彼女と、オススメされた小説の話をしました。
「これめっちゃ良かったぁあああああっ!」
うずうずしながら昼休みを待っていた俺は、レモンティーの紙パックを持ってちょこちょこ歩いてきた彼女にいきなりそう告げた。
「ほんと!?」
スマホにオススメされた小説を表示しながら突き出すと、それを見た彼女の表情がパッと明るくなる。
「うん、小説って初めて読んだけど、結構面白いんだな!」
昨日はつまんなかったらどうしようかと思っていた。
しかし実際読み始めてみたら読みやすかったし、そんなに長くなかったし、気がついたら最後までスラスラと読み終わっていたのだ。
「私も、あんまり難しいのはよく分かんないから〜。でも良かった〜」
「……」
「あれ〜? どうしたの〜?」
「いや、なんでもない」
いつも以上に可愛い、ニコニコと嬉しそうな笑顔を見て打ち抜かれていた、なんて言えるはずもない。
そもそも読んだ小説が面白かっただけでも十分なのに、そんな表情まで見れた。
小説読むのって最高だな! と思いながら、俺たちは飯を食うために移動する。
いつもの定位置に座ろうとすると、彼女が非常階段に腰掛けながら横をポンポン、と叩いた。
「こっちに座ったら良いのに〜」
「へ!?」
いきなり何を言い出すのか。
俺が反応に困って一瞬固まると、彼女は逆にきょとんとした顔をした。
「え〜? だって話しやすいでしょ〜?」
この距離感のなさよ。
多分彼女は、軽いのではなく天然なのだろう。
確かに、横に座っていた方が読んだ小説の話はしやすいだろうけども。
こう、クラスの連中に一緒にいるのを見られるかも、とか。
そもそも非常階段に隣り合わせに座ってたら腕とか当たるだろ、とか、そういうことは考えないのだろうか。
……考えないんだろうなぁ。
「じゃ、飯食う間だけな。食い終わったら小説書くんだろ?」
「! だだ、だから書いてないって言ってるでしょ〜!?」
なぜ頑なに認めないのか、と思いつつも、なるべくさりげなく距離を離すように座りつつ、小説の感想を一方的に語る。
彼女はそれに嬉しそうにウンウン、と頷きながら、自分の好きなシーンの話に差し掛かると自分も話し始める。
彼女との会話は、なぜか不愉快にならない。
遮り方が嫌なタイミングじゃないし、俺の方にも聞こうという気持ちがあるからだろう。
大きな目がいきいきとこちらを見つめながら。
彼女は、いつもの間延びした喋り方で、小説の話す場面に合わせてコロコロと豊かに表情を変える。
ああ、幸せだなぁ。
読んだ恋愛小説の話を終えて、なんとなく黙った時に飯も食い終わっていた。
「じゃ、上行って寝るわ」
「……うん」
なんとなく寂しそうな顔になった……と思うのは、少し自意識過剰すぎるだろう。
自分がそうだから、勝手にそう感じているだけに決まってる。
と、思いながらも、話を終わらせるのは名残惜しくて、俺は階段を上がりながら口を開いた。
「あ、そういえばさ」
「何〜?」
「ランキングの上のほうにあったやつとかも、チラッと読んでみたんだけど」
「あ、そうなんだ〜」
いつもの定位置に陣取った俺は、スマホに目を落とした彼女の頭を見下ろしながら続ける。
「うん、そっちも俺は結構好きだったわ」
「どういうところが〜?」
それは素直な疑問だったようで、別に嫌な口調ではなかった。
前はランキングの話をする時に微妙そうだったので何か理由があるんだろうか、と気になっていたのだが、大丈夫っぽい。
本当に、彼女自身は飽きているだけなのかもしれなかった。
「どういうところだろ……タイトルが親切だったのと、やってること分かりやすかったから、かなぁ。あと会話が結構面白かったな〜」
俺が見た作品は、少年漫画みたいな感じの作品だった。
ゲームみたいな世界で戦う話で、軽くて会話が多めのもので、その会話自体が面白くてスラスラ進んだのだ。
「タイトルが親切……って〜?」
だが彼女は別のところが引っかかったようで、こちらを見上げながら首をかしげる。
ボタンが開いたブラウスの胸元がまた見えそうになるが、精神力を削ってそちらに目を向けるのをグッと堪える。
そして、彼女の顔を見ながらうなずいた。
「ほら、俺ってもともと本読まないじゃん」
「って言ってたね〜」
「だから『こんなのだよ』って書かれてる方が入りやすかったっていうか」
タイトルで印象受けた通りの中身だったので、そのまま入っていけたのだ。
多分彼女にオススメされたやつは、自分で探していたら読まなかっただろう。
中身はすごく良かったが、本みたいな綺麗なタイトルだったのでイマイチ俺には中身が分からなかったからだ。
そういう話をつらつらとしてから、俺はハッと気づいた。
少し喋りすぎではなかろうか。
だが、彼女はどこか驚いたような顔でポカン、と口を開けていた。
「へ〜、そういうものなんだね〜」
「だと、思うんだけど」
「言われてみたら、私も最初はそうだったかも〜」
なぜか感心したように何度もうなずく彼女に、俺はよく意味がわからずに頬を掻いた。
「で、これ読んで、なんか簡単に書けそう、と思ってちょっと書いてみたんだけど、俺には全然書けなかったわ」
文字を打つのはラインとかなら余裕で打てるけど、なんか小説っていうのは全然感覚が違った。
メモパッドに3行だけ書いて、頭が痛くなったのだ。
「小説書ける人ってすげーな」
「そ、そう〜?」
俺が褒めると彼女が照れたので、思わずニヤっとする。
「やっぱり書いてるんじゃん」
「あっ……!」
元からバレバレなのだが、まるで自供した犯人のように青ざめた彼女が、両手でスマホを握りしめて焦った口調で訴えかけてくる。
「くく、クラスでは内緒にしといてね〜!?」
「いいよ。別に言いふらすようなことじゃないだろ」
せっかく自分だけが知っているのに、そんな勿体ないことが出来るわけがない。
ただ、その代わりに書いた小説見せて、とは流石に図々しくて言えなかった。
言ったら嫌われるかもしれないし。
「こういうのって、恋愛とかの方が書きやすいのかなぁ?」
「きょ、興味あるの〜?」
「ちょっとだけ」
いやぶっちゃけ、ない。
簡単に書けそうだと思ったのにマジで頭が痛くなったし、物語とか全然思いつかなかった。
本当は、彼女が書いているからだ。
読む方はなんとかいけそうだけど、もっと彼女のやっていることや、やろうとしていることを面白いと思えたら、もっと親しくなれるかな、と思っただけで。
だが、俺がそんな邪なことを考えているとは全く思っていないだろう彼女は。
「いいと思うよ〜!」
今までよりも少し力強い声で言いながら、晴れやかな笑顔を見せてくれた。
それからアドバイスをいくつか受けてしまい、結局彼女の書く時間を邪魔する形になった。
チャイムが鳴ったのだ。
「……なんか、ごめん」
「いいよ〜!」
そこまで書くことそのもに興味もないのに、少し後ろめたさがあって謝ったが、彼女は簡単に許してくれた。
だが、そんなことがあった数日後のある日。
彼女は非常階段に……それどころか、学校自体に来なくなった。
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