 しかし、中身は高性能ゴーレムであり、超重量を持つ。

 おそらく、200キロは超えているだろう。

 今の乗車人数は15人だが、彼女の超重量を考慮すると実質的にはもう少し多くなる。

 これでは、さしもの体力自慢の馬とはいえ厳しい。


「ムリをさせすぎたか。休憩しよう」


 あまりムチャをさせすぎて馬が潰れたら元も子もない。


「いえ、だいじょうぶです。私とアイリスさんにお任せを」


 サリエがそう言って、アイリスとともに魔法の詠唱を開始する。


「「神の御業にてかの者たちを癒やし給え。エリアヒール」」


 なぜ治療魔法を?

 俺たちにケガ人などいないが。

 そう思ったが——。


「ふふん。なるほど、馬を回復させたわけね」


 ユナがそう言う。

 サリエとアイリスの治療魔法の光が、3頭の馬を包んでいく。

 そして、馬は持ち直して移動速度が上がった。

 治療魔法には、外傷や病を治療する効果の他、体力を回復させる効果もあるのだ。


「馬の健康のためにも、定期的に治療魔法を掛けてあげるのはありだな」


「そうですわね。治療魔法はわたくしも使えますし、交代で致しましょう」


 リーゼロッテがそう言う。

 ミリオンズには、治療魔法の使い手が多い。

 最も腕が立つのは治療魔法レベル5のサリエだが、治療魔法レベル4の俺とアイリスも相当に上位の腕を持つ。

 また、治療魔法レベル3のリーゼロッテとマリアも、一般的には十分な腕前だ。


「おう。俺も交代で参加するぞ。治療魔法と言えば、マリアもだな」


「そうだね! でも、マリアは他にちょっと試してみたいことがあるんだ! やってみてもいいかな?」


「ん? 危ないことじゃなければ、気軽にやってみるといい。何をする気なんだ?」


 マリアのやってみたいこと、か。

 この流れで言うということは、もちろん治療魔法ではないだろう。

 どんなことをしてくれるのか、期待して見守ることにしよう。

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