ACT17 少女と騎士
「……な、なんだと」
「いくら人間の手に渡った力とはいえ、その力は未だに多くの民衆にとっては聖女様の使う〝聖なる力〟でしかないし、その存在は魔法も同然。仮にその仕組みを理解したところで、普段の生活の中で実際に目の当たりにする機会なんてそうそうあるものじゃない。そりゃあ拝みたくもなるよね――ところで、隣に座ってもいい?」
「ああ、構わない――しかし、君はやけに大人のような物言いをするんだな?」
許可を得た少女はにっこりと笑って、青年の隣にちょこんと座った。
「女は見た目に騙されちゃ駄目ってことだよ〝聖女の騎士〟のおにいさんっ」
「そういう君は、学園の生徒だな。丁度良かった。実は人探しをしていてね、話によると今は君くらいの学年の生徒に授業をしているらしいのだが」
「先生を探しているの?」
「いや生徒だ。名前はクローディア・クロリヴァーン。学年は高等部の六年生だ」
「ああ、クローディアね」
「知っているのか?」
「オトメのヒ~ミツっ♪」
「からかうな。俺の姿を見れば解るだろう? 遊びに来たわけじゃないんだ」
少女は、言う青年が腰に携える剣を見る。
「それは〝聖典刀〟だね。聖典術を使う為の発動機関が組み込まれた、聖女の騎士だけが扱う事を許された特別な剣。そしておにいさんはその剣を駆使して、聖典術を人間として唯一使うことを許された、聖女より力を授かりし者達〝聖典騎士団〟の騎士様」
「その通りだ」
「でもボクから言わせてもらうと、聖女の力を拝借しているに過ぎないのに〝聖なる力〟の使い手になれたと勘違いしている、身の程知らずの愚か者共って感じだけどね」
「…………」
少女の口ぶりに、青年は唖然として二の句を継げない。
「でもまあ、おにいさんなら信用できそう。けれど頂く物はちゃんと頂いちゃうよ?」
「情報料か。いいだろう、何が欲しいんだ?」
「うーん」
青年は、少女の視線が傍らに数十箱も積み上げられているトロカテア焼きの箱へと向いていることに気付く。好都合だ、と青年は思った。クローディアの居場所を突き止めることも出来るし、この大荷物も全て少女にくれてやれば万事解決だ。
「よし、ならこのトロカテア焼き全部で手を打とうじゃないか」
「本当に!? なら、交渉成立だね!」
無邪気に喜ぶ少女はすぐさま一番上の箱を手に取り、包装紙を強引に破り捨てると箱を開いて中の焼き菓子を次から次へと間髪入れずに口の中へと放り込んでいった。
「それで、クローディアは何処に居るんだ?」
「お兄さんこそ、どうしてクローディアを探しているのさ?」
もくもくと咀嚼しながら、少女は青年に返す。
「言っただろう、仕事だよ。つまり任務だ」
「どんな任務?」
「この学園の教師でもあるから生徒の君なら知っているだろうが、聖典学の権威にして歴史学の第一人者でもあらせられるシュナウル・アスキス様という方が居てな、その方に頼まれたんだ。〝クローディアを首都ランセオンに連れて来て欲しい〟と」
「案外、サラリと喋っちゃうんだね」
「あ……」
少女の指摘に青年は固まる。
「そんなだからおにいさん、雑用みたいな任務しか与えられないんじゃないの?」
「う、煩いな。ほら俺は言ったぞ。クローディアの居場所を教えてくれ」
「クローディアなら、朝っぱらから補講に出てるよ。多分アスキス先生の研究室で待っていれば、そのうち帰ってくると思うけどね」
ばくばくと凄まじい勢いで食す少女を横目に、青年は即座に立ち上がる。そして、
「そうか! ありがとう可愛いお嬢さん。では学園長に挨拶した後、そちらに伺うとしよう。それから、そこにあるトロカテア焼きは全て君の物だからな!」
そう叫ぶように告げて、青年は学園へと続く坂道を駆け上がって行った。
少女――リッカは、立ち去る青年を見届けながら考える。
あの青年が使った〝流れし大気〟――風を操る聖典術。
それは、かの聖女戦争の折に強烈な衝撃波を敵に叩き付けるべく編み出された戦闘用の聖典術であった。力に働きかけ、自身の前に圧縮した空気の塊を作り出し、放つことで暴風を巻き起こす。前方へと放つだけならば、聖典術の基礎さえ学べば誰にだって扱う事は出来る。
(でも、あいつは違った)
青年は、風の流れを聖典刀で指揮するかのように器用に操って見せた。その制御技術は、力を与えた張本人である聖女にすら匹敵する。
「よもや、人間をしてあそこまで扱いこなせる者が居ようとは……」
リッカは誰と無く呟く。
その横には、平らげ尽くされたトロカテア焼きの空箱が幾つも転がっていた。
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