ACT26 聖女の心臓

 その通路は、金属とも硝子とも取れない透明な壁で仕切られていた。

 壁から天井、或いは床へと水槽の魚が泳ぐような動きで赤い光の球がいくつも舞っては散っていった。

 透明な床からは、この通路が巨大な地下空間の中に浮かんだ橋であることが解る。

 床の下、空間の底には毛髪のように細い管が無数に走っていた。

 だがそれは、この高さから見るからこそ細く見えるだけであって、その実際の直径は蒸気機関車が通るトンネルにも匹敵するほど巨大である。

 そして、その管が何処まで続いていて、一体何の為に使われているのかは解らなかった。

 また地下空間には小さな集落程度なら丸ごと収まってしまいそうな太さの円柱型の支柱が幾つも聳え立っており、それはさながら上の大陸そのものを支えているかのようだった。

「……この施設の規模。というより、、と考えたほうが正しい了見なのかもしれないな」

 調査隊を率いて通路を進むリューシンガが呟いた。

 その地下空間の広さは、目測ながら大陸と同等かそれ以上あるだろう、とリューシンガは思う。間近にある支柱と、肉眼で捉えられる最も遠い、既に細い針同然にしか見えない支柱。その間隔と支柱そのものの大きさから推測するに、この地下空間の果ては少なからず地平線と同等か、或いはそれよりも先にあると思われた。

 それが、あの巨大な螺旋階段を降りた地下に広がる光景であった。


「隊長、あちらを」

 同行するルーゼイが、通路の突き当りを指差した。

 部屋があった。

 通路と同じく透明な壁面と床、天井に囲まれたその部屋の中央には円錐状の機械装置があり、その上には紅い輝きを放つ宝玉が浮かんでいた。

 リューシンガは焦る気持ちを抑えつつ、ゆっくりとそちらへ歩く。

 遠目ではただの赤い宝石のようだったが、近づいて改めて見ると、その中に都市が築かれているかのような精緻な造形が施されているのがわかった。

「美しい……」

「恐らくこれこそが、この世界を制御し、管理する聖女の力の根源だ」

「では、これが〝聖女の心臓〟……!!」

「その通りだルーゼイ。紅き魔女ジゼリカティスは、騎士アクナロイドに殺される直前、秘密裏に自らの命をこの祭壇に隠した。決して人の手に渡らないように、とな。そしてこれは世界に存在する二つの心臓のひとつで、我々が今居るこの西の大陸デザンティスを司る宝玉〝デザンティスの心臓〟だ。我等が故郷たる東の大陸エクザギリアにも同様の〝エクザギリア〟の心臓があり、この二つの宝玉によって世界は維持、制御、管理され、その形を保ち続けられている、というわけだな」

「ならば尚更ですね。聖女様の命は、聖女様の元に」

「これ以上、世界をあの男の思い通りにさせるわけには行かない。紅き魔女、いいや、紅き聖女ジゼリカティスの為にも、デザンティスの民の為にも、そして我々と、蒼き聖女ウェンデレリア様の為にも、な」

「はい。我等はその為の〝四番隊〟です。クロリヴァーン隊長」

 言ってルーゼイは宝玉へと手を伸ばし、そして、取った。

 ――触れるな、私に。

 声。

「……今、何か仰いましたか?」

「いいや」

 ――我は、我を脅かすその全てを赦さない。

「声だ。声が聞こえます、隊長」

「声……だと?」

 ルーゼイの発言に、リューシンガははっとする。

「駄目だ。それを祭壇へ戻せルーゼイ!」

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