第13話 やっぱりウィザードリィが好き
「一番好きなファミコンソフトは?」と訊かれたら、迷わず「ウィザードリィのシナリオ1!」と答える。
あれは小学6年の冬頃だったか。『ファミコン通信』の広告ページに心を奪われたのは。
当時の僕はファンタジーRPGが好きで好きで堪らなくて、パソコンを持ってもいないのに、ゲーム・アーツ著『ウィザードリィ モンスターズマニュアル』(MIA)を読んではニヤニヤする子供だったので、ファミ通に載っていた「ファミコン版 ウィザードリィ」の広告は神の啓示に等しいものであった。
ファミコンの主なユーザー層は小中学生が想定されていたのだと思うが、この『ウィザードリィ』は明らかに「オトナ」の雰囲気を醸し出していた。
黒地のパッケージには赤い『Wizardry®︎』のロゴがあり、緑色のドラゴンが描かれた実にシンプル極まりないもの。
ソフトのデザインも真っ黒なソフトに黒地のシールで、全く子供に媚びていない。
このパッケージだけで「こいつァホンモノだ!」と痺れたものだった。
自キャラもパラメーターのみで表示される。
グラフィックなど無い。
プレイヤーはまず、「訓練場」でキャラクターを作成する。
名前を決め、人間、エルフ、ドワーフ、ノーム、ホビットからなる種族を決め、善、中立、悪のいずれかの性格を決め、種族の特性が表された力、知恵、信仰心、生命力、素早さ、運の6つの能力値にボーナスポイントを割り振り、能力に応じた
そうして作ったキャラクターたちは、冒険者たちが集う「ギルガメッシュの酒場」に
そこで1〜6人のパーティを編成し、「町外れ」にある迷宮の入り口から地下に潜る。
当然、武器や鎧、盾、兜、籠手などを装備しておくのも忘れてはならない。
迷宮の中には大魔導師ワードナに
最初の頃は1、2回の戦闘で引き上げる羽目になるが、レベルが上がれば徐々に捜索範囲が広げられる。
死んでも「カント寺院」や高レベルの僧侶、司教による呪文で蘇らせる事が出来るが、しくじれば灰(ASHED)となり、更にしくじれば消滅(LOST)する。
復活のショックなのか、蘇生したキャラクターは生命力の値が1下がる。
この値が0になっても、キャラクターは消滅する。
また、年齢も設定されており、老衰により消滅する事もある。
宿屋に泊まると、一週間分歳を取る(馬小屋は無料で一日分しか歳を取らない。馬小屋ではHPは回復しないが、呪文の使用回数は回復する。その為、僧侶や魔法使いのみ馬小屋に泊まらせ、HPは僧侶の回復呪文で回復させる方法が一般的)。
転職すると全ての能力値が種族特有の基本値まで下がり、年齢が5歳上がる。
頻繁な転職は命取りとなる。
こうしたデメリットを踏まえ、他のゲームに比べて、プレイヤーは慎重になる(しかし、このデメリットこそが、このシンプルなゲームに深みを与えているのだ)。
パーティが全滅すると、死体はそのまま迷宮内に放置される。せっかく育て上げたキャラクターを諦めるか、それとも回収班を作成して死体を回収するか。
昔のドラマのタイトルじゃないが、人間誰しも「ウチの子に限って…」と楽観的に考えている。6人パーティを組んだら、そのパーティばかりを育成してしまうのが人情だ。しかし、ウィザードリィでは、それは愚行である。並行してメインパーティの死体回収班を育ててこそ、ウィザードリィのベテランプレイヤーと言えよう。
時間経過と共に、全滅したパーティは損壊していく。装備品や金銭が奪われたり、死体が減っていたりするのである。
迷宮の下層へ行けば行くほど、モンスターはそれに比例して強くなる。
下層で全滅したパーティの死体回収班もそれなりの実力が無ければ務まらない。また、パーティは最大6人まで、という事を考えると少人数で迎えに行かないと、回収出来る死体の数が減る。
さりとて確実に全滅したパーティの元へ辿り着く為には、ある程度の人数は必要な訳で、かなりシビアな選択を迫られる事になるのだ。
アイテムは「ボルタック商店」という店で売買される。
冒険者たちが迷宮でアイテムを拾って売らない限り、在庫は増えない。
レアアイテムである村正(Muramasa Blade!)や聖なる鎧(Garb of Lords)、手裏剣(Shurikens)などは、モンスターを倒した後に出てくる宝箱から、ごく稀に手に入るものである。
迷宮の階層が下がるほど、手に入れられるアイテムのレア度が上がる。
つまり、アイテムのコンプリートを目指すならば、迷宮の下層で強敵を殺して殺して殺しまくるしか無い(このエントリーは物騒極まりないな)。
また、宝箱は迷宮内の扉を開けた際に遭遇するモンスターしか持っていない為、大抵は最下層である地下10階の玄室で強敵を斃しまくる事になる。
地下10階ともなれば、毒や麻痺はおろか、石化や首を
また、最高レベルであるレベル7の呪文を使いこなす敵も多くいる為、わずかな気の緩みが全滅に繋がる。
しかし、このアイテム蒐集やレベル上げが、このゲームの中毒性を高めている事もまた、事実である。
Wizardryはモンティ・パイソンやマザー・グースなどの引用やパロディが多いゲームで、正統派ファンタジーというよりは、むしろギャグが強めな内容だったのだが、日本では正統派ファンタジーとして捉えられていた為、イメージのギャップが存在する。
例えば、かなり強い武器に「Blade Cusinart」がある。日本版では「カシナートの剣」と訳しており、攻略本や小説などでは“伝説の名工・カシナートが鍛えた剣”とされていたが、これはアメリカの家電メーカー、クイジナート社のフードプロセッサーが元ネタで、本来のBlade Cusinartは4枚の刃の付いた棒状の武器である。回転する刃によって敵を倒す武器がカシナートの剣の正体だと知って幻滅した日本のファンは多かったと思う。
正統派ファンタジーとしてのウィザードリィを描いたものとしては、ベニー松山・著『隣り合わせの灰と青春』が筆頭に挙げられるだろう。
ファミコン版のシナリオ1のノベライズとして、最高の一冊だと思う。
続編の『風よ。龍に届いているか』もファミコン版ウィザードリィのシナリオ2の素晴らしいノベライズである。
矢野徹『ウィザードリィ日記』も名著である。
今でこそ当たり前になったゲーマー的な妄想がいい。
また、TRPGも出ており、その名もズバリ『ウィザードリィ ロールプレイングゲーム』(ASCII)という。
グループSNEがデザインしたTRPGで、独自の設定として「エセルナート」という世界が創られた。
この設定は後にPS版の『リルガミン・サーガ』に引用される。
『ウィザードリィ』にハマった著名人の一人に、映画監督の押井守監督がいる。
押井監督は『機動警察パトレイバー』内で散々ウィザードリィのパロディを繰り広げ、『Avalon』というオリジナルの映画では、映画の設定そのものがまんまWizだった。
Avalonのノヴェライズである『灰色の貴婦人』もいい小説。
1991年1月5日。九段会館ホールにて『WIZ91』というイベントが開催された。
僕はこのイベントで衝撃的な出逢いを果たす。
ひとつは“インタラクティブ・ゲームドラマ”と銘打たれたウィザードリィのお芝居。観客の拍手の大きさで物語が分岐するという仕掛けがあった。
そしてもうひとつが、三遊亭圓丈師匠による「ウィザードリィ落語」であった。
古典落語『
この二つの
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます