371話 ミサの回復/シュタイン=ソーマとの盟友関係

 聖騎士ソーマとの決闘を終えてから、数日が経過した。


「私の愛するミサよ。私たちの再会を祝して、盛大な宴を開こうではないか」


 ソーマがキザったらしくそう言う。


「……もう。再会も何も、私は今までの記憶もちゃんとあるんだよ? 確かに、どこか他人の記憶を眺めているような気分だけどさ」


 そう言うのは、ソーマの第一夫人であるミサだ。


 あの決闘のあと、闇の瘴気により暴走するソーマを俺とアイリスの聖魔法や聖闘気により浄化した。

ソーマは正気を取り戻し、今まで手当り次第に女性を口説いてきたのを悔いた。


 とはいえ、あの飯屋の一件のように強引に迫るようになったのはつい最近らしい。

彼には第八夫人までの女性がいるが、それぞれと良好な関係を築いているようだ。


 そもそも彼がたくさんの女性を侍らせるようになったのは、理由がある。

原因不明の事象により記憶と感情を失ったミサの治療に向けて、治癒の宝玉へ魔力を注ぎ込むためだ。


 彼の今までのがんばりのかいがあって、治癒の宝玉には既に十分な魔力が溜められている。

ここ最近、優秀な治療魔法士を探しているところだったそうだ。


 俺とアイリスは、上級の治癒魔法を使える。

乗りかかった船だし、せっかくなのでミサの治療に挑戦させてもらうことになった。


 そして、結果は成功。

ミサは無事に記憶と感情を取り戻した。

ソーマとミサの感動的なシーンもあったが、今は置いておこう。


 その後、経過を観察しつつ今に至るというわけだ。


「ソーマ騎士爵殿。仲がよろしくていいことですな」


 俺は彼にそう声を掛ける。


「おお、タカシ。そうかしこまるな。私と君の仲ではないか。家名のソーマではなく、シュタインと呼んでくれ」


 彼がそう言う。

この世界では、どちらかと言えば名前で呼び合う風習がある。

名字で呼び合うのは、かしこまった席だけだ。


 俺と彼は、2人とも騎士爵を授かっている。

対等な関係ではあるが、本来であれば貴族としてお互いにそれなりの礼儀を示すべきである。


「わかった。シュタイン。同じ騎士爵として、対等で友好的な関係を築いていこう」


 俺はそう言う。

歩み寄ってくれている人の好意を無下にするのも悪い。


「ああ。私は、貴族としては君より先輩だからな。領地経営について、わからないことや困ったことがあればいつでも言ってくれ。……ああ、そうそう。この街”リバーサイド”の名物料理やデザートも、近いうちに振る舞ってあげよう」


 シュタインがそう言う。

確かに、彼は冒険者としても貴族としても俺より先輩だ。


 彼の見事な剣技については、決闘で十分に見せてもらった。

ギルド貢献値1億6000万ガルのBランク冒険者は伊達ではない。


 あの決闘では何とか俺が勝てた。

しかし、次は勝てないかもしれない。


 彼は、あの決闘の時点で闇の瘴気により少し暴走気味だった。

暴走状態では、判断力が低下するので戦闘能力もそれに伴ってやや低下する。

万全の状態のシュタインは、もっと難敵だろう。


「それはありがt……」

「それはありがたいですわ! この街の料理は、一度心ゆくまで堪能したいと思っていましたの」


 俺の言葉にかぶせるように、リーゼロッテがそう言う。

彼女は、俺とシュタインの決闘の前に飯屋で食事を楽しんだ。

それに、ここ数日もそれなりの食事を堪能している。


 しかし、領主であるシュタイン自身が手配してくれる名物料理やデザートは、ひと回り上の一級品となるだろう。

楽しみなところだ。


「リーゼロッテ=ラスターレイン様。サリエ=ハルク殿。私があなたがたに出していた求婚は、取り下げさせていただこう。ご迷惑をおかけした」


 シュタインがそう言って、頭を下げる。


「わかりましたわ。お気になさらないでくださいまし」

「まあ……そもそも受けるつもりはありませんでしたから……」


 リーゼロッテとサリエがそう言う。

彼女たちは、シュタインから実害を受けていない。

受諾するつもりがない求婚の手紙を受け取り、少し困っていた程度だ。


「私には、無闇に妻を増やすつもりがなくなった。それに……」


 シュタインが俺のほうに視線を向ける。

彼が言葉を続ける。


「このタカシ=ハイブリッジ騎士爵はすばらしい能力と人格をお持ちだ。彼なら、あなたがたを幸せにしてくれることだろう。私は安心して身を引くことができる」


 シュタインがそう言う。

彼からの過大評価に少し胃が痛い。

すばらしい能力はステータス操作のおかげだし、人格は加護付与という目的のために善行に努めているだけである。


「タカシさんとも、まだ正式には婚約しておりませんが……。帰ったら、お父様にも相談しないといけませんわ」


 リーゼロッテがそう言う。

もう少し落ち着いたら、俺たちはラスターレイン伯爵領へ向かう。

リーゼロッテは、その場で父に結婚の件を相談するのだろう。


「私も……。父と相談してみます。タイミングは、リーゼロッテさんよりも後になりそうですが……」


 サリエの実家を訪れるのは、ラスターレイン伯爵領でのファイアードラゴンの再封印の件がひと段落した頃になるだろう。

少し期間があくが、まあ仕方のないことだ。


「ああ。俺も、リーゼロッテさんとサリエを幸せにできるよう、もっとがんばるつもりだ」


 俺はビシッとそう言う。


「タカシお兄ちゃん? マリアのことを忘れてない?」


 マリアがそう口を挟んでくる。


「お、おう。もちろんマリアのことも考えているぞ。バルダイン陛下やナスタシア王妃に相談するつもりだ」


 ハガ王国には、転移魔法陣を作成済みだ。

この街にも転移魔法陣を作成すれば、ハガ王国に転移することができる。

距離があるので消費MPは多いが、俺とマリアの2人だけなら問題なく転移できるだろう。


 しかし、そこまでする必要があるかどうか。

サリエと同じく、ファイアードラゴンの件が片付いてからにすべきだろう。


 転移魔法陣にはリスクもある。

描かれている魔法陣が傷ついたり汚れたりしたら、消費MPが増大する。

極端に傷ついたり汚れたりした場合は、使えなくなる可能性もある。


 俺とマリアの2人でハガ王国に転移したタイミングで、この街の転移魔法陣に大きな傷が付いたら、帰ってこれなくなる。

馬車や徒歩で合流はできるだろうが、ずいぶんと時間がかかってしまう。

ファイアードラゴンの件には間に合わなくなるだろう。


 それに、ミティやアイリスたちと別行動になるのもリスクだ。

今回のように喫緊の課題がある場合は、極力転移魔法陣の使用を控え、パーティが分散しないように気を付けなければならない。


「な、なんと……。そのような幼い少女にまで手を出しているのか」


 シュタインが驚愕の表情で俺を見る。

傍らのミサも、俺を冷たい目で見ている気がする。


 そういえば、シュタインの妻たちはほぼ全員が20歳を超えているな。

ミサも20代前半ぐらいだし。

もっとも若い人でも、10代後半くらいか。

彼は俺とは違い、ロリコンではないようだな。


 シュタインが続けて口を開く。


「私の女性好きはかなりのものだと自負していたが、上には上がいるということだな。タカシ=ハイブリッジ。君がナンバーワンだ」


 そんな、ライバルを認めるような雰囲気を出されても。

女好きでナンバーワンになっても、嬉しくない……。


「ま、まあ、彼女たち全員が魅力的なのがいけないのだ。俺は、極端に女好きというわけではない」


 そう言い訳をしておく。

実際のところ、俺は女の子が大好きだが……。

シュタインのように、女好きとの噂が広まるのは避けたい。

悪評が広まると、今後の忠義度稼ぎにも支障が出る。


「タカシがそう言うのなら、そういうことにしておこうか。なにはともあれ、ファイアードラゴンの件だな。私にも助力を頼みたいとのことだが……」


 シュタインが場を仕切り直し、そう言う。


「ええ。ぜひお願いしますわ」

「俺からも頼む」


 リーゼロッテが頭を下げるのに合わせて、俺も頭を下げる。


「当然、協力させてもらおう。ラスターレイン伯爵家とは寄り親・寄り子関係の間柄だし、タカシは盟友だ。断るわけにはいかない」


 シュタインがそう言う。

俺はいつの間にか盟友扱いになっていたようだ。

冒険者としても貴族としても先輩であるシュタインと懇意にできれば、いろいろと捗るだろう。

こちらとしても、彼との盟友関係は歓迎したいところだ。


「ありがとうございます。ではさっそく、出発の日を決めましょう」


 リーゼロッテがそう言って、急かす。

ファイアードラゴンの封印には、まだ少しの時間があるはずだが。

早いに越したことはないということだろう。


「ああ。すまないが、数日程度待ってもらえないだろうか。ミサの容態が急変したりしないか様子を見たいし、領主として最低限の段取りというものがある」


 シュタインがそう言う。

言っていることは、当然のことだな。


「それは仕方ありませんわね。わかりました。少し待つことにしましょう」


 リーゼロッテがそう引き下がる。

彼女はお願いしている立場だし、それほど強硬な態度は取れない。

そもそも、極端に急ぐ旅でもないしな。


「せめてものおわびとして、先ほども言ったようにこの街”リバーサイド”の名物料理やデザートを用意させよう。それに、最重要の来賓として宿泊先も斡旋する。風呂もあるぞ」


 シュタインがそう言う。


「それはありがたい。待っている間、それらの料理を堪能しつつゆっくりさせてもらうことにしよう」


 俺はそう言う。

名物料理やデザートの堪能。

豪華な宿泊先での休息と風呂。

楽しませてもらうことにしょう。


 さらに、もう1つ済ませておきたい用事もある。

サリエへの加護付与の件だ。


 つい先日、忠義度40を達成したので彼女には加護(小)を付与したところである。

今回の決闘前の求婚や、その後の決闘での活躍などを通して、とうとう彼女も忠義度50を達成したのだ。

これで、本格的な強化が可能となる。


 それに、普段の狩りやゴブリン戦などを通して、他のメンバーのレベルもそれぞれ上がっている。

ファイアードラゴン戦に向けて、みんなのスキルを強化しておくことにしよう。

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