異世界帰りの最強勇者、久しぶりに会ったいじめっ子を泣かせる

水無土豆

第1話 いじめられっ子勇者、異世界生活から学校生活へ戻る


「本当に、帰られてしまわれるのですね……」



 純金の糸のようなブロンドの髪をなびかせ、少女が名残惜しそうに、儚く、呟くように言う。

 彼女の名前はブレンダ・ブレイダッド。

 王家ブレイダッド家の嫡女であり、亡きブレイダッド王の跡継ぎで、現王国の女王だ。



「申し訳ありません王女様。あのような世界ですが、それでも俺にとっては生まれ故郷なんです。それに、両親や姉も心配しているでしょうし……」



 俺の名前は高橋 誠タカハシ マコト、16歳。

 ひょんなことから、異世界である『カイゼルフィール』に転生・・した元高校生。


『転生』


 つまり、元いた世界で俺は一度死んでいる。その死因は……今はいいか。

 とにかく俺は一度死んで、この世界に転生させられた。俺の目の前にいるエルフの少女、ブレンダ・ブレイダッドの声に導かれて。

 それから本当に色々な事があって、俺は今、この世界を救った勇者と呼ばれている。ありがたい事に、女王から直々に永住してほしいともお願いされている。

 けれど、まだ俺にはやる事があった。

 そのために俺は今から、このカイゼルフィールから、元いた世界へと帰るのだ。



「ブレンダ様、貴女にはいくら感謝してもしきれません。俺を呼んでくれて、本当にありがとうございました」


「でしたら、ここに留まってくださってもいいのに……」


「……え? 何かいいました?」


「い、いえ……なんでもありません」



 ブレンダはそう言うと何もなかったように、慌てて首を振ってみせた。



「そ、そうですか……」



 おもわず、白々しく訊き返しちゃったけど、ばっちり聞こえちゃってたんだよな……。

 たしかに、ここに残るって選択肢もあるし、その申し出はありがたい。

 けれど、俺の世界に迫っている危機も放ってはおけない。

 それに、そもそもこれが永遠の別れというわけでもない。会おうと思えば会えるし、来ようと来れるのだ。だから、そろそろ──


 そろそろ、俺の手首から手を放してほしい。


 オリハルコン製で堅固な造りの手甲を装備しているはずなのに、万力のようにゴリゴリと絞めつけられて、手首より先の感覚が薄れてきている。この華奢な指のどこにそんな力があるんだ。



「あ、あの……王女様……?」


「いかがなさいましたか、マコト様? まさか、心変わりしてくださったのですか?」


「そ、そろそろ手を放して……もげそうです……!」


「んー?」



 ブレンダは張り付いたような笑顔を浮かべたまま、首を傾げてきた。

 確信犯だ。あからさまだ。

 この女王は全身全霊で俺を帰さないようにしてる。



「コラ、おねえ。マコトさんが困ってるでしょ」



 ──ズビシ。

 ブレンダの額に、俺の隣から飛んできた割と強めのチョップが炸裂する。「ひゃっ!?」という可愛らしい声を上げると、ブレンダは自分の額を押さえた。


 チョップを繰り出したのはクリスタル・ブレイダッド。

 ブレイダッドの名が示す通り、クリスタルはブレンダの実妹。さらに双子という事もあり、見た目はほぼ一緒。だけど、その性格は両極端。

 ブレンダがお淑やかで、常に他人から一歩引いているような性格をしているのに対し、クリスタルはやんちゃで好奇心旺盛な性格をしている……のだが、このように姉が暴走しているときはきちんとツッコミに回ってくれる。

 そんなクリスタルは俺のパーティの一員でもある。

 担当は主に後衛。

 魔法が得意で支援や攻撃を担当してくれていた。



「むぅ……。でも、いいのですかクリスタル。マコト様が帰ってしまっても」


「それは……まあ、嫌だけどさ……マコトさんにはマコトさんの事情があるし、何よりマコトさんの世界が危ないのに、それを放っておくことはできないでしょ?」



 そう。

 今回、俺が元の世界へ帰ろうとしたきっかけが、クリスタルが発言した通り、俺の世界には現在、危機が迫っているから。

 というのも、この世界を手中に収めようとして失敗に終わった魔王の幹部・・が、今度は俺のいた世界に逃げ込んでしまったからだ。何を企んであちらへ行ったのかはわからないが、これを放置しておく理由もない。という事で急遽、パーティの皆だけで送別会ぽい事をしてくれている。



「なあに、どうしても会いたくなったら、また姫さんの魔法で向こうから引っ張ってくりゃいいだろ」



 余計な事を言っているのは、ローゼス・バンデット。

 褐色の肌に白銀の髪のダークエルフ。きりっと吊り上がった眉毛やその鋭い眼光から、性格がキツそうと思われがちな女性だが、その実、本当にキツイ。

 歯に衣着せぬ物言いというか、人のトラウマを抉るように打つべししてくるので、俺のメンタル面もこの世界に来てからかなり鍛えられた。

 そして、その経歴は元バンデット盗賊団の頭領で自称義賊。ブレイダッド家の宝物庫に侵入したところを俺が捕縛し、それからなんやかんやあって今では俺のパーティに加わっている。

 担当は俺と同じ前衛。

 盗賊時に培った素早さを生かし、敵をかく乱してくれる。



「ま、あたしはセーセーしてるけどね! あんたがここから消えてくれるんだから!」



 このキャンキャン吠えるちんちくりんは、メイナ・アルバーシュタット。

 名門アルバーシュタット家の生まれで、何不自由なく育ったメイナはその尊大な性格と、類稀な癒しの魔法の才をもって生を受けた。ブレイダッド家からの勅命を受け、俺のパーティに加入してくれたんだが……当初はその面倒くさい性格から、どう接していいかわからず、俺は途方に暮れていた。

 一度、『適当な場所に埋めてしまおうか』と考えるほど追いつめられていたが、こいつ本質は単純で、キャンキャン喚いているのはただ構ってほしいだけだという事がわかった。これについては貴族という事で、色々と同情すべき点もあるにはあるのだが、今は割愛させていただく。



「……きみ、だれだっけ?」


「メ・イ・ナ! メイナ・アルバーシュタット! なんで毎回あたしだけこのくだりを挟まないといけないの!? いい加減覚えなさいよ! あたしの名前を! 敬いなさいよ! アルバーシュタット家を!」


「いやあ、もうすぐ俺いなくなるんだし、覚えても意味ないかなって」


「なによ! だったらせめて、あたしの名前だけでも覚えてから帰りなさいよ!」


「いなくなってセーセーするんだったら、お互い忘れたほうがいいんじゃないか?」


「な、なんでそんなこと言うの……!?」



 メイナはそう言いながら、肩をプルプルと震わせ、目に大粒の涙を浮かべた。

 いつもこうだ。

 自分から絡んでくるくせに、ちょっと言い返すとすぐに泣く。めちゃくちゃ攻撃してくるけど、めちゃくちゃ打たれ弱いのだ。

 要するに、ただの面倒くさい子。俺はあえてメイナを無視をすることにした。



「なんで無視するの……?」



 くいくいと、メイナが俺の手を引っ張り、雨に濡れた子犬のように見上げてくる。



「あーあ、マコトさんがメイナちゃん泣かせちゃった」


「おいおい、何ガキ泣かしてんだよ、マコト」


「マコト様……」



 ここぞとばかりに皆が俺を責めてくる。



「これ、俺のせいなの? ……いや、まあ俺のせいか。ごめん、メイナ。泣かせるつもりはなかったんだ」


「泣いてないし! ガキじゃないわよ!」


「……俺は何も言ってないんだけど」


「なによ! マコトのバカ!」


「はいはい、悪かった悪かった。俺がバカでした」


「ふ……ふふん! それでいいのよ。平民が貴族にかしずくのは当然の事だわ! もっとあたしを敬いなさい! 崇め奉りなさい!」



 メイナはそう言いながらグイっと上体を逸らして、胸を張った。

 単純。あまりにも単純。天才といえど、お子ちゃまはお子ちゃまなのだ。



「おまえはそれでいいのか。……とにかく、ブレンダ様、俺をそんな出前感覚で呼び出さないでください。やるべき事もあるし、それになにより通信でも十分ではないかと。一通り区切りをつけたらいつ呼んでくださっても構いませんから」


「そうですね。たしかに、マコト様の世界が危機に瀕しているというのに、我儘わがままを言っている場合ではありませんでした。ブレンダちょっと反省」


「もっと反省してください。……はぁ、なんかどっと疲れた……。俺はもう帰りますね。お世話になりまし──」


「あ、そうです! 召喚がダメなら、同行しましょう。そうしましょう」


「は? 誰がですか?」


「わたくしが、です」


「いやいや、ダメでしょう! そもそも、女王が国を離れたら誰が国を治世するのですか!」


「それもそうですね。……ならクリスタル、治世をおねがいします」


「俺の話聞いてました?」


「ヤだよ。わたしだってマコトさんの世界に行ってみたいし……」


「おまえもかい」


「ではローゼス様、貴女が治世してください」


「お、いいのか? ラッキー! やるやる!」


「盗賊に国を任せてどうするんですか! つか、なんでローゼスもやる気なんだよ」


「いや、こんな機会滅多にないから」


「機会も何も冗談だからな? ブレンダ様だって、本気で思ってるわけじゃ……ないですよね?」



 俺は恐る恐る、確かめるようにブレンダを見ると、ブレンダはスー……と、俺から視線を逸らしていった。マジかこの女王。



「ダメダメ! 認められません! 女王の乱心も、盗賊の治世もダメ! せっかく世界救ったのに、また滅ぶじゃん!」


「むぅー」

「ちぇー、マコトさんのケチ」

「引っ込めー! バカゆーしゃー!」



 皆一様に、口を揃えて俺を中傷してくる。

 なんだ?

 俺が間違ってるのか? それともこの世界が間違っているのか?

 いたたまれず、視線を逸らすと、メイナもこのノリに混ざりたいのか、ひとりでもじもじしていた。



「ではこうしましょう!」



 パン、とブレンダがこれ見よがしに手を叩く。こうしましょうとか言われても、嫌な予感しかしない。



「ついて行くのはひとりだけ! でも、それだと殺し合いが起きかねないので……」


「こ、殺し合い!?」


「ローテーション! 順繰りにいきましょう」


「どうあっても付いて来る気なんですね……」


「……本音を言うとね、みんなマコトさんの事が心配なんだよ」



 クリスタルに言われて、俺はハッとする。

 ここにいる四人は全員、俺が元の世界でどんな扱いを受けてきたか知ってる。どのようにして死んで、ここに来たかを知っている。

 だからこその提案だったのだ。

 誰のためでもない、何よりもこの俺のため。



「……ああ、わかった。その気持ちは嬉しいよ。けど、それでも俺はみんなの力を借りることなく、今度こそ、俺一人の力で──」



『じゃんけんぽん!』



 突然、四人の元気の良い声が響き渡る。

 俺が良い感じの事を言おうとしたら、皆が俺を無視してじゃんけん大会を開いていた。

 俺のため……なんだよな?

 疑いたくはないけど、この目の前の現実が俺の脳を混乱させる。



「うおっしゃー! あたしン勝ちー! 初日はあたしが付いてってやるからな、マコト!」



 ローゼスが嬉しそうにガッツポーズしている。



「え? あ、ああ……よ、よろしく……」


「へへ、おまえの世界の食いもんは美味いって聞くし、いまから楽しみでしょうがねえよ!」


「あのさ、俺のため……なんだよな?」


「ん? そだっけ? ……ああ、そうそう! そうだな!」



 俺は考えるのを止めた。



 ◇



 ──こうして、うるさ……賑やかな送別会は幕を閉じた。特に支度らしい支度もなかったため、俺とローゼスはその後、すぐに出立の準備(といっても、ベッドの上で目を閉じて脱力しているだけだが)に取り掛かった。

 転生はそれなりの魔力と準備を必要とするみたいだが、今回ブレンダが行うのは転移。

 俺たちは何もせず、ブレンダに任せておけば、気が付いたら着いているという寸法なんだとか。


 久しぶりに元の世界に帰れるのが嬉しいと思う反面、すこしだけ気がかりなのが二点。まず、ローゼスの寝食についてだ。ローゼスに限らず、ブレンダの言うことが本当なら、三人分(ブレンダに関しては本当に国がまずいので除外)の面倒を何とかみないといけない。これについては……、まあ、当面は両親に無理言って聞いてもらうしかないか。


 そして、もうひとつは時系列。

 俺が死んでここに転生して、今に至るまでかなりの時間が経っている。容姿こそそのままだが、いま帰って仮に相当な時間が元の世界で経過していたら、それこそ色々と途方に暮れてしまうだろう。

 ブレンダはこの事について『心配ありません』と言っていたが、はたしてそれはどういう意味なのだろうか。


 ──そうこう考えているうちに、強烈な眠気が襲い掛かってきて、俺は目を閉じた。


────────────────────────


長編(になる予定)の三作品目です。

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