異世界帰りの最強勇者、久しぶりに会ったいじめっ子を泣かせる

水無土豆

第1話 いじめられっ子勇者、異世界生活から学校生活へ戻る


「本当に、帰られてしまうのですね……」



 陶磁器のように白い肌、純金で出来た糸のような髪をなびかせ、ピンと尖った耳の少女が名残惜しそうに儚げにつぶやく。

 彼女の名前はブレンダ・ブレイダッド。

 ブレイダッド王家・・の嫡女であり、現女王であらせられる。

 いわゆるロイヤルエルフというやつだ。

 ちなみに何がいわゆるなのかは俺にもよくわからない。



「申し訳ありません女王様。あのような世界ですが、それでも俺にとっては生まれ故郷なのです。それに、俺の家族も心配しているでしょうし……」



 こんな感じで慣れない敬語でへりくだっている男の名は高橋誠タカハシマコト

 つまり俺である。

 ひょんなことから、ここ『カイゼルフィール』に転生・・した元高校生だ。


『転生』


 これは平たく言えば生まれ変わることという意味なのだが、つまり俺は一度、死んでいるのだ。

 なぜこの歳で命を落としたかについてだが――まぁ、勘弁してほしい。

 べつにこれに関しては話したり聞いたりして面白い類のものでもないしな。


 とにかく俺は、俺の世界で一度死に、目の前のブレンダの声に導かれるようにしてこの世界カイゼルフィールへと転生を果たした。

 俺の見た目に関しては俺への配慮なのかどうかは知らないが、魂だけの転生にもかかわらず死ぬ前の姿のまま。

 これだと転生というよりは転移というほうが近いが、よくよく見るとホクロの位置が変わっていたり古傷が無くなっていたりと、完全に一緒とは言えないのだ。ゆえに転生。

 おかげでこの世界ではすこし浮いた姿形になってはいるが、俺が俺という個を失わずにいれたことは僥倖だったと思う。


 とにもかくにも、転生してからは本当に色々な事があった。


 勇者として生を受けたというのに満足に剣も触れない貧弱勇者と揶揄されたり、漫画やゲームでしか見た事がないような怪物たちと死ぬ気で戦ったり、一国を脅かすほどのバンデッド盗賊団という大盗賊団相手に大立ち回りを演じたり、果ては魔王と呼ばれる存在と死闘を繰り広げたり――

 

 そんな

 紆余曲折を経て、俺は今、この世界の皆に勇者だと認められている。

 ありがたい事に、一生遊んで暮らせるほどの財も身に余る名声も得ることができた。

 けれど、俺にはまだやるべき事・・・・・があった。

 それは決してここカイゼルフィールでは成せない事。

 それを成すために俺は、俺がいた国へと……日本へと帰るのだ。



「貴方の使命は重々理解しております。ですが、決して忘れないでください。この世界もまた貴方の居場所であることを」


「……ブレンダ様、貴女にはいくら感謝してもしきれません。俺をこの世界に呼んでくれて、本当にありがとうございました」


「個人的にはずっとこの世界に留まってほしいのですが……」



 ブレンダが俺に聞こえるか聞こえないかくらいの声量でつぶやく。



「……どうかしましたか?」


「い、いえ……なんでもありません」



 俺の聞こえていないフリ・・・・・・・・・に対し、ブレンダが取り繕うように、その金の髪を揺らして首を振る。


 たしかにその申し出はありがたい。

 けれど俺の世界に迫っている危機・・・・・・・・・・も放ってはおけない。

 それに、そもそもこれが永遠の別れというわけでもない。

 会おうと思えば会えるし、来ようと思えば来れるのだ。たぶん。

 だからこれは決して永別ではなく一時の別れ。

 だから、そろそろ──


「そろそろ、俺の手を放してほしい」


「……へ?」


 ブレンダの白魚のような華奢な指のどこからこれほどの力がひねり出されるのだろうか。

 まるで万力のように締め付けられている俺の手にもはや感覚はなく、苦労して手に入れたはずのオリハルコン製の手甲が、可哀想なほどにひしゃげている。

 いや、やはり一番可哀想なのは俺の手である。涙出てきた。



「あ、あの、ブレ……女王様……?」


「いかがなさいましたか、マコト様? まさか、心変わりしてここに残ってくださると?」


「あの、ないんです……もう……感覚……手の……」


「んー?」



 ブレンダは何を言っているかわからないといった表情で首を傾げる。

 その大きく丸くあおい瞳には、おなじく青くなった俺の顔が映り込んでいる。

 嗚呼、こやつは確信犯である。

 さきほどの俺の鈍感・・に対する意趣返しのつもりだろうか。

 わかる。

 決心めいた告白を聞こえないフリされるとムカつくのはわかる。

 けど、その仕返しにしては、あまりにもバイオレンスが過ぎないだろうか。



「ぎうううううううう」


「いだだだだだだ! ……って、あっ! あった! 感覚! まだ痛みを感じる!」


「この際ですから、最後まで絞り切りましょう」


「なにを?!」


「――コラ、おねえ!」


「へぶっ!?」



 ブレンダの脳天に、ブレンダの背後から伸びてきた手刀がめり込む。

 彼女はしばらく頭をおさえて「もぐぐぅ……!」という苦悶の声をあげていると、突如ハッとなり、「ひゃんっ。いた~い」と可愛らしい声を上げた。

 すべてはもう遅いというのに。ブレンダの猫かぶりも。俺の手も。



「マコトさんが困ってるでしょ!」



 さて、鋭いチョップで俺を救ってくれたこの少女の名はクリスタル・ブレイダッド・・・・・・


『ブレイダッド』


 その名が示すとおり、彼女もまた王族でありブレンダの実の妹である。

 さらに双子という事もあり、ふたりの見た目はほぼ一緒。

 そこそこ長い間いっしょに居る俺でさえ、着ているものでしか判別できない始末。

 当の本人(ふたり)はあまり気にしていないとはいえ、俺自身、間違えるたびに申し訳なく思っている。


 そしてそんなある日、俺はなんとかしてふたりの相違点を見つけるべく、四六時中気配を消して目を凝らし、ふたりを観察していた。……のだが、危うく吊られかけた。

 詳細は省くが、当時、異世界からやってきた不審者が王族を、それも女王をストーキングするという悍ましい事件が起きていたらしい。世も末である。


 話は戻るが、このふたりの性格はじつは両極端なのだ。

 ブレンダが表向き・・・お淑やかで、常に他人から一歩引いているような性格なのに対し、クリスタルはやんちゃで好奇心旺盛な性格をしている……ように見えて、じつは引っ込み思案で激しく人見知りをするタイプなのである。

 ただ、そんな彼女も俺とをしたことで、かなり態度が軟化(硬化?)したと思われる。

 以前のクリスタルは重度の人見知りにもかかわらず、民の前で気丈に振舞っていたためいつ潰れてもおかしくないほどに精神を病みかけていたのだが――


 〝ニコっ〟

 クリスタルが以前に比べて格段に柔らかくなった笑顔を俺に向けてきた。


 今では(まだすこしぎこちなくはあるが)普通の笑顔を見せてくれるようになっていた。

 クリスタルがあえて気丈に振舞っていることについては、そこらへんの湖よりも深い理由があるのだが、これも割愛させていただく。



「……ですが、いいのですかクリスタル。このままマコト様が帰ってしまっても」


「そ、それは……えっと……」



 クリスタルが頬を赤らめながら俺の顔をチラチラと見上げてくる。



「い、嫌……だけどさ……! それ以上にマコトさんの世界が危ないのに、それを放っておくことはできないでしょ? おねえもそれで納得してたじゃない」


「それはそうですが、やはりこう……なんというか、いざこうして見送らせていただくと勿体ないという気持ちがムクムクとこう……!」



 何をおっしゃっておられるのか、この女王様は。



「ああ、もちろん。いい意味でですよ、マコト様」


「……あの、いい加減〝いい意味で〟を付けたら本当にいい意味になるって思い込むクセやめたほうがいいですよ……」


「いいえ、マコト様。なんでも当人の気の持ちようなのです。どなたでも、どのようなものでも、強く願えば結果は自ずとついてくるのです」


「……すみません、俺にはよくわからないみたいです」


「奇遇ですね。わたしもです」



 そしてこのすまし顔である。



「そうだよ、おねえ。それにマコトさんの世界が危なくなってるのは、こっちの世界の責任・・・・・・・・・でもあるんだからね?」


「それはそうですね。まさかあの者・・・がこともあろうにマコト様の世界に逃げ込むなんて……それがなければ今頃マコト様はカイゼルフィールに留まってくれてましたのに……!」


「それは――」


「なあに! どうしても会いたくなったら、また姫さんの魔法で向こうから引っ張ってくりゃいいじゃねえか!」



 俺の言葉を遮って発言しているヤツは、ローゼス・バンデット。

 褐色の肌に白銀の髪、ブレンダやクリスタルと同じピンと尖った耳を持つ女性だ。

 いわゆるダークエルフというやつだ。

 ちなみに何がいわゆるなのかは俺に訊かないでほしい。


 きりっと吊り上がった眉毛やその鋭い眼光から、一見キツそうな性格をしているように思われがちだが、実際にキツイ。

 歯に衣着せぬ物言いというか、人のトラウマを悪気なく抉ってくるので、この世界に来てから俺のメンタルはかなり鍛えられた。でも――



「それに、逃げ込んだのは魔王じゃなくてその幹部のほうなんだろ? そんなら、おまえならなんの問題もねえよな、マコト?」



 こんな感じで真正面から感情をぶつけてくれるので、正直人間関係の構築をあまり得意としていない俺からすれば、すごくやりやすいところはある。

 良く言えば竹を割ったようなさっぱりとした性格。

 悪く言えば無神経なバカデカ女というところだろう。



「おいマコト、いまこれ以上ないくらいあたしをバカにしなかったか」



 あとは無駄に相手の考えていることがわかるというか、感情の機微に敏感というか、相手の嘘を見抜ける特技(?)のようなものを持っている。

 というのも、勘の鋭い人はもう気付いていたと思うが、さっき挙げた出来事の中にあった『バンデッド盗賊団』というのはとどのつまり、こいつがまとめ上げている盗賊団である。

 盗賊稼業においては物の真贋を見抜ける目は必須で、それがそのうち人を見る目に繋がっていくようになるというのは本人談。

 だからといって嘘までわかるかどうかは甚だ疑問ではあるが、事実こいつはうんざりするくらい鋭いのでは言っていない。……と思う。


 いちおう彼女の名誉(?)の為に補足しておくが、盗賊団といってもその違法性は……あるが、無関係の他人を殺して金品を奪い、闇市に流して日銭を稼ぐようなものではなく、無辜の民に重税を課し私腹を肥やしているような役人や、決して人には言えない、公には出来ない方法で大金を稼いでいる商人から金品を奪い、困窮している人たちに還元するような義賊である。……と本人は言っている。

 では、なぜそんな団の頭領であるローゼスが今も何食わぬ顔で、一国の女王と談笑出来ているのかは……ここでは割愛させていただく。



「まぁ……ちょっとはしたかも」


「て、テメェ……!」



 ローゼスが勢いよく拳を振り上げる。



「ちょちょちょ、ちょっと待った!」


「なんだ!?」


「い、今のはあれだ……テストっていうか……」


「テストだあ!?」


「そ、そもそも簡単にキレないんじゃなかったか?」


「ぐっ……!」



 俺がそう言うと、ローゼスは震える拳をゆっくりと下ろした。

 こめかみにこれ以上ないほどくっきりとした青筋を残して。



「ま、まぁ……正直なのはいいこと、だな……! おう……!」



 あぶなかった。


 このように、彼女の今の目標は安易にキレないこと。

 というのも、俺はまだ彼女の性格を理解してるからいいとして、強い言葉を使われて、その反動でローゼスに言い返す者が、当たり前だがそれなりにいる。

 そうなってくると初めに仕掛けた(本人にそのつもりはなくても)ほうが悪いので、それにキレて返すというのは本人曰く『なんかちょっとちげぇよな』とのこと。

 当初はムキになって言い返したり、音速で手や足が出ていたりもしたが、ローゼスもローゼスで成長しているという事なのだろう。



「ま、わたしはセイセイしてるけどね! あんたがここから消えてくれるんだから!」



 最後に、このキャンキャン吠えるちんちくりんのはねっ返りは、メイナ・アルバーシュタット。

 茶色い肩までの長さのショートヘアにブラウンの大きな瞳。ちなみに耳は尖っていない。

 身に余るほどの大きな、そしてよく魔法使いがかぶっていそうな帽子をかぶっており、見た目はほぼ小学生くらいにしか見えず、一見かなり幼く見えるのだが、本人曰く実年齢は俺よりもひと回り上なのだとか。


 名門アルバーシュタット家の生まれで、何不自由なく育ったメイナはその尊大な性格と、稀有な魔法の才をもって生を受けた、当代きっての魔法使いである。

 ブレイダッド家とアルバーシュタット家からのお願い(半強制)を受け、優秀だがどこにも就職先がないメイナは鳴り物入り(物理)で俺のパーティに加入したのだが……当初はその面倒くさい性格からどう接していいかわからず、俺たちは途方に暮れていた。

 一度、適当な場所に埋めて最低限の水と食料だけ与えて育てようか、と考えるほど俺も追いつめられていたが、こいつの本質はじつに単純なものだった。

 キャンキャン喚いている内容に意味はなく、本当はただ構ってほしいだけだったという事がわかった。これについては貴族であり天才であり孤独であったという事で、彼女にも色々と同情すべき点もあるにはあったのだが、今話すべきことではないだろう。



「……あれ?」



 俺はあごに手を当て、メイナを頭の先から足の先までをじろじろと見回した。



「な、なによ……っ!」


「きみ、だれだっけ?」


「メ・イ・ナ! メイナ・アルバーシュタット!」


「あー、そうそう。そんな感じだったっけ」


「なんで毎回このくだりを挟まないといけないの!? いい加減覚えなさいよ!」


「ちょっと横文字が苦手で……」


「ヨコモジってなによ! ただ覚えるだけじゃない! あたしの名前!」


「いやあ、メイナみたいに天才じゃないから人の名前なんてすぐ覚えられないんだよ」


「ばっ!? バッカじゃないの!? そんなこと言われても嬉しくないんですけど!?」



 そう口では言っているものの、いつもどおり人に構ってもらえて嬉しそうである。

 タネさえわかってしまえば、このように御し易いのはこちらとしても有難い。

 とはいえ、このようにけむに巻けるとはいえ、毎回この熱量のやり取りをしていてこいつは疲れないのだろうか。俺のほうは正直うんざりしてきているのだが……。



「……まぁでも、あんまりキミの名前を覚えてても意味ないかなって」


「ど、どういうことよ……!」


「どのみち、俺はこのあと消えるわけだし、キミだってセイセイするんだから、このまま忘れたほうがお互いのためにいいんじゃないか?」


「な、なんでそんなこと言うの……っ!?」



 メイナはそう唇を震わせると、肩もプルプルと震わせ、目にはじわっと大粒の涙を浮かべた。

 いつもこうだ。

 自分から高圧的に絡んでくるくせに、ちょっと言い返すとすぐに泣く。

 要するに、めちゃくちゃ攻撃してくるけど、めちゃくちゃ打たれ弱いのである。



「マコトさんがメイナちゃん泣かせちゃった……」


「おいおい、何やってんだよ、マコト」


「マコト様さぁ……」


「……これ俺のせいなの?」



 ここぞとばかりに皆が俺を責めてくる。

 おそらく自分に飛び火してくるのを忌避しているのだろう。

 何てセコイやつらだ。……と他責思考が働く半面、俺も言い過ぎたなと冷静になる。

 いつもどおり、ここは俺が折れておこう。



「いや、まあ俺のせいか。ごめん、メイナ。泣かせるつもりはなかったんだ」


「な、泣いてないし! ガキじゃないわよ!」


「わかったわかった。おまえにもかなり世話になったしな。達者でやれよ」



 俺は帽子の上からメイナの頭に手を置くと、メイナは猫のように目を細めた。



「う……うん……マコトも元気で……ね?」



 まったく。常にこんな感じでしおらしくしてくれればまだ可愛げもあるというのに。



「とにかく、ブレンダ様」


「はい」


「気にかけてくれるのは嬉しいですけど、そんな出前感覚でこちらに呼び出すとかは本当にやめてください。定期的にこちらから連絡はしますので」


「定期的にとはどのくらいですか?」


「え? 具体的には言えませんが……ひと段落してから?」


「それってだんだん疎遠になる感じのやつでは?」


「そ、そんなことには……なりませんよ……!」


「あ、どもりやがった」



 ローゼスが目ざとく指摘してくる。

 たしかに心当たりというか、小中学校のときの友達とはもうひとり残らず完全に疎遠になっているが――



「ま、まぁ俺たちって、そういう関係じゃなかったろ?」



 言っててすこしクサいというか、こっぱずかしい気持ちはあるが、俺は本当に心の底からそう思っている。

 こいつらとの絆は何物にも代えがたいものであると。

 それを察してか、ローゼスもすこし照れくさそうに口をへの字にきゅっと結んで黙っている。



「……そうですね。たしかに、マコト様の世界が危機に瀕しているというのに、我儘わがままを言っている場合ではありませんでした。ブレンダちょっと反省」



 こつん、と悪戯ぽく自分の頭を小突くブレンダ。

 さきほどまでの甘酸っぱい空間を冷やすかのように、うすら寒い風が吹いたのを感じた。

 ブレンダこいつってばこういうキャラだったか?



「……はぁ、なんかどっと疲れた……。俺はもう帰りますね。ではブレンダ様──」


「あ、そうです! 強制召喚がダメなら、同行すればいいのです」


「は? 誰がですか?」


「わたくしが、です」


「いやいや、ダメでしょう! そもそも、女王が国を離れたら誰が国を治めるんですか!」


「それもそうですね。……ならクリスタル、治世をおねがいします」


「あの、俺の話聞いてました?」


「え、やだよ。わたしだってマコトさんの世界に行ってみたいし……」


「おまえもかい」


「では現女王の名において命じます。クリスタル、今この時を以て貴女を新しい女王とします」


「まさかの突然の王位継承」


「じゃ、じゃあ新女王の名において、謹んでおねえに王位を返還します」


「王位がババみたいになってる」


「くっ、我が妹ながら小癪な……! それなら根比べをするまで――」


「あ、ついでに二度と王位は継がないって効果も発動しておいたから……」


「急なオレルール追加」


「むぐぐ……ではローゼス様、貴女が治世してください」


「ニャ!?」



 次は自分が指名されるのかと思っていたのか、メイナは目をまんまるにさせて頓狂な声をあげる。



「お、いいのか? ラッキー! やるやるぅ!」


「なんでローゼスおまえもやる気なんだよ」


「いやあ、前から治めてみたかったんだよ、国」


「気になってた飯屋に行く感覚で国を治めようとするな」


「んだよ、いいじゃねえか。ブレンダにも出来てたんだからよ」



 たしかにそれを言われると納得してしまう。

 それに、盗賊団とはいえ、たしかにリーダーやってたわけだからな。

 トップに立つ者としての心構えというか、そういうのはここにいる誰よりも心得ていそうだ。



「あれ? そう考えるとブレンダよりもマシな治世になるのではないだろうか」


「ブレンダ様、さも俺の心の声を代弁しているかのような言い方はやめてください」


「でも、そう思いましたよね?」


「ご冗談を。ブレンダ様以上の適任者なんていませんよ」


「あら嬉しい」



 本当にそう思っているのか疑わしいほど軽い言い方をする女王様をよそに、今度はクリスタルが口を開く。



「なら、こうしませんか? マコトさんの世界への影響を考えてついて行く方を、この中からひとりだけ選ぶというのは?」


「それならわたくしが」「あたしが」「わ、わたしも」



 その場にいた皆が某ネタの如く手を挙げていくが、ここでどうぞどうぞするやつはいない。

 そしてどうやら誰かひとりがついてくるのはもう確定事項らしい。

 しかしここで口を挟めばまたよくわからん条件を呑まされそうだし、さらにここで俺に決定権が渡るようなことが起きようものなら、最悪の場合、血が流れかねない。俺の。

 だから俺はあえて成行きを見守ることにした。


 それに……これは考えすぎかもしれないが、みんなは俺の事を心配してくれているのかもしれない。

 というのも、ここにいる4人は俺がこの世界に来る前にどのような扱いを受け・・・・・・・・・・てきたか・・・・を知っている。

 だから――



『じゃんけんぽん! あいこでしょ!』



 だからせめて上辺だけでも俺の事を慮っているような態度を貫いてほしい。



「うおっしゃー! あたしン勝ちー!」



 ローゼスがチョキを突きあげ勝どきをあげる。

 どうやらついてくる人間が決まったようだ。

 だが、なぜよりにもよって、一番目立ちそうなローゼスなのだろう。



「んじゃ、初日はあたしが付いてってやるからな、マコト!」


「しょ、しょにち?」


「当然です。日替わり定食のローテーションですので」


「て、定食?」



 ブレンダがすまし顔でそう俺に告げると、あとの3人がうんうんと頷く。

 まあいいや。



「ま、まあ……よ、よろしく……って、今さらですが、なんでブレンダ様も!?」


「わたくしだけをのけ者にしようなんて許しませんが?」


「いやいや! ブレンダ様がこっちに来てる間、国はどうすんですか!?」


「それはクリスタルに任せます」


「いやいや、それはさっき――」


「背に腹は代えられないよね」



 クリスタルが苦虫を噛み潰したような表情を見せる。



「そんな断腸の想いをするくらいならやめればいいのに……」


「へへ、おまえの世界の食いもんは美味いって聞くし、いまから楽しみでしょうがねえよ!」


「おまえはおまえで何も考えてなさそ……」


「ん?」


「あのさ……」


「なんだよ、急に真面目な表情しやがって」



 今回同行するのって、いちおう俺を慮っての行動なんだよな?

 と尋ねかけたが、返ってくる答えが怖くなってやめた。



「……すまん、やっぱいいや」


「おう!」



 そして俺は考えるのを止めた。



 ◇



 こうして、うるさ……賑やかな送別会は幕を閉じた。

 特に支度らしい支度もなかったため、俺とローゼスはその後、すぐに転生(ローゼスは転移)の準備に取り掛かった。

 身体を丸ごと異世界へと飛ばす転移はともかく、魂だけを抜いて異世界へ飛ばし、元の体に戻すという行為はそれなりの魔力と諸々の準備を必要とするみたいだが「一度やったのでもう慣れました」と天才ブレンダちゃんは事もなげにさらりと言ってのけた。


 さて、色々あったが、これで本当に、次に目を覚ます時には俺は元の世界にいることだろう。

 俺は期待と一抹の不安を胸に目を閉じ、元の世界へ思いを馳せた。

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