455話 よし。妻にはガツンと言ってやった

 ラスターレイン伯爵家主催の慰労会が開かれているところだ。

 立食スタイルの食事会は終わった。

 これで慰労会自体も終わりかと思ったが、まだ続きがあるようだ。

 リールバッハが前に出て、口を開く。


「皆の者。食事を楽しんでもらえたようで、何よりだ。次に、我がルクアージュが誇る海洋温泉に招待しよう」


「普段は領民に開放していますが、本日は特別に貸し切りとしました。みなさんで、堪能してください。……ああ、もちろん男女は別々ですよ」


 マルセラがそう言う。

 海洋温泉?

 海沿いに温泉が湧いているのだろうか。

 なかなか心地よさそうな雰囲気だ。


「楽しみだな。みんなといっしょに入れないのは残念だが……」


 これまで、ミリオンズのみんなとはよく混浴をしてきた。

 最初にいっしょに入ったのは、ガロル村の近郊にある秘湯だったか。

 俺、ミティ、アイリス、モニカ、ニムの5人で入った。

 あの時点においてはミティ以外とは深い仲になっていなかったので、俺は目隠しをして入った。


 その次は、サリエの実家であるハルク男爵邸の客室にある風呂で混浴をした。

 俺、ミティ、アイリス、モニカ、ニム、そしてユナの6人で入った。

 さらに俺が騎士爵を授かりラーグの街を拠点に活動していた頃には、自宅の風呂にその6人でよく入っていた。


 その後、マリア、サリエ、リーゼロッテとともにソーマ騎士爵領やここラスターレイン伯爵領を訪れることになった。

 子どもであるマリアはともかくとして、未婚の貴族であるサリエとリーゼロッテと混浴するわけにはいかない。

 ここしばらくは、混浴がお預けになってしまっていた。


「私も、タカシ様とごいっしょできず残念です」


「まあ、ラーグの街に帰ってからだねー」


「それまではガマンしなよ」


 ミティ、アイリス、モニカがそう言う。


 俺は彼女たちと、やることはやっている。

 そのため、欲求不満がたまっているというわけではないのだが……。

 混浴には混浴のロマンがある。

 サリエやリーゼロッテとも順調に仲を深めつつあるし、近い内に混浴を実現させたいところだ。


「仕方ないな。とりあえず、そっちはそっちで女湯を楽しんでくれ」


 女湯には、ミリオンズ以外の女性陣が入ることになる。

 ベアトリクス第三王女、ソフィア、アルカ、

 ”雪月花”の3人に、イリア、フレンダなど。

 このメンツでは、さすがに俺が女湯に入るわけにはいかない。


「ふん。メシはともかく、風呂だと? 俺は興味ねえな。さっさと帰って鍛錬するぞ、お前ら」


 そう言うのは、”支配者”のウィリアムだ。

 俺のライバルだけあって、なかなかストイックである。


「ま、待ってください! 海洋温泉といえば、この街の名物……!」


「私も入りたいぞっ! がうっ!」


 ニューとイルがそう言う。

 彼女たちはウィリアムのパーティメンバーである。

 しかし同時に、彼とは従者のような上下関係があるように感じていたが。

 反抗するのは意外だ。


「ちっ。仕方ねえな……。好きにしろ」


 ウィリアムはぶっきらぼうにそう言った。

 俺と比べてやや強権的なリーダーシップを持つ彼でも、パーティメンバーの意向を頭ごなしに否定はしないようだ。


「温泉か。俺は熱いのは苦手だぜ」


「こんな機会は滅多にないから、ちゃんと入っておいたほうがいいの」


 ストラスの言葉を受けて、セリナがそう言う。

 そんな感じで、各パーティが男女に分かれて風呂に向かおうとしている。

 俺の近くには”武闘演舞”のジョージがいる。

 話し掛けてみよう。


「楽しみですね。ジョージさん」


「ああ。疲れを癒やすことができるな。それに、ちょうど君とは話したいことがあったんだ」


 ジョージがそう言う。

 俺と彼は、他の参加者たちとともに海洋温泉のほうに向かい始める。

 しかしーー。


「ちょっとジョージ! 私が温泉に入っている間に、”あれ”をやっておいてよね!」


 彼の相方であるセニアがそう叫ぶ。

 このタイミングで用事を押し付けるのか?

 なかなかの鬼畜だ。


「ジョージさん。セニアさんが呼んでいますよ。だいじょうぶですか? せっかくの温泉なのに……」


「問題ない。妻には、私からガツンと言ってやろう」


 ジョージがキリッとした顔で、セニアのもとに向かう。

 今さらだが、彼らは夫婦だったのか。

 いや、そういえば会話の中でおぼろげにそんな雰囲気は出していたか。


「セニア。私も温泉に入りたいのだが……」


「はあ!? 温泉が仕事よりも大切ってこと!?」


「いや、そうは言っていないが……」


 ジョージはセニアに押されてタジタジだ。

 彼も、武闘家として実力は確からしいのだが。

 尻に敷かれているようだな。


 セニアがなおもジョージにまくしたてている。

 彼は必死になだめようとしている。


「はい、はい。ええ……。では、それでお願い致します」


 ジョージがペコペコと頭を下げる。

 いつの間にか丁寧語になっているし……。

 ガツンと言うのではなかったのか。


 かろうじてセニアの同意を取り付けることに成功したようだ。

 セニアは他の女性陣とともに、女風呂のほうに向かっていった。

 ジョージが安堵したような表情でこちらに向かってくる。


「よし。妻にはガツンと言ってやった。さあ、風呂に行こう」


 ん?

 いや、メチャクチャ低姿勢だったじゃねえか。

 俺は見てたぞ。


「わ、わかりました。……いろいろ大変なんですね」


「何を言う。大変なことなど何もないさ」


 ジョージが凛々しい顔でそう言う。

 本当だろうか?

 どうにも疑わしい。

 セニアも、もう少し加減してあげればいいのにな。


 そういえば、彼女には子どもがいるのだったか。

 間違いなくジョージとの子どもだろう。

 やはり、子を産むと母親は強くなるのかもしれない。


 俺とミティの間に子どもができれば、彼女も母として強くなる可能性がある。

 俺と彼女の馴れ初めは、俺が彼女を奴隷として購入したことだ。

 その影響もあり、主従契約を解除して対等な婚姻関係を結んだ後も、彼女は何かと俺を立てようとしてくれている。

 そんな彼女も魅力的だが、もし子どもを産んでたくましい性格になったとしても、それはそれで魅力的だろう。


 ミティだけではなく、アイリスやモニカとの間にも子どもがいつできてもおかしくない。

 みんなそれぞれ、子どもができればどのような母親になるのだろうか。

 少しだけ不安だが、それ以上に楽しみな気持ちが強い。


 俺はそんなことを考えつつ、ジョージや他の男性陣とともに男湯に向けて歩みを進めていった。

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