第35話 え? その見た目でボクっ娘なの?




 俺のヘタクソな説明では何もわからなかったらしく、代わりにお母さんが説明した。

 すると女子高生は、落ち着いたのかソファーに座った。



「……ここがアンタのお父さんの居る家?」

「うん」

「名前は?」

「名前は――」

「柊くんよッ!!」



 横からお母さんが割り込んできた。娘にすら旦那の名前を呼ばれたくないのか。



「……もしかして、人間と妖怪の間に産まれた子なのか?」

「うん? そうだよ?」



 俺が正直に答えると、女子高生は大きく目を見開いて驚いていた。

 もしかして、何かいけないことでも言ってしまったのだろうか……?



「ボクもなんだ……」

「えっ?」

「ボクも人間と妖怪の間に産まれた子なんだ」



 俺もお母さんはもちろん、白菜たちだって大きく目を見開いていた。



「その見た目でボクっ娘なの!?」

「由紀、少しズレてる」



 いやいやいや! えっ!? ……でも、ええっ!?

 だってこんな人間嫌いみたいな雰囲気を纏った不良感のある女子高生がボクっ娘なんだぞ!?

 そこにツッコまないでどうする!?

 俺以外にも人間と妖怪の間の子――半妖が居たのは驚きだが、そんなことよりもボクっ娘だったという事実の方が驚きだ。


 俺たちがすっかり呆気に取られていると、ガチャリと玄関の開く音が聞こえてきた。



「ただい――」

「お父さん、おかえりなさーい!」

「おおう……」



 リビングで俺とお母さんを見るなり、お父さんは変な声を出して目を擦った。俺たちを幻覚かだと疑っているのだろうか?



「ハァ……」



 そして、その口から吐かれる大きな溜息――――



「透花、由紀、皐月さつき……すみませんでした!」



 ――からの、土下座ッ!!

 

 俺たち三人が顔を合わせると、思わず苦笑い。お母さんがお父さんの肩を叩いた。



「もしかして、私以外と……シたの?」



 この場の覇権を握ったお母さんは、ニコニコ笑顔でお父さんに訊く。


 俺は笑顔に反してお母さんの目が笑っていないことに気付いた。



「本当にすみませんでしたッ!!」



 地面に頭を擦り付けるお父さんに、お母さんが氷柱を射つ。

 俺はそれを緩やかな曲線の氷壁を作り、お父さんに当たることを防いだ。



「由紀! 邪魔しないで!」

「お母さん落ち着いて」



 俺はお母さんに抱きついて、お母さんの動きを封じると同時に子供がいるんだということをアピールする。

 お母さんはハッとしたのか、心を落ち着けるために深呼吸をする。



「……話を聞こっ?」

「そうね……ごめんなさい……」



 お母さんは俺を抱きあげると、お父さんから離れて、ソファーに腰を掛けた。

 皐月さんという女子高生と三人でソファーを使うと、お父さんが喋り出した。

 


「二十年前に上層部の指示で九尾という妖怪と色々あってな。当時は俺もまだ育ち盛りで健全な男子中学生だったわけで、拒否するほど強い意志も持てなかったんだ……」



 お父さんの言い訳は、三十分に渡って全てを綴られた。


 ――まず、退魔統括協会が「妖怪退治を楽にできる人間が欲しいな」と考え、半妖を人間として育てることで実現させようとした。それが、こちらの女子高生――皐月さんである。


 ――次に、「半妖って妖怪として育てたら危ないんじゃないか?」という意見が出てくる。


 ――それに乗じて、お父さんが「あのクールそうな雪女、メス◯ちさせたいな」とほざく。


 ――退魔統括協会がその場を設けて儀式召喚。雪娘こと、俺の生誕。


 ――お母さんに預けることである程度の知識を与えながら妖怪として育成し、定期健診で状態を確認する。


 ――あとは野となれ山となれ。



 以上がお父さんの話を簡単に纏めた結果である。



「つまり由紀と皐月はな……出会っちゃいけないんだ……」



 退魔統括協会は人間として、妖怪として、育てたのにも関わらず、交流を持たれて共感されるのは最も避けたい事態だったらしい。

 そのために俺は新潟県で、皐月さんは秋葉原で育てられたのだ。



「でもさ、野となれ山となれ作戦してるような協会の話なんだし……会っても大丈夫じゃない?」

「ボクもそう思う」



 正直、お母さんがお父さんの二人目だったという事実以外に興味を惹かれた話はなかった。……嫌悪した話はいくつかあったけど。



「まあそうなんだけどな……ハァ、上層部にどう報告しよう……」



 頭をボリボリと搔きながら溜息を吐くお父さん。そこにお母さんがソファーから立ち上がって、お父さんの耳元で囁いた。



「てめぇらのお粗末な作戦で、貴重な戦力である雪女のやる気が無くなった。許して欲しかったら給料を増やせって言ってやりなさい」

「――それは、伝えておく……」



 お母さんもちゃっかりしてるな。

 まあ、最近は着物を新調したいからって、お金貯めてるもんな。普段ならお金をせがむなんてことはしないだろうけど、今回はタイミングが悪かったな。



「…………」



 俺は皐月さんと目が合うと、何とかなって良かったという安堵から、くすりと笑う。

 そんな俺を見た皐月さんが口を開いた。



「ボクたちは姉妹なんだね」

「うん」



 ……そういえばまだ自己紹介してなかったな。



「雪娘の由紀だよ。よろしくね」

「……ボクは玉藻前の皐月だ。腹違いだけど、姉妹っぽいから気軽にお姉ちゃんって呼んでいいよ」

「お姉ちゃん……」



 前世には呼ぶことのなかったその言葉に、俺は新鮮味を感じた。

 お姉ちゃん……しかも玉藻前の。今は玉藻前の妖術で人間に化けているみたいだが、それでも十分のバブみを感じる。膝枕で耳掻きして欲しい人ランキング一位だな。

 ――おっと、お母さんの前だった。耳掻きの話は無かったことにしよう。



「私、双葉白菜。皐月お姉ちゃんって呼んでいい?」

「あたしは一柳みこ! よろしくね、皐月お姉ちゃん!」



 気まずい雰囲気から一転したことを察知した二人が皐月お姉ちゃんに話しかけた。

 みこは強いな。薄々感づいてはいたが、やはりコミュ力お化けだったか。



「――ボク、人間苦手なんだ……」



 おおう、それは……まあ、育て方が悪い。

 父親は同じなんだ。

 間違えなく人間として育てたことが裏目に…………言われてみれば、この周囲の環境が特例だっただけで、俺もコミュ障の人間嫌いだわ。……うん、間違えなく俺のお姉ちゃんだわ。



「ま、まあ、そのうち馴れるわよ。ゴールデンウィークが明けるまではしばらく滞在する予定だから、仲良くできるように頑張ってね」

「はーい!」

「うん!」



 元気よく返事をする白菜とみこを見て、俺と皐月お姉ちゃんは思わず顔を見合わせて苦笑いをした。

 ……現実逃避の仕方まで俺とそっくりだわ。

 前世では一体どんな生活をしていたのか、ちょっと気になると思った。



 そして、その夜のこと――――


 雪娘の入浴加減を知らなかった皐月お姉ちゃんはモノの見事に俺の身体を溶かし、お母さんもまた、深夜にお父さんとハッスルしまくって身体を溶かしたのだった。




「雌オチなんてサイテーーッ!!」

「誰が上手いことを言えと……」

「由紀、そんな言葉どこで知ったの?」

「師匠が言ってた」



 ……ごめん、師匠。


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