第26話 瞬殺
ベリアルの構えから繰り出される剣の軌道は突き、もしくは横からの薙ぎ払い。
ただ、敵もザコではないだろうからおそらく、俺の足を見てその軌道を変えてくるだろう。
突きを警戒して横に避ければ、薙ぎ払いを。
薙ぎ払いを警戒して跳躍またはしゃがんで避ければ、突きを。それぞれ使い分けてくるはずだ。
ここはベリアルの出方を窺うためにも、一旦距離を置いて様子を見たほうがいいのだろうけど、如何せん今は室内にいるため、満足に動き回ることが出来ない。
なら、まずはあの剣を取り上げたほうがいいな。
俺は両手を前へ突き出すと、白刃取りの構えをとった。
──ブン!
突然、ベリアルが剣の射程範囲
「な……!?」
突き付けられたのは〝斬られた〟という
「くっくくく、バカめ! 所詮勇者といえど、まだまだ青いな! ボクがただの剣を振り回すだけの能無しだとでも思ったかい!? ボクの剣、フォールンソードは空間を裂き、獲物の首のみを刈り取る。そこにあるのは確実な……」
──ドゴォ!!
突然、ベリアルの体が消え、その側面にあった壁にベリアルの体ほどの大穴が開く。慌ててその穴を覗いてみるものの、そこはすでに外。
俺はおそるおそる眼球を動かし、下を覗いてみると、ベリアルがフォールンなんとかという剣を握りしめたまま、踏み潰されたカエルのようにアスファルトに叩きつけられていた。
俺はゆっくりと確かめるように振り向くと、そこには中段蹴りを放った体勢のまま固まっているローゼスが、気まずそうに、俺の顔色でも窺うように、脚を降ろした。
「ローゼス、おまえってやつは……」
「いやいや、待て待て。ここであたしが責められるのはおかしいだろ」
「おかしくないだろ。前から言ってるよな手加減はしろって」
「でも、この程度の蹴りじゃ、あいつも死なねえだろ」
「……そういう事じゃないってわかってるだろ?」
俺が詰めるように言うと、ローゼスは俯きがちになりながら続けた。
「な、何でわざわざ毎回、相手のペースに合わせる必要があるんだよ。あんなの、本気を出さなくてもマコトなら一瞬だったろうが!」
「強敵に挑む場面なんだから、それなりのプロセスは必要だろうが。伸るか反るかの手に汗握るお互いの心理的な駆け引きとか、ピンチがチャンスに、チャンスがピンチに、目まぐるしく変化する戦いの様を楽しませてくれよ。これじゃ情緒も風情もないじゃん。久しぶりの強敵だったんだぞ!?」
「いや、でも強敵じゃなかったじゃん……」
「そんな事ないよ。明らかに……あれ、なんて言ったっけ、あの……ローゼスがさっき蹴飛ばしたあの魔物……」
「エドモンド晴美」
「そうそう、あいつより段違いに強かっただろ!」
「あいつはただのゴミだったろ」
「……まあ、ただのゴミだったけどさ。……空気を読めよ空気を。頼むよほんとに。俺からささやかな娯楽を奪わないでくれ」
「な、なんであたしがそこまで、ボロカスに言われなきゃなんねンだよ!? 大体、マコトはカイゼルフィールにいる時から、無駄に戦闘を長引かせ過ぎなんだよ! こっちは見てて、もどかしてしょうがねンだよ!」
「べつにローゼスは見てるだけでいいだろ。実際に戦うのは俺なんだから」
「でも、敵が隙だらけだと攻撃したくなるだろ?」
「……そこは我慢してくれよ」
「ば、ばか! 無茶言うな! 万が一でもマコトが傷ついたりしたら……その……」
『──お……おまえたち、ボクを無視するな……ッ!』
社外の下からベリアルの声。
急いで頭を出して下を見てみると、満身創痍のベリアルが脚をガクガクと震わせながら、俺たちを見上げていた。
「こっ、これで……かかか……買ったと思うなよ……にに、にくにく……憎き勇者め……!」
ベリアルはそう言うと、何か黒い……ボールペンのようなものを取り出した。
「ちっ、本来、こんなものを使う予定なんてなかったが……仕方がない……! これが何かわかるか!」
「わからん。ボールペンか?」
「ばっ、バカなのか!? どこをどう見たらボールペンに見えるんだ! 仮にボールペンだったとして、こんな場面でこれ見よがしにボールペンを突き出すバカがどこにいる!?」
「すまん」
「くっ、これは我らが開発した、努力と魔力の結晶……! その名も〝自爆装置〟だ!」
「な、なんて……頭の悪そうな名前の装置なんだ……!」
「対ルシファー様用にと、とっておいた奥の手だったが……致し方ない! 認めてやるぞ、その強さ、魔を退く勇者の力というモノをな!」
「……おいマコト。あいつ、あたしに蹴飛ばされたって理解してないみたいだぞ」
こそっと俺に耳打ちをしてくるローゼス。
「ボクがこれを押せば、おまえたちごとビルが吹き飛ぶ! つまり、周囲にいる人間ごと、おまえたちを一網打尽に出来るというわけだ!」
「な、なんだって……ッ!?」
「……演技過剰じゃないか? マコト」
こそっと俺に無駄な耳打ちをしてくるローゼス。
「そして、感謝するぞ勇者よ! おまえのお陰で、ボクだけがこうして外に出られた! これで、ボクだけが巻き込まれる事なく、後顧の憂いなく、ボタンを押すことが出来──ボファッッッッッ!?」
まるで一本の釘のように、ベリアルの体がコンクリートを貫き、地中深くまで突き刺さる。目を凝らして見てみると、いつの間にかベリアルの背後に回っていた蠅村が、その脳天に、容赦ないチョップを繰り出していた。
蠅村は俺の視線に気が付くと、はにかみながら、なぜか両手でダブルピースを作り、小躍りしながら、俺たちに見せてきた。
「……なあマコト、ベルゼブブのやつ、何やってんだ?」
「『これで解決! めでたしめでたし! ピースピース!』……てことなんだろうな」
「ンだよ、あっけねえな」
「……ローゼスのせいじゃないか?」
「いや、それは違うだろ。……ていうか、サターンのやつは見なかったな」
「だな。
「それは?」
「それは──」
「では、一緒に戻りましょうか」
俺の声にかぶせるように、突然どこからか響く声。
「うわあ!? け、気配を消してあたしの背後に立つな! バカヘビ!」
「申し訳ありません。驚かせるつもりは全くなかったのですが、声をかけるタイミングを完全に見失っておりまして……」
「このタイミングも不正解だよ! バカヘビ!」
「……それで、俺たちも話を聞けるんだよな?」
「勿論です。いま、鈴がベリアルを拘束しているところでしょうから、一旦ここで解散し、また駄菓子屋で集まるとしましょう」
「なんでだよ。おまえら、あたしたちがいない事をいいことに、何かするつもりじゃねえだろうな」
「……〝何か〟とはなんでしょうか?」
「そ、それは……」
「言ったはずです。僕たちにあなたたちと敵対する意思はないと。ここで一旦解散するのも、目立つような行動を控えるためです。試しに僕たち四人で、気絶したベリアルを運びながら駄菓子屋へ向かってみましょうか?」
「ぐぬぬ……!」
「……ローゼス、ここはレヴィアタンの言う通り、一旦解散したほうがいい」
「ま、マコトが言うなら、それに従うまでだ……」
「ありがとうございます、マコトクン。では、戻るとしま……危ない!」
レヴィアタンはそう叫ぶと、突然、俺とローゼスの体を強く押した。俺たちは勢いそのまま、ベリアルが開けた穴から社外へと弾きだされる。
『なんのつもりだ』『なんでこんなことをするんだ』
そんな疑問を口する暇もなく、俺たちの目の前でレヴィアタンは──社屋は──爆発した。
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