186話 チンピラを撃退

 冒険者ギルドで報奨金などを受け取り立ち去ろうとしたところ、チンピラに絡まれた。


「おいおい。兄ちゃん。若えのに大したもんじゃねえか。ちょっと金を恵んでくれよ。まとまった金が入ったんだろ?」


 カツアゲだ。

久しぶりの典型的なチンピラだ。

この世界に来てからのチンピラは、いい人が多かった。


 初日に絡まれた、アドルフの兄貴とレオさん。

彼らには、冒険者としての基礎を教えてもらった。


 その3週間ほど後に絡まれた、”荒ぶる爪”のディッダとウェイク。

彼らとは、スメリーモンキーの討伐で行動をともにした。

スメリーモンキーが糞を投げつけてきたときに、彼らが身を挺して俺を守ってくれた。


 さらにその2か月ほど後に絡まれた、ゾルフ砦の武闘家のミッシェルとマーチン。

俺とミッシェルは、ガルハード杯の1回戦でぶつかった。

試合終了後にはアドバイスをしてくれたし、悪い人ではなかった。


「おいおい。何とか言ったらどうなんだ? え?」


 さて。

この男はどうしたものか。


「(見ろよあいつ。特別表彰者のタカシに絡んでやがるぜ)」


「(命知らずだな。たかる相手は選べよな)」


 周囲からそういう声が聞こえてくる。

普通なら聞こえないぐらいの声量だが、俺は聴覚強化レベル1を取得しているからな。

自慢じゃないが、盗み聞きには定評がある。

……本当に自慢になってない。


「えっと。ちょっとぐらいなら分けてあげてもいいんじゃないかな」


「そうですね。少しぐらいなら……」


 アイリスとミティがそう言う。

彼女たちは戦闘能力が高い。

チンピラにビビっているわけではもちろんないだろう。


 素直にお金を恵んであげようというわけか。

優しい。

優しすぎる。


「うーん。それはどうだろう。あんまり際限なくお金をあげるのもよくないと思うけど」


「そ、そうですよ! こういうのは、甘い態度を見せたら付け込まれるのです! ここはわたしが!」


 モニカとニムがそう言う。

ニムは、お金に関してはシビアなところがある。

いろいろと苦労してきた影響だろうか。


 ニムがチンピラに向かっていく。


「けっ。ガキは引っ込んでやがれ!」


 チンピラがそう言って、ニムを払いのけようとする。

ニムがその手を躱す。

懐に入り込む。

拳を突き出す。


「せえぃっ!」


「ぐはっ!」


 ニムのパンチがチンピラの腹にめり込む。

このワンパンチで、チンピラはあっさりとダウンした。

見事なパンチだ。


 ニムは格闘術のスキルを持っていないが、アイリスからの指導を時おり受けている。

また、加護の恩恵や腕力強化のスキルにより、身体能力もかなり高めだ。

そんじょそこらの冒険者には肉弾の戦闘能力でも引けを取らない。


 ……というか、ニムさん容赦ねえな。


「え、ええー……」


「な、何もそこまでしなくても……」


 アイリスとミティがそう言う。

少し引いているようだ。

ちなみに俺もちょっとだけ引いている。


「(ほら見ろ。あっさりと返り討ちだ。さすがにあの子が手を出すのは少し予想外だったが)」


「(だな。幼い子どもに見えても、さすがは特別表彰者のパーティメンバーといったところか。なかなかの拳速だった)」


「(やれやれ。いくら子どもがお腹を空かせて待っているからと言って、焦り過ぎだぜ。しゃあねえ。俺が少し恵んでやるか)」


 周囲からそういう声が聞こえてくる。

やはり、ニムがここまで強いのは予想外だよな。

俺もだよ。


 それにしても、少し気になる情報があったな。

何も聞こえなければ、チンピラを撃退した爽快な気分のまま立ち去れたのだが。

聴覚が優れているというものも考えものだ。


「(ぐっ。ぐうぅ。すまん……。不甲斐ない父ちゃんを許してくれ。ルーコ……。レーコ……)」


 チンピラが倒れ伏しながら、そう小声ですすり泣く。

おいおい。

やっぱり、このチンピラも実はそれほど悪いやつではないというオチかよ。


 まあ、人にたかっている以上、いいやつではもちろんないが。

極悪人というわけでもなさそうだ。


 ……仕方ない。

俺はチンピラに近づいていく。


「彼の者を癒やしたまえ。キュア」


 まずは、治療魔法をかけておく。

チンピラの腹部の痛みが治まったようだ。

彼が顔を上げる。


「うちのパーティメンバーが失礼した。少しやり過ぎたようだ。これは慰謝料として取っておいてくれ」


 俺はそう言って、チンピラの手のひらに金貨数枚を置き、握らせる。


 俺たちの資金にはかなりの余裕がある。

とはいえ、たかってくるやつに無制限に金を配っていては、さすがにキリがない。


 ニムが殴った慰謝料という建前にするのが、結果的にはいいバランスのように思える。

手のひらに金貨を握らせることにより、俺が彼にいくら渡したか、周囲の人にはわからないだろうし。


「あ、ありがとう。ありがとうございます。うっ。ううっ」


 チンピラが頭を下げ、涙ながらにそうお礼を言ってくる。

金貨はともかくとして、ケガについてはそもそもこっちの攻撃が原因だ。

マッチポンプみたいなもので、お礼を言われるのは違和感がなくもない。


 ……そうだ。 

せっかくの臨時収入だし、少し景気良くいくか。


「聞け! 野郎ども!」


 俺は少し大きめの声で、建物内にいる冒険者たちにそう呼びかける。

厳密には野郎だけではなく女性もいるが。

細かいことはいいだろう。


「念願の特別表彰をもらうことができて、俺は気分がいい。この場にいる者に好きなだけ酒をおごってやろうではないか!」


 俺はそう叫ぶ。

この冒険者ギルド内には、打ち合わせや待機用の座席がいくつもある。

また、近くの飲食店や酒屋とも提携しているので、ここで飲み食いしている冒険者も多い。


「マジか! うおおおお!」


「さすが! 特別表彰者ともなると太っ腹だぜ! 器が違う!」


「ひゅううう! これからはタカシの兄貴と呼ばせてもらおうか!」


 冒険者たちが口々にそう言う。

忠義度を確認すると、ほとんどの者が20を超えている。

忠義度稼ぎという面でも悪い選択肢ではないだろう。


 ……ん?

もっとも忠義度が高い者で、30に近い人たちがいる。

これは有望だ。

どの人だ?


「ただよりうまい酒はねえなあ。ありがてえぜ」


「くっくっく。今日は潰れるまで飲むとしよう」


 忠義度が30に近い人は、ディッダとウェイクだった。

懐かしい顔ぶれだ。

スメリーモンキーの討伐で行動をともにした、チンピラ風のDランク冒険者だ。


 以前より交流のあるディッダやウェイクの忠義度が高まってきている。

加えて、他の冒険者の忠義度も今回の件で高めることができそうだ。


 俺には、特別表彰者という肩書がある。

一定以上の実力があることが保証されていると言えよう。

その上で、酒をおごるという直接的に利益を提供する行為をした。

これなら、多くの者の忠義度が上がっても不思議ではない。


「ネリーさん。この金貨分でうまいこと処理しておいてもらえませんか? あまった分は差し上げますので」


 俺はそう言って、受付嬢のネリーに金貨10枚以上を渡す。


「承知しました。うまく処理しておきますね。私もいただこうかな」


「ええ。もちろんどうぞ」


 まあ俺が稼げているのはチートのおかげだしな。

少しぐらい一般の冒険者やギルド職員たちに還元してもバチは当たらないだろう。


 冒険者たちが大騒ぎする中、俺たちは冒険者ギルドを後にする。


「みんな。事後報告になってごめん。無駄遣いかもしれないが、少しぐらいいいよな?」


「問題ないと思います。タカシ様を尊敬する人があの中から出てくるかもしれませんし」


「そうだね。まあいいんじゃない? もとはタカシの特別表彰の報奨金だしね」


 俺の言葉に、ミティとモニカがそう言う。

アイリスとニムからも特に異論はないようだ。


 今回の対応は、とりあえずこれで良かったと思うことにしよう。

しかし、顔が売れてくると、金をせびってくるやつらも増えてくるかもしれない。


 今回は、結果的にはニムに嫌われ役を押し付けた形になってしまった。

パーティとして、今後の基本的な対応方針を決めておかないといけないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る