第24話 マヌケ



 上へ、上へ、俺とローゼスは階段を上ってひたすら上を目指す。

 この、俺たちが今いる社屋自体にそこまでの大きさはなく、目的地である最上階の社長室までは、特に何も起・・・・・こらなければ・・・・・・、歩きだと一分もかからない……はずなんだけど、俺たちは未だにそこへは辿り着けずにいた。

 もちろんこれには理由があるからで、それは──



「な……! なんなんだ、おまえらは……!?」



 七三分けで、黒縁の眼鏡をかけたリーマンが俺たちの前に現れる。おそらく、この混乱の中、外へ逃げようとしていたところで、俺たちと鉢合わせしてしまったのだろう。

 これがごく普通の・・・・・リーマンだったら俺たちもスルーしていたんだけど──隠せないのか、隠す気がないのか、こいつからは明らかに魔力の気配を感じる。

 したがって、こいつは魔物であり、俺たちが処理すべき対象……なのは間違いないんだけど、その数が多すぎる。

 最初に再起不能にした魔物と、いま目の前にいるこの魔物の他にも、もうすでに何匹か戦っているのだ。レヴィアタンからは普通の人間もいる、みたいな事を聞いていたのに、普通の人間にはまだ出会ってすらいない。

 そのおかげで、連戦続きの俺たちはなかなか目的地にたどり着くことが出来ないでいたのだ。



「おい! なんでさっきから無言なんだよ! なんか答えろ! おまえらは誰なんだ!?」



 気が付くと、目の前の魔物がなにやら地団太を踏んで怒っていた。



「……魔物に答える義理なんてないだろ」


「ま、魔物!? 魔物だって……!? クソ! ……最近、社長のやつ、なんか羽振りが良いなと思ってたら、そんなのと繋がってやがったのか!」


「ああ? なんだあ? テメェは魔物じゃねェのかよ」



 ローゼスが男に質問する。



「あ、ああ! 俺は魔物じゃない! この会社で営業をしているただの一般人だ! あんたら一体何者だ? さっきからここで何が起こっているんだ!?」


「オイ、マコト聞いたか? コイツ、一般人だってよ。こんなヤツ無視してさっさと上に──」


「バカ。なに騙されかけてんだ。よく見ろ。目を凝らせ。普通に魔物だろ。こいつはトボケてるだけ。魔力だって出てるだろ」


「ほ、ほんとだ」


「ほら、今まで通り、さっさと処理するぞ。……あと、せっかく顔隠してんのに、名前を出すな」


「テメェ……! あたしを騙そうとしてやがったのか!」



 ローゼスが指を鳴らしながら男に近づいていく。



「ま、待ってくれ! ほんとに何の事かわかんないんだって!」


「へえ? まだシラを切るつもりかよ」


「シラなんて切ってないし、トボケてもいない! 何のことか、本当にわかんないんだよ!」


「ケ、おまえの体からは隠しきれない魔力が出てんだよ。それが何よりの証拠だろうが! なあマコト」


「いや、おまえは気づかなかっただろ……ていうか、名前は出すなって」


「あ、あれだ! おまえらが言ってる魔力の反応だって、ニオイと一緒で長い間魔物と一緒にいれば、魔力が移ることだってあるんじゃないか?」


「だ……だってよ、どうする?」



 ローゼスが振り返って訊いてくる。俺は腰に手を当て、あからさまに、聞こえるようにため息をついた。



「『だってよ、どうする?』じゃないっての……。さっさとやって次行かなきゃダメだろ。時間もないしさ」


「いや、でもよ、魔力の強いヤツがずっと同じ道具を持ってたらその道具に魂が宿るみたいによ、多少なりとも影響は出るんじゃねえか?」


「……何が言いたいんだ?」


「つまり、コイツの言い分も間違ってないんじゃねえかって事だよ。それに、いままで倒してきた魔物はこんなこと言わなかったし。万が一本当に一般人だった場合、ボコボコにすんのはダメだろ」


「確証が欲しいと?」


「そういうこと」


「おまえ、そこまで慎重派だったか?」


「これに関しては慎重にならざるを得ないだろうが」


「はぁ、しょうがない……」



 俺は男からは見えないように、魔法で剣を精製すると、その切っ先を男に向けた。



「これは、魔物だけ・・・・を斬る剣だ。……見えるか?」



 男は俺の質問に答える代わりに、生唾を呑んだ。



「いまから、俺がこの剣をおまえの首めがけて振る。もしおまえが魔物だった場合、間違いなく首は飛び、そのまま死ぬ事になるだろう。でも、もしおまえの言う通り、おまえが本当に人間だったら、刃だけ、何事もなかったかのようにおまえの首をすり抜ける」


「お、おいマコト、あいつらは魔物は殺すなって──」


出来れば・・・・殺すな、て言ってたろ。いままできちんと殺さなかったんだから、一匹ぐらい不可抗力で死んでも仕方ないだろ。……あと、名前を呼ぶなって何度言ったらわかってくれるんだ?」


「……わかった。あたしはここで見てるよ」


「さて……どうする、やるか?」


「俺は……俺は……」


「まあどのみち、ここで断ればおまえを魔物とみなして攻撃するけどな。けど安心してくれ、その場合、命までは取らない」



 命までは取られないけど、再起不能にはされる。

 下手したら死ぬかもしれないけど、ここから解放される。


 理不尽な二択。どちらかの選択を強要させることで、逃げ道を無くす。これ以上、こいつだけに時間は割きたくないからな。

 男がいま何を考えているかはわからないが、死ぬかもしれない選択肢を天秤にかけるなら、間違いなく前者を選ぶだろう。というか、さっさと終わらせてほしい。



「──やる。やってくれ」


「……は?」


「その剣で俺の首を刎ねてくれ」



 男はまっすぐに俺の目を見て言った。

 なんと男が選び取ったのは後者。死中に活を求めたのだ。

 しかし、その目には恐怖や憎悪といった負の感情は見て取れず、ただまっすぐに前だけを見据えていた。



「……あんた、名前は?」



 気が付くと俺は、自然と目の前にいる男に名前を尋ねていた。



「え、エドモンド……エドモンド、晴美はるみだ……!」


「エドモンド……そうか。エドモンド晴美……俺は、おまえを斬らない。……いや、斬ることが出来ない」


「な、なぜだ……!? 俺は覚悟を持って──」


「おいマコト! どういうつもりだ! なんでヤツを斬らねえ!」



 ローゼスが懲りずに、俺の名前を叫びながら食ってかかる。

 こいつ、さてはスパイか?



「おまえから先に斬ってやろうか。……いいかエドモンド晴美、それはおまえが魔物だからだ」


「な、なんだと……!? 確かめてもいないだろ!」


「いや、わかるんだ」


「魔力か? 俺から魔力を感じるからか? それはさっき説明しただろう!」


「そういう事じゃない。じつを言うとだな……」



 俺は手にしていた剣を前に突き出した。



「その剣が何だってんだよ……」


「この剣は実体を持たず、魔力を持っている・・・・・・・・ヤツにしか見えない・・・・・・・・・ようになっているんだよ。したがって、これが目視できている時点でおまえがクロなのは確定してたんだ。悪かった、変なこと言って。どうしてもローゼ……こいつを納得させたくて、こんな回りくどい事を……」


「な、なんだと……ッ!? い、いや、しかし! 人間の中にも多少は魔力の心得を持つ者がいる筈だ! おまえはその可能性を見落としている!」


「苦しい言い訳だな」


「な、なんとでも言うがいい! いくら苦しくても、おまえがこれを論破することは出来ないだろ! 剣が見えたからってなんだってんだ! ふざけるのも大概にしろ!」


「……おまえを魔物だと断定する理由がもうひとつある、と言ったら?」


「な……なんだとォ!?」


「あの……そもそも、なんなんだよ、エドモンド晴美って」


「お、俺の名前だ……! それがどうした!」


「いや、どこからどう見ても純日本人だろ、おまえ。バレバレなんだよ、いろいろと。ボロが出すぎ」


「なッ!? んだと……! こんなくだらない事で……!」


「しかも晴美って女の名前だし。エドモンドも晴美も名前で、性がないし……いいかエドモンド晴美! いや、エドモンド晴美と名乗るマヌケな魔物よ! おまえの敗因はひとつだ」


「そ、それは一体……!?」


「勉強不足だ。おまえはあまりにもこの世界について、知らな過ぎた」


「ぐ……ぬぬ……!? ……ぅオノレぃ!! オノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレェェェエ!! 小賢しい人間め! かくなる上は、俺が直々に貴様の首を刎ね、内臓を抜き、サターン様への手土産としてくれようぞ!」



 メキメキと嫌な音をたてながら、エドモンド晴……男の体が変形していく。頭頂部からは角が生え、腕は熊のように毛むくじゃらに、ゴリラのように太くなっていく。やがて天井に届くほどの大きさになると、男は猛然と突っ込んできた。

 男が一歩踏み出すたびに床のタイルはひび割れ、建物全体が揺れる。

 どうやら、今まで相手にしてきた魔物とは格が違うようだ。


 ──ドゴォ!!

 突然、男の体が消え、その側面にあった壁に男の体ほどの大穴が開く。慌ててその穴を覗いてみるも、壁はすべて貫通しており、外壁にまで穴が開いていた。



「いや、やり過ぎだって」


「わるい、つい……もう見てられなくて……」



 どうやらローゼスの慈悲蹴りが炸裂したらしい。たしかに魔物のやつ、ローゼスを無視して俺めがけて一直線だったからな。

 にしても、あの威力の蹴りだ。たぶん生きていないだろう。俺は同情にも似た感情をエドモンド晴美に抱きつつ、上階を目指した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る