117話 モニカの父 ダリウスの病

 それから数日間、同じように作業を手伝っていった。

瓦礫の片付け。

店内の掃除。

いたんだ机や椅子の修理などだ。


 俺たちで修繕しきれないところは、プロに依頼した。

机や椅子は一部を買い直す予定だ。


 建物の修繕費や、机や椅子など備品の購入費は俺たちのパーティ資金から貸し出した。

金貨200枚ほど。

決して安くはない金額だが、ミティやアイリスも貸し出しに同意してくれている。


 そうそう。

冒険者ギルドに買い取りを依頼していた魔石は、金貨210枚で買い取ってもらうことができた。

これにより、俺たちが所持する現金は金貨400枚ほどになった。

そこから、モニカに金貨200枚ほどを貸したので、残りの現金は金貨200枚ほどだ。


 ここで、俺たちの資産を整理しておこう。

パーティの現金資産は金貨200枚ほど。

パーティとしてモニカへ貸しているのが金貨200枚ほど。

俺がラーグ奴隷商会から借りているのが金貨270枚ほど。


 仮にモニカに貸した金がしばらく戻ってこなかったとしても、さほど苦しいわけではない。

パーティの現金資産にはまだ余裕がある。

俺の借金はたくさん残っているが、返済期限はまだ2年と8か月ほどある。

俺たちが冒険者として稼げる額を考慮すれば、余裕を持って返済できるだろう。


 最も理想的なのは、モニカが加護の条件を満たしてくれることだ。

モニカに加護を付与できれば、ステータス操作により能力を強化できる。

本人の意思次第だが、戦闘系のスキルを取得してもらえれば、俺たちといっしょに冒険者として稼いでいけるだろう。

彼女の取り分の一部を返済に充ててもらうことができる。

冒険者活動に難色を示されてしまった場合でも、例えば料理や日常生活に役立つようなスキルを強化するという選択肢もある。


 俺たちの片付け作業やプロによる建物修繕作業などが日々進んでいく。

プロによる建物修繕作業はもうしばらくかかるそうだ。

ひとまず、俺たちが自分でできるような作業はこれでひと段落だ。


「長い間、手伝ってくれてありがとう。何とか再開の目処が立ちそうだよ!」


 モニカがそう言う。

この数日で、彼女の表情はどんどん明るくなってきた。


「お疲れ様でした。また何か手伝えることがあれば、いつでも言ってください」


「わかった。何かあればお願いするよ。もう力仕事はないし、私だけでだいじょうぶだとは思ってるんだけど」


 モニカがそう言う。


 ……ん?

モニカの後ろから男性が歩いてきた。

モニカの後ろは店の奥だ。

客ではないだろう。

ということは……。 


「……モニカ。何度も言っているが、無理して店を継がなくてもいいんだぞ」


 男性が元気のない声でそう言う。


「お父さん! ゆっくり寝ていてって言ったのに」


 彼はモニカの父親か。

働けないレベルの病気持ちと聞いている。


「お邪魔しています」


 とりあえず、挨拶はしておく。


「君が、モニカが言っていたタカシ君だね? それに、ミティ君とアイリス君か」


「モニカさんにはお世話になっています」


「こちらこそ、娘が世話になっている。私はモニカの父のダリウスだ。今後も娘と仲良くしてやってくれ」


 以前にモニカから聞いた話だと、彼の料理の腕はモニカよりも上らしい。

残念ながら何らかの病により、店に働くことが難しくなっていると聞いている。

今は何とか歩けてはいるが、少し大変そうだ。


「ええ、もちろんです。店が再開されたら、また食べに来ようと思っています」


「それはありがたいのだがな……」


 ダリウスが歯切れが悪そうに続ける。


「モニカ。お前の腕なら、他の料理屋でも雇ってもらえるだろう。もしくは、いい男を見つけて嫁入りするのもいい。今回の件は、店をたたむいい機会だと思っていたのだがな」


 ダリウスがそう言う。


 確かに、モニカにはそういう選択肢もある。

無理に父親の店を再建して継ぐ必要はないかもしれない。


 しかし、既に復旧作業がかなり進んだこのタイミングでそれを言うか?

……と思ったが、まあ普段から何度もモニカには言っているのだろうな。


「そういうわけにはいかないよ! 店のことは私に任せて、お父さんは体をゆっくり治して!」


 モニカがそう言う。

彼女は何とか店を続けたいようだ。

彼女にとっては、父親との思い出が詰まった店だ。

簡単に諦めたくないのだろう。


「お前が望むならそれでもいいがな……。うっ! ゴホッゴホッ!」


 ふいにダリウスが咳き込む。

彼が椅子に座り込む。

つらそうだ。


「俺とアイリスは治療魔法を使えます。試してみましょうか?」


「父の病気は、中級以下の治療魔法はあまり効かないんだ。完治には上級の治療魔法が必要と言われてる」


 モニカがそう言う。


 上級の治療魔法が必要か。

俺の治療魔法はレベル3、アイリスの治療魔法はレベル3。

中級だ。

残念ながら今の俺たちでは無理そうだな。


 しかし、試すだけなら簡単だ。

試してみよう。


「まあ試すだけ試してみましょう」


 ダリウスに手をかざし、治療魔法の詠唱を開始する。


「神の御業にてかの者を癒やし給え。ヒール」


 ヒールは治療魔法レベル2だ。


「……んん。少し気分が楽になったよ。ありがとう」


 ダリウスがそう言う。

心なしか、顔色が良くなった気がする。


 しかし、少し気分が楽になる程度か。

やはり、治療魔法レベル2では根本的な治療はできないようだ。


 続いて、エリアヒールとキュアも試してみたが、結果は同様だった。

まあエリアヒールは、ヒールの効果範囲が広くなっただけだからな。

効果の強さは同じということだろう。


 アイリスにも念のため試してもらったが、同じだった。


「いろいろと試してもらってありがとう。気持ちが楽になったよ」


 ダリウスからそうお礼を言われる。


「いえ。より上級の治療魔法も練習中なので、習得でき次第、かけさせてもらいますね」


「期待させてもらおう」


 ダリウスがそう言う。


「ありがとう、タカシ」


 モニカも少し期待してくれているようだ。


 スキルポイントを振って治療魔法を強化することも、視野に入れる必要がある。

アイリスはスキルポイントを使い切っているので、治療魔法を強化するならば俺だ。


 しかし、治療魔法は俺の手に余る。

今までは取得・強化をできるだけ避けていた。

治療魔法レベル3まで強化したのも、潜入作戦時の緊急事態に対応するためだった。


 治療魔法レベル3までであれば、中程度の外傷の治療やちょっとした解毒程度だ。

患者が押し寄せてくるようなレベルではない。


 しかし、治療魔法レベル4以上に強化していくと、より高度な治療も可能になるだろう。

ひょっとすると患者が押し寄せてくる可能性もある。

患者が押し寄せてくると、俺の精神力では見てみぬ振りはできない。

治療せざるを得なくなる。

そうすると、レベリングが疎かになるという問題が発生してしまう。


 うーん。

かなり難しいところだ。

心情的には強化したいところだが。

慎重に検討する必要がある。


「……ところで、タカシ君たちは店の片付けなどを手伝ってくれているそうだね。ありがとう」


 ダリウスがそう言う。


「モニカさんのおいしい料理を、またいただきたいので」


「そう言ってもらえると親としてもうれしい。私が元気なら、もっともっと、娘に教えたい料理はあったのだがね……」


 ダリウスが残念そうな顔をしてそう言う。

彼からモニカへしっかりと調理技術が継承されていれば、彼女の料理はもっとおいしく、もっと種類が豊富になっていたのかもしれない。

まあ、彼女の料理は既に十分においしいが。


「元気になってからね! 治るまでは無理しないで!」


 モニカがそう言う。


「元気に、か。そんな日がくることを祈ることにしよう」


 ダリウスは、半ば諦めたような口調でそう言った。

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