校舎裏で、君に恋した。

メアリー=ドゥ

第1話 彼女に、眺めていることを気づかれました。


 彼女の白い指先を目で追うのが、いつしか日課になった。


 高校の昼休み。

 彼女はいつも、校舎裏の非常階段の一番下に腰掛けている。

 

 夏の暑い日差しを避けて陰にいる彼女の服装は、白いブラウスと透ける青いキャミソール、太もも丈のプリーツスカート。


 そんな彼女を非常階段の踊り場に座って、手すりごしに上から見下ろすと、伸びた白く長い足と綺麗な茶色の長い髪が目に映る。


 ーーー綺麗さ、ってのは努力のたまものだよな。


 ぼんやりとそんな風に思いながら昼飯のパンをかじって、彼女の横顔を脳裏に思い浮かべる。


 二重まぶたのに長いまつげ、小さく可憐な唇や通った鼻筋、細い顎。

 薄く丁寧な化粧の施されたその顔や、すらっと伸びたスタイルのいい体に見とれる奴はいっぱいいる。


 でも可愛いだとか、好みだとか、そういうのに関係なく『綺麗だ』と感じたのは、そんな部分じゃなかった。


 膝は閉じてハの字に曲げており、スマホを熱心に見て何かを打っている背中も丸い。


 そういうところは、普通の女子高生だ。


 目を惹かれるのは、彼女のふとした仕草である。


 軽く背筋を伸ばして顎に指を添えたり、横に置いている紙パックのジュースを手に取る仕草なんかが、なんというか品があってハッとさせられる。


 ーーーなんでギャルとか軽いとか呼ばれてんのか、さっぱり分かんねーよな。


 そんな彼女を見下ろしながら、最期のひとかけらになったパンを口に放り込んだ。


 軽く見えるのは、髪色のせいだろうか。


 彼女はその茶色を地毛だと言っていたし、先生に注意されているのも見た記憶はない。


 話す相手は結構いるはずなのに、もしかしたら彼女は人付き合いが苦手なのかもしれない、と思った。

 いつもここにいて、誰かと昼飯を一緒に食っているわけでもないからだ。


 二人きり。


 遠くから聞こえる誰かの騒ぐ声や、吹き抜ける風の音は時折聞こえるが、基本的に静かなこの時間が、結構気に入っていた。


 パンを食べ終えて空のビニールを丸めていると、そこでいつもと違うことが起こった。


 う〜、と呻きながら、彼女が背中を伸ばして上を向いたのだ。


 当然バッチリ、目が合った。

 ここ三ヶ月くらいバレなかったから、正直油断していた。


 髪と同じく色素の薄い瞳がまん丸になり、まっすぐこっちを見つめてくる。


 彼女がここに座っているのを見つけた日から、学校がある時は毎日、非常階段の真上から眺めていたことをごまかすために……とりあえず、手を挙げた。


「よ。何してんの?」


 まるでそこにいたのが初めてみたいな調子で、彼女に笑ってみせる。


 これでも割と人付き合いは得意な方だと思う。

 当たり障りのない会話や、深入りしない距離感の取り方も心得ているつもりだ。


 そのせいで軽いだのチャラいだの、別に女子と付き合ったこともないのに言われるが。


 ーーーそういうとこ、もしかしたら俺らって似た者同士なのかもな。


 内心でそう思っていると、驚きから覚めたのか、彼女がふんわりと笑う。


「そっちこそ、何してるの〜?」


 洗練された外見に似合わない、少し間延びした声。


 媚びてる、と陰口を叩かれていたのも聞いたことがあるその口調を心地よいと感じるのも、ここから彼女を眺めているのと同じ理由なのかもしれない。


「俺は昼メシ。そっちは?」


 そう問いかけると、彼女は少し恥ずかしそうに笑った。


「……あの、小説、書い……読んでるのー」


 言い直した。

 小説を書いてる、よりは、小説を読んでる、のほうがまだ普通かな? と思えるのは確かだ。


 そういう彼女がおかしかったけど、笑ったら向こうは嫌な気持ちになるかもしれない。


 ーーー確かに外見には似合わねーかもなぁ。


 まず、そう思った。


 ーーーでも、中身には合ってると思うけど。


 次に、そう思った。


 のんびりした気性の彼女は、ひと昔前なら図書室で本を読んでいるようなタイプだったんだろう、と納得出来たからだ。


 外見が目立つことを除けば、彼女は決して活発でも自信があるわけでもない。


 そんなことは、見ていたらわかる。

 どっちかというと、人に気を使って返事に困ったりするようなタイプだ。


 でも少し意地悪したくなったので、あえて聞き間違ったように伝えてみる。


「小説、書いて・・・るの?」

「か、かか、書いてないよ〜!?」


 ーーーわかりやすいなぁ。


 慌てた顔で、ますます顔が赤くなる彼女に、思わず口もとが緩む。


「あ、違うんだ。いつもそこで指をいそがしく動かしてるから、てっきり」

「う〜……」


 くしゃ、と前髪を手で触った彼女は、ふと眉根を寄せる。


「あれ? ……なんで、私がいつもここにいるって知ってるの〜?」


 ーーーミスった。


 毎日見てたことを、自分からバラすのは間抜けすぎる。と思わず天を仰ぐ。

 そこには、雲ひとつない空が広がっていた。


 なんとかごまかさないといけない。


「一週間くらい前、いい場所見つけてここでメシ食い始めたら、その次の日くらいから見かけるようになったから」


 とりあえず、逆方向に話を盛ってみた。

 一週間くらいなら、多分そこまでキモいと思われることはないはずだ。


「そうなの〜?」

「おう」

 

 彼女はしばらく、む〜、と唸っていたが、どうやら信じてくれたようだ。


「そろそろチャイム鳴るぜ」

「あ、そうだね〜。教室戻ろうか〜」


 その日の会話は、それで終わりだった。

 

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