409話 マリア、死す?

 俺たちはアヴァロン迷宮の5階層を進んでいく。

 そして、ついにーー。


「見ろ。ここが最奥のようだ」


「そうですわね。あそこにいる巨大な竜が、ファイアードラゴンだと思われますわ」


 リーゼロッテが指差した先では、マグマがグツグツと煮えたぎっている。

 そのマグマのすぐ近くで、静かに横たわっている竜がいる。

 あれがファイアードラゴンか。


「へえー。おっきい竜さんだね!」


 マリアが空を飛びながら、そう言う。

 彼女はハーピィ。

 飛行能力を持つ。


 じっと待っていたりゆっくりと歩くのが苦手なそうだ。

 普段の馬車の移動時にも、彼女は空を飛んで息抜きをしていたことがある。


「マリア。ファイアードラゴンに見つかるとマズい。そろそろ下に降りておけ」


「わかった!」


 マリアが俺の言葉に従い、降下を始める。


「しかし、封印が解けかかっているというのは本当だったのだな。確かに、特に拘束はされていないし封印されているような様子はない」


「ええ。今まで視認した者はいませんでしたが、このダンジョンの方角から雄叫びや爆発音を聞いたものが多数いるのです。このままでは、ダンジョン外に出るのも時間の問題でしょう」


 ダンジョンは、破壊不可能な建造物というわけではない。

 竜種の高い破壊能力があれば、壁や天井などを壊して外に出ることも可能だろう。

 その場合、このラスターレイン伯爵領に被害が出る可能性が高い。

 そうではなくとも、近隣の他の町や他国に牙をむく可能性もある。


「そのために、再封印が必要というわけか。……ん?」


 ファイアードラゴンが顔を上げ、こちらを見る。

 俺たちの気配に気づいたのか?

 悠長にしゃべっている場合ではなかったかもしれない。


 スゥッ。

 やつが大きく息を吸い込みーー。


「ゴアアアァッ!」


 強烈なブレスを放ってきた!


「くっ。マズい……。みんな避けろ!」


 俺はそう指示を出す。


「了解でさあ!」


 トミーたち同行の冒険者が素早く退避する。

 彼らは戦闘能力こそミリオンズには若干劣るが、経験豊富なCランクだ。

 咄嗟の反応速度には優れている。


「サリエさん、ボクの手を掴んで!」


「は、はい!」


 ミリオンズの中でやや機動力に欠けているのは、サリエだ。

 アイリスはそんな彼女をしっかりとフォローしてくれている。


「ひ……。あっ……」


 リーゼロッテが焦り、足がもつれた。

 彼女がその場でこけかける。


「リーゼ! 俺の手に掴まれ!」


「タ、タカシさん」


 俺はリーゼロッテの手を引き、ブレスの攻撃範囲から離れる。

 急ぎだったので『リーゼロッテさん』ではなく『リーゼ』と呼ばせてもらった。

 戦場であまり丁寧に話している余裕はない。


 身のこなしの面で最も懸念のあるサリエとリーゼロッテの退避は間に合った。

 ミティ、アイリス、モニカ、ニム、ユナは自力で退避に成功している。

 蓮華、コーバッツ、同行の冒険者たちも退避済みだ。


「これで全員……いや、まだだ! マリア! 早くこっちへ来い!」


「あうー。今降りているところだったから、急に方向を変えるのはむずかしいんだよー」


 マリアがそう言う。

 そんな悠長なことを言っている場合ではない。

 ファイアードラゴンのブレスがすぐそこにまで迫っている。


 時間が。

 ゆっくりと。

 流れているように。

 感じる。


「マリアァァァ!!!」


 俺が必死に伸ばした手は。

 間に合わなかった。


 マリアがファイアードラゴンの高熱ブレスに巻き込まれる。

 ジュッ。

 肉が焦げる音が聞こえる。


 そして、ブレスが通り過ぎた後に残されていたのはーー。


「マ、マリア……?」


 黒ずんだ肉塊がそこにはあった。

 これがマリア。

 いや、マリアだったもの……。


「あ、ああ……。あああああぁっ!!!!!」


 第六隊の副隊長、そしてミリオンズのリーダーである俺の責任だ。

 ここまでのダンジョン攻略が順調で、油断していた。


 いや、そもそもダンジョン攻略にマリアを連れてくる必要はあったのか?

 ルクアージュの街で待ってもらっていればよかった。


 いや、それ以前に、彼女をハガ王国から連れ出さなければよかった。

 バルダインやナスタシアの希望もあったとはいえ、彼女はまだ10歳。

 明らかに、旅をするにはまだ早すぎた。


 俺のせいだ。

 俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ。

 大切な仲間を死なせてしまった。


「タ、タカシ。落ち着いて。ボクたちの治療魔法を試してみよう」


「そ、そうです……。私も合わせます」


 アイリスとサリエがそう言う。

 彼女たちも顔色が青ざめている。

 そうだ。

 ここは、俺がしっかりしないと。

 この隊の副隊長にして、ミリオンズのリーダーである俺がうろたえてどうする。


「「「……彼の者に安らかなる癒やしを。リカバリー」」」


 俺、アイリス、サリエ。

 3人で合同治療魔法を発動させる。


 大きな癒やしの光がマリアを包む。

 黒ずんだ肉塊の一部が、肌色に戻った。

 これは……手か。


「まだギリギリ間に合うかも……。完全に死んで魂が天国に召した者には、治療魔法の効果は及ばないはずだから」


 アイリスがそう言う。

 完全に死んだ者には、治療魔法の効果が及ばない。

 逆に言えば、治療魔法の効果が出ていればまだ完全に死んだわけではない。

 肉体的には明らかに死んでいるはずだが、魂は別ということか。


 俺たちは引き続き、治療魔法を継続する。

 マリアの手に加え、体や足も肌色を取り戻しつつある。


「く……。このペースだと、ボクのMPが保つかどうか……」


「まずいですね……。私も、道中でたくさん治療魔法を使ってきましたし……」


 アイリスとサリエがそう言う。

 アイリスとサリエはMP関係のスキルを伸ばしていない。

 合同治療魔法を長時間継続して発動し続けることは厳しい。


「何とか絞り出してくれ。頼む」


 いざとなれば、俺の単独の治療魔法で何とかなるか?

 俺のMPは、まだまだあるぞ。


「う……。ご、ごめん。もうムリみたい」


「私もです……。申し訳ありません」


 アイリスとサリエがそう言う。

 彼女たちは既に意識が朦朧としている。

 MPが枯渇すると、意識が遠のいていくのだ。


「わかった。後は俺が1人でやる」


 アイリスとサリエが意識を失うと、さらにマズい事態になる可能性がある。

 俺の全MPを振り絞れば、俺1人の治療魔法でも何とかなるかもしれない。

 いや、何とかするしかない。

 俺がマリアの治療に集中しているときーー


「ゴアアアァッ!」


 再び、ファイアードラゴンの唸り声が聞こえた。

 強烈なブレスがこちらに向かってくる。


 治療に集中していた俺は咄嗟に体が動かない。

 MPが枯渇寸前のアイリスとサリエもまともに動けない。

 ブレスから無事に逃れることは難しい。

 マズい……。


 俺の判断ミスにより、マリアだけではなくて俺自身、そしてアイリスとサリエまで死なせることになってしまう。

 俺は、最後まで無能なリーダーだった……。

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